子どもたちの数え歌が聞こえる
リュウ
第1話 子どもたちの数え歌が聞こえる
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
繰り返し同じ夢をみると言うのは、何らかのメッセージなのだろう。
ストレスや疲労の蓄積とかトラウマや未練といった悩みからか。
失敗したくないと言った脅迫症かもしれない。
確かに僕にそう言った悩みはある。
無い人間は、いないはず……だ。
僕は、卒業と同時にここ都会に来てしまった。
あこがれ。
たぶん、来てしまった理由。
やりたいことは、違っていた。
僕は、絵が描きたかった。
都会には、最新の芸術がある。
そう言ったものに触れる事ができる。
画家になるっていうと反対されるのは、知っていたので、普通に就職し、夜間学校に通うことにした。
時間がない。
夢を追って生きる為には、諦めないことがあることを知っていた。
先ず、田舎を捨てた。
友だちも捨てた。
彼女も……
彼女との別れは、とてもつらかった。
子どもの頃からの付き合いだった。
大好きだった。
でも、僕は、成功するという根拠のない自信があった。
絶対自分は死なないと言う無茶をする若さと同じように。
お互いの夢を理解し、邪魔に成らない様にと考えた結果だった。
遠くからでも支え合おうと。
同じ想いなら大丈夫と始めた遠距離恋愛は、いつの間にか消えてしまった。
僕が悪い。
夢ではない仕事をこなす為の時間に抹殺されてしまっていた。
自分の居る場所を確保しようと必死になってしまった。
最初は、違っていた。
なぜ、嫌な仕事をしなければならないのだろうと考えていた。
だけど、いつの間にか考えなくなっていた。
仕事をするのが当たり前になっていた。
絵の夜間学校も行かなくなった。
身体が悲鳴をあげているのは、健康診断での結果で知っていた。
”要検査”の文字が診察表に印字されていた。
「そんなの当たり前さ」、「病気になったら一人前」とか、訳のわからない言葉をかけられた。
おかしいなんて、考えなくなっていた。
それからも、仕事を続けていた。
体調を壊して、休むようになった。
その頃から、シミュレーテッド・リアルティゲームをするようになった。
ゲームで時間を潰していた。
僕は、アリスがウサギの穴に落ちる様にゲームにハマっていった。
昼夜の区別がつかない毎日。
目が覚めると、朝か夕方かの区別がつかず、スマホを見て自分に納得させていた。
そうして、仕事が生活が崩れていった。
僕は入院していた。
そして、あの夢を見る様になった。
”あの夢を見たのは、これで9回目”
それが、ヒントだ。
でも、夢の内容が思い出せない。
全然だ。
9回目だ。
一度あることは二度ある。
二度あることは三度ある。
という事は、10回目がある筈だ。
そう考えることが自然だ。
思い出そう。
9回も見た同じ夢を。
まてよ。
本当に同じ夢なのだろうか。
いや、これは考えないようにしよう。
人間の記憶は、当てにならない。
夢はこんな感じだった。
僕の田舎の風景。
僕の家の近くに小高い山があった。
そこには、神社があった。
僕は、その境内が好きだった。
心が落ち着くのだ。
そこで、本を読んだり、考え事をしていた。
お寺の境内で、子どもたちが遊んでした。
今頃の子どもの遊びではない。
スマホやゲームではない。
昔からある、すこし残酷な遊び。
数え歌の子どもの声。
僕は、子どもたちの声を遠くで聞きながら歩いている。
数え歌だ。
ひとつ、ふたつと数を追って行く歌。
しかし、夢はここまでで終わる。
あの夢を9回見ているという事は、10回目もある。
数え歌は、10で終わりだ。
違うのは、数え歌がカウントアップして終わるのだった。
だから、僕は、夢の回数を覚えていた。
今日、10回目の夢を見る。
子どもたちは、数え歌の10回目を歌うのだろう。
数え歌は残酷な歌が多い。
背筋に冷たい物がはしる。
数え歌と子どもの残酷さが怖さを増幅させる。
僕は、あの境内に来ていた。
境内の端のベンチに腰を掛けている。
小鳥のさえずりや風が葉を揺らす音が聞こえる。
境内で子どもたちが遊んでいる。
僕もよくここで同じように遊んでいた。
懐かしさがこみあげてくる。
数え歌が聞こえてくる。
いつも通りの夢が始まったということ。
今日は、最後まで聞くことが出来るはず。
そして、全てが終わる……。
僕は、耳を澄ます。
数え歌を聞く。
数え歌の10番目が始まる。
「とおで、とうとう」と言いかけた時。
子どもの中の一人が声を上げた。
「もうやめよう!”はないちもんめ”しよう」
みんな、それに従う。
仕切り屋さんなのかなと僕は口角が緩む。
でも、10番目が聞けなかった。
聞けなくてよかったとも思った。
子どもたちは、二組に分かれて、歌いながら波の様にお互いに寄っていき、メンバーをやりとりする。
「あの子がほしい」
「あの子じゃわからん」
「この子じゃわからん」
「そうだんしましょうそうしましょう」
「……ちゃんがほしい」
「じゃんけんポン!」
子どもたちの歓声が聞こえる。
「勝ってうれしいはないちもんめ」
「負けて悔しいはないちもんめ」
僕は、子どもたちを見て唖然としていた。
数え歌が終ってしまったからだ。
その中の一人の少女が近づいてきて、にっこりと笑うと
右手を差し出した。
何か握っている。
何?僕は少女の顔を見つめ首をかしげる。
「これあげる……食べてね」
ゆっくりと握った手を開くと
薬のカプセルのようだった。
レッドピル?
「あげる」
強い口調で手を突き出した。
僕は、それを受け取った。
少女は、だまって僕を見ている。
「食べて」
少女の目は真剣だ。
僕は、口に入れた。
堅くてツルツルとした食感。
噛むと甘さが口の中に拡がった。
その様子を見ていた少女は、友だちの方は走っていった。
僕は、少女を見届ける。
僕は、急にめまいがして膝をついた。
風景がぐらぐらと揺れ、回り目を開けていられない。
僕はそのまま仰向けに倒れたらしい。
身体が沈んで行く感覚。
どこまでも深く深く沈んで行く感覚。
「ああ、僕は何処に行くんだ」
意識が薄れていく。
目が覚めた。
天井は、あのボツボツと穴が開いている。
カーテンのレール。
白いカーテン。
何かを運んでいるキャスターの音。
消毒の匂い。
そうか、ここは病室だった。
天井を見る僕の目の端に人影があった。
瞳をそちらに移す。
あっ、何故そこにいるの?
僕は、目を疑った。
彼女だ。
「起きた?」
彼女は、僕の手を両手て包んだ。
「来ちゃった。無理しちゃだめだよ」
彼女は、微笑んでいたが目から涙が頬を伝っていた。
彼女の手の力が伝わる。
あの少女は君だったのか。
君が僕を呼んでいたのか。
あれから、何年も経っているのに。
「帰ろう……ねぇ、帰ろう」
「うん」
僕も泣いていた。
一緒に帰ろう。
子どもたちの数え歌が聞こえる リュウ @ryu_labo
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