恋が脳裏に従わない!

深海魚

第1話

バスに乗ってる男の人に恋をした。

身長は、そんなに高いわけじゃない。だけどめっちゃ爽やか。黒髪。一重。塩顔っていうのかな?好きなタイプすぎる…オットッケー。

 「なんでやねん」

 私の口からこぼれた言葉はエセ関西弁。

 関西弁は推しの影響でちょくちょく出る。

 

訳あってここ数年間、推し一筋だった。

 そして、それに満足してた。

 恋愛は特に求めてなかったし、「恋をする相手」が目の前に現れないことを願ってたと言ってもまったく過言ではない。

 恋をして疲れたくなかった。どうせ、片想いで終わる。告ってもフラれる。そもそも告れない。

 そんな無駄な疲れはもう経験したくない。

 なのに、なんでなん?

 なんで、私の頭と、脳と、何の相談もなく恋しちゃうのよ? へ? ときめいてんじゃねぇよ、私。

 

 あー終わった。

 

 いや待てよ、バスに乗ってるランダムな人だ。また会える確率なんてほぼない。じゃあ、一日の恋で終わるはず…。

 

 そんなことをダラダラと考えて、バス停で降りてコンビニに寄る。一目惚れした「彼」も同じバス停で降りた。

 嫌だなぁ、ここら辺に住んでるんかな。

 

 それにしても、なんて爽やかな人なんだろうなぁ。完全に乙女になっとるやん私。

 

 コンビニでチョコとジンジャーエールだけ買って部屋に戻る。

 そーだ、推しのYouTube観て落ち着こう。確か今日更新だっけ。今日あれじゃん、お化け屋敷行く回だ。

 なんとしてでも乗り切らなきゃ。来月のライブのこと考えよう。そろそろグッズも発表されるじゃん。

 

 大事なのは気持ちを切り替えられるかどうか。

 佐田琴音ちゃん、あなたならできるわよ。やれるわよ。推しを糧に戦いなさい。

 とか言って自分と戦ってたら、あっという間にアパートに到着。

 

 「え?え?は?へ?」

 

 どういうこと?さっきの、え、好青年さん。なぜここに…。もしやストーカー?

 そんなわけないよな。

 階段を上る。信じらんないけど、彼が缶ビール片手に通路から景色眺めてる。しかも、嘘だろぉ、私の隣の部屋じゃんかよ。

 固まったけど動かないと自分の部屋に帰れないので、恐る恐る、ゆっくりゆっくりと彼の隣を通り抜け自分の部屋の前までくる。

 

 バッグの中をあさって鍵を探してると、なんか変な空気を感じる。

 

 「あのぉ…」

 

 げっ、きた。好青年から話しかけてこないでぇー心臓持たないから。嫌だ、顔合わせないといけないんでしょ?

でもここは、プロ意識を持ってサッと振り向く。いやプロ意識って何?

 

 「あ、僕、隣に引っ越してきました。加賀見って言います。」

 「あ、そうなんですね!私、佐田です、ここの。(自分の部屋の扉を指す)」

 思いっきり笑顔で返す。声のトーンが心のトーンと180℃違う。詐欺だわぁ私。八方美人は罪深い。

 「これからよろしくお願いします。あ、ちょっと待っててください、お渡ししたいものがありますので。」

 そう言って彼はあっという間に失せた。そう、自分の部屋に入った。

 そしてまたあっという間に外に戻ってきた。

 「これ、あの、よかったら召し上がってください、大したもんじゃないですけど。」

 そういって渡されたものは、デカい瓶のはちみつ。しかも巣入り。

 「えぇ、こんな貴重なものいただいてしまっていいんですかぁ?すいませんなんか。」

 また口だけぺちゃくちゃ動いてる私。

 

 「いやいや、ほんと大したもんじゃないっす!」

 なんかアイドルみたいな笑顔。ああ、どーしよ。とろけるやろがい。

 その場をなんとかしようとして、私はとっさにこんなことを言う。

 「ちょっと待っててください」部屋に駆け込む、冷蔵庫の中をかきあさる。なんもない。ついでに買ったジンジャーエールだけ入れとく。

 あ、この間、理真ちゃんにもらったお菓子あったな。しかもあれなんか京都のやつだったよね、あれをあげよう。

 貰い物は取っておくが吉。絶対に渡せる人がいる。エコだねぇ。

 「これ、あの、よかったらどぞ。京都のお菓子です。」

 急いで玄関のドアを開けて渡す。

 また彼にニコッと笑顔を向けられる。ほんとに助けてぇ。寿命縮むて。

 「佐田さん?ここに住んで長いんですか?」

  ちょっとの沈黙の後に、質問がグサッと。

 「あ、はい、ん? えっと、長いって言うか、仕事で1年前に引っ越してきました。」

 「失礼ですけど、おいくつで?」

 「24歳です。よく老けて見えるなんて言われますけど。加賀見さんは?」

 聞いてしまったー。いや関係ないよね?これ以上深掘りすんな佐田琴音!

 「僕、32歳です。もうおっさんですね」

 「とんでもない、おっさんだなんて。」

 「今の若い子達、JKとかみてると、自分は歳だなぁなんてよく実感しますよ。」

 返事に困ってると、彼はまたあの罪な笑顔で言う。

「ありがとうございます、お菓子。おやすみなさい。」

片手に私のあげたお菓子と缶ビールを持ったまま、彼は自分の部屋に戻って行った。

  

 私も部屋に戻った。気分は最悪。

 頭の中で「なんで」を連呼する。

 あの笑顔を思い出すな、好きになるな、傷つくのはお前だぞ琴音。また同じ失敗を繰り返すつもりなのか?

  

 そんなことを言っても、心は頭に従わない。どうやらこれから先、厄介なことになりそうだ。

 

 

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