第2話
その時から、私たちは前より少し仲良くなったような気がする。
今まではみんなと馴染めずに一人でいたけど、今は違う。気づけば夕陽ちゃんが隣にいる。
「でね、オリオンさんは――」
「ああ、もう、無理! 横文字苦手やわ」
「オリオンさんは四文字だから短いじゃん」
「いや、でも、えっと……ある、あるて……?」
「アルテミスさんか、それでも五文字だよ。アストライアさんとアストライオスさんとかはどうなっちゃうの」
「そんなら、両方アスちゃんでええやん! 月乃がもう遠くの星の人に思えてきたわ」
口ではそう言っているけど、冗談なのは知っている。夕陽ちゃんと話していると、新しい考え方が見つかるし、なにより面白い。
「そういや、月乃はここに来る前はどこにおったん?」
「六年生の時は、福井県にいた。その前は、滋賀。東京にも住んでたよ」
「そうなんや。確かに、月乃、方言話してないもんな」
「うん。東京にいたときなんて、都会だから明るすぎて全然星が見えなかったの。大人になったら、絶対東京にだけは行かないって決めた」
「それはさすがに東京都民がかわいそうやって。……あれ、でも、月乃の叔母さん、三重の人やなかったっけ。会えへん時もあったやろ?」
「そう。叔母さんはずっと三重県で暮らしてたからね。でも、今は岐阜県に住んでるんだ。だから、会えなかったのは東京にいた時くらいかな」
「ふうん」
叔母さんとは、たいていは三か月に一回ほどの頻度で会っている。どちらかが、どちらかの家に泊まるのだ。叔母さんと会う時は、毎回星の話ばかりしている。大好きな星の話を思う存分できるのは、叔母さんだけだった。今までは叔母さんに会う日が待ち遠しくて、会えない時間が辛く感じた。だけど何故か、最近は辛く感じなくなってきた。多分、夕陽ちゃんのおかげ。逆に、夕陽ちゃんに会えない時間がとても苦痛だ。家が隣どうしだから、かなりの時間を一緒に過ごすことができるのだけれど。
「……夕陽ちゃん」
「どうしたん?」
「ありがとう」
「いや、そんなん急に言われても、照れるし」
そう言って、夕陽ちゃんは目をそらす。
こんなやりとりをしていると、私たちは本当に仲良くなったんだなとつくづく実感する。
――でも、仲良くなったら仲良くなっただけ、私は、哀しいんだよね。
「あれ、ベガだ。つまり、あの辺にこと座があるのか……」
ベガは、一等星だからとても明るくて見つけやすい。夏の大三角をつくる星の一つとしても有名だ。
でも、悲しい気分な今の私は、どうしてもこと座の神話を思い出してしまう。
竪琴の名手オルフェウスは、美しい妖精エウリデュケと結婚する。しかし妻は毒蛇にかまれて死んでしまった。彼は妻を死者の国から連れ戻そうとしたがあと一歩のところでそれは叶わず、深い哀しみに暮れて死んでしまう。神ゼウスは、これを哀れみ彼の竪琴を天に上げ星座とした。静かな夜には今も哀しく美しい音色を夜空に響かせることがある……。
「……オルフェウスさんに比べたら、私の哀しみなんてちっぽけなものだよね、うん、そうだよ」
そう思うようにして、無理やり自分を納得させる。私の声は、広い宇宙にむなしく響いた。
「うあー、寒っ」
今日は夕陽ちゃんと初詣。空気がとても冷たくて、小銭を持った手がじんじんと痛む。
賽銭箱の前に立って、二回お辞儀をして手をたたく。そして、願い事を神様に伝えた。
神社からの帰り道、夕陽ちゃんが聞いてきた。
「ねえ、願い事何にした?」
「うーん、秘密」
「えー、教えて。あ、じゃあ、私教えるから、教えて。私は、『ずっと月乃と一緒にいられますように』って言った」
「でも言わない。だって、神様以外に願い事を言うと願いが叶わないような気がしない?」
「それじゃあ、私の願い事叶わんの? えー、やだー」
私はだまってうつむく。それに気づかず、夕陽ちゃんは続ける。
「まあ、大丈夫やんな。月乃とけんかでもしやん限り」
そう話すと夕陽ちゃんは笑った。私の足どりは行き道よりも重くなった。
「……なあ」
「どうしたの?」
「ずっと言おうと思っとったんやけどさ」
「うん」
「最近月乃、元気ないよな。どうしたん?」
「……」
痛いところを突かれた私は、何も言い返せなくなってしまった。
「夏にさ、私も月乃に助けてもらったやろ。私やって、できるなら月乃を助けたい」
「……ごめん」
「なんで謝るん?」
だって、どうしようもないことだから。どうにかできるものなら、とっくにそうしてたよ。
視界がぼやける。下の方で、ポタッという音がする。目をこすった後の手の甲が濡れていた。さっきの音は、涙が地面に落ちる音だとようやく理解できた。
「嫌だ……! 嫌だよ、私だって!」
私は、思わず感情的になってしまう。
「月乃、何があったか、言って」
夕陽ちゃんはそう言うけど、口を開くよりも先に涙がどんどん溢れていく。
「……私、ね」
「うん」
「春に、なったら、引っ越す……の」
何故だろう。言葉をうまく紡げない。
「だから、夕陽ちゃんと……仲良くなっていく……たび、哀しくて」
「……」
「別れるとき、辛くなる、から」
「うん」
ずっと、辛かった。苦しかった。夕陽ちゃんといると、楽しい。でも、その分、別れるのが嫌になってしまった。今までは、そうなってしまわないように、引っ越した先では人に関わらないようにしていた。それなのに、夕陽ちゃんのせいで、友達がいることの嬉しさを、楽しさを、幸せさを、感じてしまった。
――神様が、夕陽ちゃんの願いを、叶えてくれたらいいのにね。
お別れの時が来た。
「夕陽ちゃん」
「うん」
「私、行きたくない」
「行って。新しい友達いっぱい作ってきなよ。ほら」
夕陽ちゃんは、私の背中を押す。
「嫌だ、私、夕陽ちゃんと一緒にいたいよ」
「私も、そうやで。でも、ここは、我慢しやんと」
「ねえ、嫌だ」
「月乃、そんなに駄々っ子みたいやった? 引っ越しても完全に話せやんわけやないし」
「……うん、そうだけど」
確かに、夕陽ちゃんとはメールで繋がっている。でも、それでも。
「離れとっても、同じ空を眺められるんやで。星さえあれば、私たちは繋がれるやん」
「……!」
私は、前にこんなことを夕陽ちゃんに話した。
――「宇宙はな、一番近くにあって遠いんや。やから、私は宇宙が好きなんよ」って、叔母さんが話すの。近くて遠いってどういうことって私が聞いたら、「星はいつもみんなに見えて、身近な存在やろ? ほんまはめっちゃ遠くて不思議で神秘的な存在やのに。見る人みんなを繋いでくれるんや」って。叔母さんの言葉を聞いてから、星を見るたび、世界中の人と繋がれた気分になるの。遠く離れた場所の人でも、今私たちが見ている空を眺めているから――。
「月乃」
私は、夕陽ちゃんを見つめる。
「宇宙はな、一番近くにあって遠いんや」
夕陽ちゃんのその言葉に、私は思わず目を見開いた。
夕陽ちゃんは、静かにほほ笑んだ。そのほほ笑んだ顔が叔母さんと一瞬重なったように見えたのは、気のせいだろうか。
私は、彼女に向かって手を振る。
私を乗せた車は、ゆっくりとアパートを離れていった。
私が初詣の時にお願いしたこと。それは、「私が引っ越しても、どこかでまた夕陽ちゃんと会えますように」だ。
宇宙は、一番近くにあって、遠い。これからも夕陽ちゃんと私のそばには宇宙がある。
いつか、私の願い事が叶いますように。
宙を、見上げて クィンティッルスもどき @emakaw
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