夢に出てくる幼馴染そっくりのサキュバスの夢解きは信じちゃいけなかった
兵藤晴佳
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
僕のベッドの中に、最近ギャル化した隣の幼馴染、緋山理亜(ひやま りあ)が忍び込んでくるのだ。
闇に紛れて見えない裸の胸をパジャマの上からぐっと押しつけて、耳たぶを舌でくすぐりながら囁く。
「ねえ、金色の虎の子を……」
「うわあああああ!」
何とも言えない快感と背徳感と恐怖とで絶叫すると、目が覚める。
まず見えるのは、部屋のカーテン越しのぼんやりした光に浮かぶ天井だ。
ああ、夢かと思うと、布団の中からのっそりと起き上がる、しなやかな身体がある。
豊かな胸。
くびれた腰。
くいと突き上げられた半球形の尻の間には、鏃のような先のついたしっぽ。
そして、つややかな背中から広がるのは、コウモリの翼……。
「気持ちよかった? 悠(ゆう)」
子どもの頃から、篠谷(しのや)君、と呼ばれたことはない。
悪戯っぽく微笑む幼馴染の口元には、小さな牙が見える。
それは、理亜そっくりなサキュバスだった。
さっきの緊張と興奮がどっと引く。
「またお前かよ」
「またとは何よまたとは」
「お前のせいで……」
怒りの溜まりに溜まった身体は、ベッドの上に横たわったまま、細い腕で抑えつけられる。
「考えたのはリアだけど、やったのはあなた」
このサキュバスもリアというのだが、こいつには悪態がつきやすい。
「あんなこと言うから」
「いいじゃないか、それでまたきっかけができれば」
「幼馴染だから、サンキュで終わり」
昔は、男女の区別など気にしないで仲良く遊んでいた。
机の上には、小学生の頃、理亜が家族旅行理亜に行った先でお土産に買ってきた、黄色い虎の張り子がある。
その理亜も、中学から高校にかけてギャル化していった。
真面目に勉強していた僕からは自然と離れていく。
その一方でチャラ男どもが、見るからに軽そうで童顔で、出るとこ出た理亜に目をつけないわけがない。
そんな連中に取られたりしたらと思うと……。
同じ学校ながら、タイプなんか全然違うはずなのに、日増しに気になっていくのが不思議だった。
そして、初めての夜(というと誤解を招きそうだが。)
夢から覚めて混乱する僕に、リアはしたり顔で夢解きをしてみせたものだ。
「虎の子っていうのは、大切なものの喩え。それが金色ってことは……」
半信半疑ながら、僕はなけなしの小遣いをはたいた。
昼休みに購買のレアなパンを、進学クラスから離れた棟にある低学力クラスの理亜のところへ持って行く。
返事は……。
「久しぶり、悠! あ、スペシャルから揚げタルタル焼きそばロール! なかなか買えないのよね、これ……サンキュ!」
それっきり、談笑するギャル仲間の中へと消えていく。
一食抜いた空腹は何ともなかったが、空っぽになった胸は痛んだ。
だが、それを責めてもサキュバスのリアは、緋山理亜と同じくらい平然としていた。
そこで僕は、2日目の夢説きについて追及する。
「トラに関係するものに金使えって」
「足がダメなら身体使うの」
「懐かしいで終わりだったよ」
理亜が、子供のころから好きだったキャラクターがある。
トラトラ縞の虎次郎。
トラ縞の小さな子猫で、ふらっと旅に出ては家に帰ってきてトラブルを巻き起こすというアニメの主人公だ。
老若男女を問わず根強い人気があって、ご当地バージョンや年中行事イベントバージョンなど、バリエーションも幅広い。
とくに、ハロウィンバージョンは人気があって、ファーストフード店のキャンペーンでは、毎年、すぐに品切れになる。
だから僕は、金曜日の晩から土曜の早朝にかけて、開店前の行列に並んだのだった。
寒さと眠さで気の遠くなるような思いをしながらも、なんとか入店してハンバーガーを1個だけ買う。
カボチャの面と黒いマント、とんがり帽子の虎次郎はかなり大きかった。
持っていくためには、ハンバーガーを店内で食べてしまわなければならない。
(捨てる、残す、という選択肢は、僕にはない。)
人目を気にしながら抱えたぬいぐるみを、2階の部屋から屋根2枚を隔てた向こうにある、理亜の部屋に向かって掲げる。
理亜は、子供の頃のように、屋根伝いにやってきた。
虎次郎ぬいぐるみを渡すと、ギュッと抱きしめる。
「懐かしい……」
それっきり、理亜は屋根伝いに帰ってしまった。
さらに、3日目の夜について、サキュバスを問いつめる。
「虎をあしらった奇抜な服に金をかけろって」
「イメチェンも必要かと」
「買えるくらいに値下がりしてたけど、タンスの肥やしになっただけ」
確かに、虎の刺繍を背中に施した学ランは、そのハンバーガー屋でアルバイトをすれば何とか買える程度の値段だった。
だが、落ち着いてみれば、恥ずかして着られる代物ではない。
もっとも、それを着る着ないの問題にはならなかった。
無理なアルバイトの無理が祟って、僕は週末を寝込んで過ごしたのだった。
さらに、サキュバスの夢解きを信じた僕の無理は続いた。
4日目。
「虎嘯けば雲起こるっていうじゃない!」
将来性を見せるために、僕は無理な勉強をして倒れた。
5日目。
「虎は千里行って千里帰る!」
格好よく見せるために、体育祭の100m走に出た僕は無理に全力疾走して、豪快にけつまずいて倒れた。
6日目。
「雲は龍に従い風は虎に従う!」
リーダーシップを見せようとして、駆け込みで生徒会長選に立候補した僕は、見事に落選した。
さすがに、理亜も何かを感じたらしい。
帰り際に僕を探し当てると、肩を叩いて囁きかけた。
「あんまり……無理すんな」
7日目。
それでもサキュバスのリアは更に僕をけしかける。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず!」
理亜が出入りしそうな盛り場で、他の男にちょっかいを出されないようにするためには、常に注意を僕に向けておくことが必要だと思った。
高校生には分不相応な大金が必要になる。
スマホで検索してみると、あった。
……ものを自転車で運ぶだけの簡単な仕事です。
自転車で盛り場の指定された場所へ行って依頼主を待っていると、見るからに悪そうな男たちが悪そうな格好で現れた。
差し出してきたのは、黒いビニール袋の堤だった。
手に取ろうとしたところで、逞しい男を連れたギャルに、自転車ごと盛り場から引きずり出された。
いきなりビンタを食らわされる。
「バカ野郎! 闇バイトだ、あれは!」
見れば、目の前にいるのは理亜だった。
その夜は、隣にいた男は誰か気にしながら寝ることになる。
8日目。
「竜虎相撃つ!」
僕は盛り場で再び、理亜を連れて歩く男を見つけ出して喧嘩を吹っ掛けた。
男が受けて立つと、理亜は悲鳴を上げる。
「やめて!」
その相手は、どっちだったのか。
手加減なしに殴られた僕は、何度となく倒れても立ち上がった。
男は呆れて、理亜を連れて立ち去ろうとする。
だが、理亜はそこで僕を抱き起すと、家まで担いで帰ってくれた。
そして、現在に至る。あの夢から覚めた僕に、サキュバスは囁きかける。
「虎の尾を踏む……」
それは、危険だと分かっていることを敢えてすることだ。
僕は前の日のお礼にかこつけて、隣の家を訪ねた。
出かけるところだった理亜の母親は、僕を歓迎してくれる。
不用心にも、部屋の前まで案内して、いそいそと外出していった。
仕方なさそうに、理亜は僕を招き入れるなり言った。
「悠、変だよ、最近」
「そうかな?」
そう言いながら、一歩踏み出す。
理亜は目をしばたたかせた。
「えっと、どうした……のかな?」
無言でベッドに押し倒そうとしたところで、足が滑る。
結局、僕が覆いかぶさってキスをしたのは、リアではなく、その部屋の床だった。
顔を上げると、茶髪で超ミニスカの理亜が、身体を起こして呆然としていた。
言い訳の言葉もない。
慌てて逃げ出すしかなかった。
家に逃げ帰った僕は、そのまま、夕食も取らずに寝てしまった。
「サキュバスのくせにに日本の諺なんか……」
そして、僕は再びあの夢を見た。
もう慣れ切っている僕は、目を覚ましはしても叫びはしない。
ベッドの上でころりと寝返りを打って、ふと目に着いたのは机の上にある虎の張り子だ。
カーテンが微かに開いて、月の光が差し込んでいる。
「金色……?」
起き上がって、手に取ってみる。
ちょんと触ると、首をふわふわ上下に振る。
その口の中に、小さな紙切れが見えた。
取り出してみると、ヘタクソな字で何か書いてある。
「これ……」
「やっと気づいた?」
耳元でささやくリアの声に振り向いてみたが、その姿はなかった。
その晩から、サキュバスは現れない。
代わりに、ときどき、別の小悪魔が忍んでくるようになった。
「またお前かよ」
「またとは何よまたとは」
手紙の主は、一方的な約束を守っているだけなのだが、困ったといえば、サキュバスより困った相手だ。
だが、悪い気はしない。
いざとなれば責任を取る覚悟はある。
金色の虎の子に込められたメッセージを受けて。
……いつまでも、いっしょだよ。
夢に出てくる幼馴染そっくりのサキュバスの夢解きは信じちゃいけなかった 兵藤晴佳 @hyoudo
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兵藤晴佳 @hyoudo
ファンタジーを書き始めてからどれくらいになるでしょうか。 HPを立ち上げて始めた『水と剣の物語』をブログに移してから、次の場所で作品を掲載させていただきました。 ライトノベル研究所 …もっと見る
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