第7話

「光本さん。南原のあの『刑事さん、天使の遺言って曲を知ってるか?』って、アレ。なんだったんですかね」

 少し緩慢な空気が流れている警察署内で八木橋が話しかけた。

「あぁ、八木橋は知らないだろうが、そういう曲名の古い歌があるんだよ」

「へぇ」

「かいつまんで言ったらな、『好きだった女の子が、俺の大嫌いな男に抱かれて喜んでいたと聞いた。俺はこの気持ちをどうすればいいんだろう』っていう歌詞だな。ま、俺の意訳だが」

「んー。それを聞いても南原の気持ちはまるで理解できませんね。『女なんて老いて醜くなるばかり。若くて一番美しい瞬間を切り取って閉じ込めておきたいって気持ちは、それほど不可解なものではないハズだ』とか、『俺の一生のアイドルを穢した男にはちゃんと死んでおいてもらわなくてはならない』とか、狂っているとしか思えないですよ」

 八木橋は眉間に皺を寄せながらそう言った。


「あー、今の【推し活】って流行り言葉を使っている何十万って日本人の中には『推してやってるオレの理想を決して裏切るな』ってスタンスの人間も少なからずいるんだよ。推し活をやってる俺だから、それは肌で感じてる。でもな。人は変わっていくものなんだ。それは推している側も推されている側も」

「つまり、第二第三の南原が生まれる可能性が満ちている、と」

 神妙な顔で八木橋は光本に相槌を打つ。


「そういえば、昔のビデオテープは再生すればするほど劣化していったが、今のデジタルデータは本当に【その時間】を鮮明なままに閉じ込め続けられるんだよな。決して変化しない、決して裏切らないその保存された時間に偏愛を寄せてしまうのが、今の病んだ推し活なのかも知れないな」

 咥えタバコのまま光本は天井を見上げ、独り言のように続ける。

「『何度間違ったって 何度だって 次の一歩を出し続けるしかないんだ』汀ちゃんはホントにいい事言うなぁ。変化し続けるのが人間だし、変化とは間違いに見える事もある。何度だって、次の一歩を出し続けるのさ、汀ちゃんも、港区アンダーグラウンドも、俺も、全ての推し活中の人間も」


「また、灰が顔に落ちますよ、光本さん」

 そう言いながら八木橋が差し出した円柱型の灰皿には【港区アンダーグラウンド】とプリントされている。若い女性の顔写真と共に。


―終―

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天使の遺言 ハヤシダノリカズ @norikyo

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