踊る! 布団箪笥バトル

まさつき

開けてびっくり、タンスがダンス

 布団箪笥ふとんだんすが、踊り狂っていた。

 観音開きのタンスがダンスを踊っているのである。

 小刻みにステップを踏んだかと思うと、くるりとターンまで決めて魅せるのだ。

 そんなバカな話があるものか――と、誰もが思うことだろう。

 だが、ここはユカリ博士の研究所。美人で奇人、マッドで奇想な女発明家の工房においては、当たり前の日常茶飯事。

 そうはいってもさすがにこの光景を目の当たりにして、研究所に入りびたる近所の小学5年生、サタケ少年も驚きを禁じ得なかった。


「なん……じゃと?」

 いつものように学校帰り、研究室へ遊びに来たのだが。

 珍奇な発明品の数々に慣れ親しんできた少年の口が強張った。

 しかもだ。どったんばったんダンスを踊る箪笥の中から、なんとユカリ博士の声が聞こえてくるではないか。


「だーれーかー、あーけーてーぇ」

「博士ぇ?」

「おお、その声は……少年?! 丁度良かった、箪笥の扉を開けてくれっ」

 くぐもった声で言われたが、どうにも状況が飲み込めない。

 箪笥も相変わらず暴れたまま。踊り回る箪笥の扉になど手の出しようもない。

「博士が中で暴れてるの?」

「違うんだ、中でシステムをいじろうとしていたら箪笥の扉が閉まって……とにかく、君が踊れば開くからっ。ダンスをっ」


 ユカリ博士の奇想天外な発明品に山ほど付き合ってきたサタケだが、これほど意味の分からないことは初めてだった。ダンスを踊れば扉が開く……だと?

「そういうセキュリティシステムなのっ。ユーザーのダンスモーションがカギになるっていう画期的な仕組みなんだぞっ」

「…………」

「少年?」

「いや、呆れちゃって……その……」

「なにをーっ。適度な運動は健康にも善い、ダンスは脳への刺激にもなるんだぞっ」

「で……どんなダンスを踊ればいいの? 僕今、学校の授業でダンス習ってるけど」

「それは大丈夫。ダンスミュージックが流れたら、箪笥の扉に表示されるステップの指示に従ってくれ。君らも知ってる、ダンスゲームみたいなものだ」

 おや? それではカギの役割を果さないのでは……とサタケは不審に思うのだが。

 少年に構わず、博士の声が開始の合図を放った。


「それでは少年っ、ミュージック――スタート……ッ!」

 とたんに、箪笥の動きが止まった。

 箪笥が動いていたほうがまだマシだと思えるような静けさが、サタケを包む――。

 チッチッチッと、ドラムスティックを打ち合わせる音がした。

 どんなダンスで、試されるのだろう?

 ヒップホップなら授業で習ってみたけど……だが、流れたのは――


 ♪ユー・シュッド・ビー・ダ~ンシ~ングッ♪

 ブンチャカブンチャカとエレキの音がかき鳴らされた。

 なにこれ? 聞いたことないっ?!

 それはそうだろう。

 少年が生まれる遥か昔、おそらくユカリ博士すら生まれるずっと以前、1980年代のディスコミュージックなのだから。

 面食らうサタケのことなどお構いなしに、観音扉の表面には〝右・右・前・左・ターン・後〟などと、次々に動きの指示が表示され、流れていく。

 まるっきりビデオゲームのユーザーインターフェイスであった。

 ところが少年、意外やリズム感と体裁たいさばきに長けていたのだ。

 物覚えは少々悪いのだが、運動能力は高いのである。聞き慣れない往年の名曲に最初こそ戸惑うものの、徐々にリズムを掴まえた。

「グッド!」「ナァイスッ!」「エークセレェントッ!」などと、高評価を連発し、次々にステップをクリアしていく。

 サタケはディスコキングさながらのダンスを披露して試練を乗り切った。場所が場所なら土曜の夜を制したのは、間違いなく少年であることだろう。


 派手なファンファーレが鳴り響き、紙吹雪のエフェクトが観音扉に投影される。

 サタケのスコアが表示された。なんと成功率、93%である。

「ふぅ、けっこう難しかった――」

 ぼやく少年の目の前で、カチャっと施錠が解かれる音が鳴る。

 ゆっくりと、箪笥の扉が開いていく。


「…………博士っ!?」――ところが中身は、空っぽ。

 ユカリ博士の白衣姿どころか、布団の一枚すら入っていない。

 吸い込まれそうなほどに真っ暗な闇の口がぽっかりと、開くのみであった。


    §


 扉を左右に開いたまま、布団箪笥は動かない。

 いや、動かなくて当たり前ではあるけれど。

 一筋の光も漏らさぬ深い闇を抱えた光景が、異様である。

「ユカリ博士……どうして……」

 喉が震え、はなをすすり、涙が溢れそうになったとき――


「サタケ君! なんで箪笥開けちゃったのっ?! てか、どうやって??」

 うしろからの声にサタケは背中を叩かれた。

 振り向くと――ユカリ博士が立っているではないか。

「え? 博士が出られないって……っ? なんで博士がうしろにい……ッ!」

 ユカリの大慌てぶりにサタケは混乱し、言葉が途切れてしまう。

「ああ、せっかくダンスモーションセキュリティで入口を封印しておいたのにっ。大変だっ、アイツがこっちに出てきちゃうっ」

「あいつ?!」


 闇の奥から小さく、リズミカルな音が、聞こえた。

 次第に大きくなるそれは――音楽だ。ダンス・ミュージック。

 やがて箪笥の中から、音楽を伴う奇妙な銀色の人型が現れた。

 袖と裾がラッパのように広がったひとつなぎのスーツに身を包んでいる。不可思議な素材の衣装はLED照明に照らされ七色に輝いた。スーツから顔の部分だけを覗かせて、白人に似た顔立ちは真っ白な歯を見せつけ、ニッカリとサタケに笑いかけた。


「クククっ、ハッキングは上手くいったようだ。まんまと罠にかかったな、少年」

「子供をだますなんて、この卑怯者っ!」

 現れたイタリア系アメリカ人のような背の高い男に向かって、ユカリが啖呵たんかを切った。だが、男は悠然として舌をチッチと鳴らし指を振る。

「卑怯結構、私は侵略者なのだからな」

 洋画の吹き替えみたいに口の動きとセリフが合わない男に、サタケが訊いた。


「侵略者って……まさか、異世界から来たの?!」

「勘のいい少年だ、嫌いではないぞ。そう私は、我らは――トラボルタリアン。君たちの世界を征服するために、やってきたのだ」

 背にした箪笥の闇を後ろ手に指さして、異世界人は話を続ける。


「突然都合よく時空断裂現象が現れてな。ごく小さな裂け目ではあったが、我々は覗き見たのだ。なんと豊かな、音に溢れた世界であろうか」

 目をつむり陶然とする男を無視して、サタケはユカリの顔を見た。

「違うのっ、ちょっと異世界行ける装置を作ってたんだけど、その……」

 どうやら、違わない。そしていつものように、トラブルが起きたのだ。

「なんで、箪笥なの?」

「そりゃ異世界の入口って言ったら箪笥に決まってるじゃない」

「??……もうっ、その話はあとで聞くよ。それより、この人どうにかしないと」


 動揺するユカリの様子を見て、サタケは思うところがあったらしい。

 覚悟を決めた鋭い目つきで、侵略者の男を見据えた。

「箪笥が踊ってたの、おじさんの仕業?」

「バカなのか? 箪笥が踊るわけがないだろう。この私が、踊っていたのだっ」

「箪笥の中で踊るって、なんじ……」

「あーっ! 少年め、今物凄ぉく失礼なことを言おうとしたな?」

 まったく未開世界の住人め、我らのダンスを……とかなんとかと、侵略者を名乗る男は文句を呟いた。


「だが喜べ、我らトラボルタリアンは紳士な侵略者。野蛮な暴力など、用いない」

 じっと銀色男を見つめたまま、サタケは続きの言葉を待った。

「ダンスで、勝負だ。お前たちの代表が私にダンスバトルで勝てば、この世界は見逃される。どうだ、平和的な侵略だろう?」

 負けることなどあるわけないがね――と、侵略者は目で語る。

 代表とは、どうやらサタケのことを指すらしい。

 いきなり責任重大だ。世界の命運が小学5年生の双肩にかかってしまったのだ。

 だがサタケは怖気おじけない。ひとつも引かなかった。


「その勝負、受けて立つよ。でもちょっと待って。世界を代表して勝負するんだ。それなりの支度をしてからだよ、紳士のおじさん」

 紳士と呼ばれて気をよくしたのか、男は腕組みをして余裕をみせ頷いた。

「これが少年の、世界最後の舞闘ぶとうとなるのだ。存分にするがいい」


 ユカリに向き直ったサタケは、頼みごとを耳打ちした。

「あのスーツを、持ってきてほしいんだ」

「あのって、10テンミニッツ?」

 こくりと男児が頷く。ユカリは急ぎ、10分間だけ着た者の身体能力を向上させる発明品を取りに倉庫へ向かった。

 ユカリの背中を見届けると、サタケは不敵に笑みつつ男の顔を見上げた。

「おじさん名前は? これから倒す相手の名前くらい、覚えておくよ」

「生意気な少年め、いいだろう――私はジョン。トラボルタリアンのジョン」


 急ぎ戻ったユカリ博士は、小さな腕輪を持っていた。

「あれ? スーツは?」

「改良したんだ。ナノマシンを利用して0.05秒で全身に装着できるようにしたの。起動には決めポーズと掛け声が必要だけど」

 名づけて『10テンミニッツ・ボゥイmk2マークツー』、決めポーズは……などと囁くユカリ博士に、サタケはこの上なく渋い顔を作った。だが、文句をたれる暇はない。


 少年は左手首に腕輪を装着し、左手を腰に当て――

「テェーンッ、ミニッツ!!」

 掛け声とともに、右手を高く掲げた。

 人差し指が天を突き、ちょいと腰を捻ると、体がまばゆい光に包まれる。

 光が消えた次の瞬間、サタケはヒーロースーツに身を包んでいた。


「――ほう、それが闘いの正装か」

 まったくそんなことはないのだが、今は文化を説明するときではない。そうだと頷くと、サタケは黄色の全身タイツ姿でジョンの前に立ちはだかった。

「それで、ダンスバトルのルールはなに?」

「ノックアウト形式。フリースタイル」

「てか、ジャッジは誰がするの? 博士じゃ分かんないと思うし、僕だって」

「ふんっ、判定など必要ない。勝敗など互いの心が自ずと決めよう」

 トンと、ジョンは己の胸に拳を当てた。

「我らトラボルタリアンは、舞闘を極めた戦闘民族。魂が負けを認めれば、命を失う定めなのだ」

 見かけによらず、ストイックな異世界人である。だが、勝ちを確信したならば?


「もちろん、少年の命をもらい受ける。世界が征服される様を見ずに死ねることを、幸せと思うがいい」

 ドハハと笑って、ジョンはサタケを威嚇する。しかし。

「僕らの世界じゃ、弱い犬ほどよく吼えるって言うんだよ」

 少年も負けてはいなかった。


 ――男と男の間の空気が、張りつめる。

 ジョンが肘を曲げ、両手を重ねた。

 顔の前まで持ちあげ、サッと腰まで落とす。

 それが、バトル開始の合図となった。


 ♪テレテレッテレ、テッテッテー……♪

 またしても、なぜか80年代風のダンスミュージックが流れ出す。

 侵略者の銀色スーツはスピーカーとミラーボールを兼ねているらしい。頭の上に小さなライトが浮かび上がり、研究室がとりどりの光線で満たされた。

 部屋の照明は消えていた。ユカリ博士が気を利かせてスイッチを切ったのだ。

 サタケはスーツの機能を起動する。

 10分間だけ装着者のあらゆる身体能力を100倍に高める特別な力だ。


 先に仕掛けたのは、侵略者のジョンだった。

 胸を軽く反らせ、大きく足を踏み出し、上半身をくねらせ両腕を波打たせる。研究室を縦横に使い、軽快なステップとフットワークを披露した。

 ダンスで相手を打ち負かすと豪語したのは伊達ではなかった。並のダンサーであれば、ジョンの動きを見て瞬く間に戦意を喪失していただろう。

 余裕の笑みを浮かべて、どうだと言わんばかりにサタケに視線を送った。


 サタケも動く。同じく胸を反らせ足を踏み出したかと思うと、身体を低く沈め、波のようにフロアを滑りだす。あわや箪笥に激突かというところでバックフリップ。スピンを入れてジョンに向き直ると、指さしを決めて顎をしゃくり、ジョンを煽った。

 サタケ少年の動きは尋常ではない。子供の限界を易々と超える正確さと速さを備えていた。スーツの力が少年を、神ダンサーの域にまで高めているのだ。


 そうして互いにダンスの応酬を交わすうち、戦意を失い始めたのは――ジョンだった。自分が仕掛けたダンスモーションを真似られた上に、見たことのないアクションを加えた独創的な舞いを見せつけられて、徐々に心を奪われていた。


 ♪アッ、ハッハッハッ、スティアラーィブ、スティアラーィブ♪

 曲がサビに至るころ、ジョンの動きに陰りが見えはじめた。

 顔には脂汗が浮き、足がもつれる。

 指先まで張りつめていた緊張感が、失われていた。

 サタケが右手の先から左手の先へ、両肩を交えて華麗なウェーブを決めた瞬間。

 ジョンの動きが、止まった。

 極めたはずのダンス魂が、砕けたのである。


「な、なんなのだ、その動きは……見たことがないっ」

 乾いた喉から、やっとの思いで声を絞り出した。

「おじさんの動きにヒップホップを混ぜてみたんだよ。そっちの世界には無いの?」

 サタケは、小学校の授業で習っているリズム系ダンスを勝負に組み入れたのだ。

「ひっぷ、ほっぷぅ?」

 どうやらトラボルタリアン世界は、進化の袋小路に嵌り込んでいるらしい。地球世界で言う80年代ダンスミュージックのみが極められ、他の音楽性の選択肢が潰えたのであろう。文化的多様性の勝利であった。


「完敗だ、まさかこれほどの舞い手がいようとは。子供とあなどった私の負けだ……」

 膝を折り、両手を床につけてがっくりとうなだれる。もしや、本当に最後のときが訪れるのか? サタケはおののきながらも、誇り高い侵略者の姿を見ていた。


「これで終わりではないぞ、少年。私はトラボルタリアン四戦士の中でも最弱……次に現れる者が必ずやお前たちを――」

 ジョンの今わの際らしき言葉を、ユカリ博士がさえぎった。

「いや、そういうの、いいから」

 チュイィィィーン――なにやらエネルギーをチャージするような音を聞きサタケが振り返ると――

 ドッ、バアァァァーン!

 轟音とともにユカリ博士のヤクザキックが炸裂し、ジョンは箪笥に開いた闇の中へと吹き飛ばされた。続けざまに廻し蹴りを叩き込み、ユカリは自ら布団箪笥を粉々に砕いてしまう。

 いつの間に着替えたのか、ユカリも全身ピンクのタイツ姿になっていた。

 恐るべきパワーをもたらす〝10ミニッツ・ガールmk2〟を装着していたのだ。


    §


「……えーっと、博士?」

「なんだい?」

「壊してなんとかなるなら、始めからそうしてよっ!」

「ん-、だってぇ……発明品はどれも愛着があるからさあ、壊すっていうのはホントはちょっとぉ、やりたくなくてぇ……」

 スンと、ユカリは洟をすする。瞳もうるうるとしているではないか。

「私の責任だし、世界を守るためだもん。今回だけは、仕方なしだよ……」

 涙声でうなだれる博士の頭を、サタケはよしよしと撫でてやった――。


 こうして、侵略者は元の世界に追放され、時空の裂け目も閉じられた。

 人知れず人類存亡の危機は訪れ、人知れず守られたのである。

 史上かつてない偉業を、小学5年の少年と27歳の女性が成し遂げたのだ。

 歴史に名を残すことはなくても天下無双の、少年と博士であった。

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踊る! 布団箪笥バトル まさつき @masatsuki

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