奥様と鎖鎌

水丸斗斗

【KAC20254】奥様と鎖鎌

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 私は大きな木槌で、奥様の頭を叩いていた。顔は潰れ脳味噌が飛び散り、仕舞いには原形もなくなるほど叩きのめしていた。

 何という夢だろう。


 まったく、ホラー映画の主人公にでもなった気分だったわ。




 「台所の包丁が一番手っ取り早いんじゃない?」

 「飾り紐で首を絞めるのはどう? 誰がやったか分かりにくいわ」


 どうやら、隣りでも始まったようだ。この姉妹は毎晩いろんなシチュエーションで奥様を殺している。私があんな夢を見たのはこの二人のせいかもしれない。

 でもこの屋敷の召使いたちは、一度は奥様を殺そうって思ったことがあるはずだ。


 奥様はヒステリックで衝動的で傲慢で暴力的で——憎しみのハエとり紙のようなババアだった。


 あー、それにしてもさっき奥様に鞭で叩かれた所が痛くてたまらない。雑巾の絞り方が緩いというのが理由だった。雑巾から水が垂れて、床が汚れるそうだ。


 でもあんたの口元の方が、よっぽどゆるいわよ。

 いつも口の端からスープが垂れて床や服を汚しているじゃない。下品ったらありゃしないわ。



 隣りの二人の話はまだ続いていた。包丁よりは斧にしようとか、足首を縛って屋根からぶら下げようとか。

 でもどうやってぶら下げるんだろう。奥様の体重、けっこうあるわよ。イメージ的にはクジラぐらいなんだけど。


 「こういうのはどう?」

 くすくすと楽しそうに言うので、私は思わず壁に耳を押しつけた。


 え、鎖鎌で一発? この姉妹、実は忍者出身かしら。



 私は壁から耳を放し、長いため息を吐いた。

 本当に誰か奥様を殺してくれないだろうか。

 奥様の腕力も体力も無尽蔵で、おまけに怒りのエネルギーも化け物じみてる。




 そういえば夕べの夢には続きがあったのだ。


 私は奥様を墓地まで引きずっていって、お棺に入れようとする。でも奥様は大きいから棺桶に入らなくって、足を切り落としてようやく棺桶に詰めた。いっぱいになった棺桶からは、押しこむ度に隙間から血が流れて、私も血塗れになった。


 棺桶の上に沢山泥を被せて、ようやくほっとした。



 それなのによ。

 お屋敷に戻ったら、玄関で奥様が鬼のような形相を浮かべて仁王立ちになっているじゃないの。


 「あんた、そんな泥だらけで屋敷に入るつもりかい!?」


 私は夢の中で悲鳴を上げた。




 目が覚めてからもしばらく心臓のドキドキと汗が止まらなかった。


 夢だって分かってても、奥様なら有り得そうだもの。





 あーあ、奥様殺すの諦めて、次の職場探そうかしら。


 でもさ、大体「奥様」って、どこの屋敷でも化け物級なのよね……

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奥様と鎖鎌 水丸斗斗 @daidai_dai

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