酔っ払い

Ash

 

「久しぶり。元気だったか?」

「そこそこな。そっちこそ、 奥さん出ていったとか聞いたぞ」

「あぁ。娘連れてな」

「そっか」

「娘がさ、ダンスが好きなんだよ。でも、俺とじゃ習い事は無理だって」

「……」

「俺は一生懸命やってるんだけど、何が足りないのかね」

「さあな」

「最近は業務の他に新人教育もやってるんだぜ。その分残業してさ」

「……」

「ただ、俺の教え方は下手だそうだ。解らなかったら聞いてくれじゃなくて、解らない所がないように説明しろってさ」

「難しいな」

「俺には無理。だから、すまないって言って説明してる。同じ事何度も聞かれるけど。メモくらい取ってくれと思ったりするけど。できるだけ丁寧にな」

「ご苦労さん」

「まあ、今後会社を支える人材だからな。だからか、あいつら俺より貰ってるんだぜ」

「……」

「納得できないけど。どこもそうだって聞くしな」

「俺たちは氷河期だからな」

「それでも普通に生きられるなら良いと思ってた。けど、最近はそれすら難しいときたもんだ」

「老後か?」

「ああ。普通に働いて、普通に貯金してても無理だと。年金はあてにならんし。投資しろってね」

「……」

「投資は否定しないよ。けど、俺は博打めいたものには手を出さず、汗水流した対価で生きたかったんだけどな」

「そうだな」

「けど、それすら許されんのかね。別に億万長者とか、天下無双とか言うわけじゃない。普通で十分なのに……贅沢かな」

「どうかな」

「でも、ネットじゃ有識者だか有名人だかが訳知り顔で言うわけさ。この国に生まれただけで幸せだと。ここより不幸な場所は沢山あるって」

「見たことあるな」

「そりゃあ、戦争している地域とかと比べるならそうさ。けどさ、幸せってなんだ?」

「何だろうな」

「俺の場合、家族と健康が一番だ。便利さより、快適さより、まずは家族さ」

「……」

「あとは、たまにこうやって飲めれば十分だ」

「そうだな」

「それが、こんなに難しいとはね。身体壊すぐらい頑張っても無理とはね」

「そうだな……ん? すまん。俺はここでお暇するよ」

「早いな」

「まだ仕事があってね」

「身体壊すなよ」

「そっちもな。今日も寒い、ちゃんと布団に入って寝ろよ。んじゃ、またな」

「ああ、またな」

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酔っ払い Ash @AshTapir

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