〜hunt〜

愛世

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 この世の中、当たり前にあるものほど、人は執着しない。


 俺にとって、飯を食うのも、スマホをいじるのも、女を抱くのも、全てが息をするのと同義。何もかもが退屈で、どうでもよかった――。





「――先輩。益子壱成ましこ いっせい先輩!」


 朝からうるさい。せっかく裏庭で寝てたのに。あくび交じりに振り向くと、大学の後輩がムスッとした顔で立っていた。


「……なーんですかぁ、九谷遥香くたに はるかちゃん?」

「その呼び方やめてください。先輩だけですよ?来週のデイキャンプの出欠、出してないの」

「えー、めんどくさ。遥香ちゃん、代わりに出しといて」

「どっちですか。行くんですか?行かないんですか?」

「うーん、遥香ちゃんしだーい」

「じゃあ不参加と伝えますね」

「遥香ちゃんは行かないんだー」

「えっ、私は行きますよ」


 うん。やっぱり期待を裏切らないな、この子は。


「ひどいよ遥香ちゃん。俺を除け者にするなんて」

「じゃあ参加ですか?」

「遥香ちゃん、ぜひ俺を楽しませてね」


 あっ、すごく面倒くさそうな顔。ほんと面白い。





 遥香ちゃんは大学の一年後輩。同じ人間科学科、同じアウトドアサークル。真面目で、真っ直ぐで、テキトーな人生を送る俺とは正反対。

 普通なら絶対絡み合わない、俺と彼女。それなのに俺達はここ一年、こんな調子だ。

 きっかけは去年の新歓。詳細は、また今度。





「益子先輩。火起こし係と釣り係、どちらがいいですか?」


 そして迎えた、デイキャンプ当日。


「うーん、遥香ちゃんと同じがいい」

「私は調理係です」

「じゃあ俺も玉ねぎ切るー」

「……どうぞ」


 案の定、また眉間にシワ。

 俺の粘り勝ち。

 遥香ちゃんの隣で料理を振る舞ったら大好評で、今年の新歓は大いに盛り上がった。





「キャンプ道具はあっちの車に運んで!あっ、そのクーラーボックスは俺のだからこっち!」


 後片付けを終えたら現地解散。親友の波佐見慎弥はさみ しんやと荷物を詰め込んでいると、女の子達がキャッキャとはしゃぎながら近づいてきた。


「ねぇ、壱成。私達、この車に乗せてよ」

「ワンボックスだし、全員乗れるよね?」


 なるほど、自信満々な表情。俺はニコッと笑い、車のボディをバンバンと叩いた。


「ははっ、ムリ」

「えー」

「荷物ハンパないし。俺と慎弥と遥香ちゃんで満員。だからムリ」

「また九谷さーん?」


 不満げな顔の美女達。覆らないと悟るや、「またあの子だってさ」とか言いながら去っていった。

 さて、続きでもするか。そう思って顔を上げると、慎弥がじっと俺のことを見つめていた。


「ん、何?」

「いや、お前のやり方って意地悪いなーと思って」

「は、何のこと?」

「なんていうか、まずは周囲に認知させて?それでいて、一年かけてずーっと釣り針垂らしてる感じ?」

「……あー、なるほど――」


 作業の手を止めた俺は、慎弥の目を見つめ、ゆっくりと口角を上げた。


「……お前、なんで分かった?」


 据わった目、ドスの利いた声。これには慎弥も一瞬で身震いしたようだ。


「だ、だってお前が、本気で女の子に近づくの、初めて見たから……」

「へぇ……。まぁ、いいけど。俺らに関わらないでね。変にケチがつくの、俺嫌いだから」

「わ、分かってるよ」


 まぁ、慎弥ならこれ以上口を出さないだろう。優秀な友人を持って何より。


 そして荷積みを終えた俺達は、他の車に乗ろうとしていた遥香ちゃんを捕まえ、意気揚々とキャンプ場をあとにした。





 街へ戻る頃には日も落ち、俺達は早々に解散することに。邪魔な慎弥をさっさと降ろし、俺はそのまま遥香ちゃんのアパートへ。あとはもう慣れた道。いつもの定位置に停車させると、俺はエンジンを止めた。


「お疲れ。着いたよ」

「……ありがとうございました」

「あれ、お茶は?『送ってくれたお礼に一杯どうぞ』は?」

「……先輩、からかわないでください」

「ははっ、遥香ちゃんったら――もう分かってるくせに」


 煩わしいシートベルトを外し、彼女に顔を寄せた俺。ピクリと揺れる肩ににやりと笑い、そのまま彼女の頬に舌を這わせた。


「きゃっ」


 弾かれたような反応。いいね、最高だ。


「せ、先輩!」

「なに?舐めただけじゃん」

「な、舐めただけって――」

「ねぇ、そろそろ覚悟してくれない?俺、一年近くも禁欲してたんだよ?褒めてくれてもいいよね?」

「先輩、何言って――」

「分かってるでしょ?ほら、遥香ちゃん。終わらせるなら今だよ……」


 その気がないなら拒めばいい。

 彼女の唇に、そっと合わせた自分の唇。ひくっと震える感触。離れると、潤んだ瞳が俺を見ていた。


「……キス、初めて?」


 そこで沈黙、動揺。

 それが、答え。

 ――違う。

 その瞬間、心臓が冷たい怒りでギリッと軋んだ。


「……へぇ」


 途端に燃え上がった嫉妬心。

 誰かの唇を知っている彼女に、苛立ちを抑えきれない――。


 だったらもっと深く、もっと強く。

 奪い尽くすまで貪ればいい。

 強引に唇を塞ぎ、夢中で舌を絡めた。

 戸惑いも、ためらいも、全て俺の熱で塗り潰してしまえば――。


 初めて味わった彼女の唇は、中毒性が高く、この上なく甘美だった。


 長い口づけを終えた彼女は、息を乱し、頬も紅潮している。怯え、動揺するその瞳には、はっきりと俺の姿が映っていた。


 いいね、その顔。最高にそそる。


 そして満足した俺は、ゆっくりと微笑んだ。


「いらっしゃい、遥香ちゃん。やっとここまで堕ちてくれたね――」

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