シン・カクヨム無双

異端者

『シン・カクヨム無双』本文

 三重県内のとある一軒家で。

 ううむ……困った。

 彼はそれを見てうなった。

 目の前のPCの画面には、小説投稿サイト「カクヨム」の「KAC2025」の画面が表示されている。

 ご存じの方が大半だろうが、一応説明しておこう。このKACとは数日ごとに出されるお題に従って、短編小説を書き、カクヨムに投稿するというコンテストである。わざわざ説明するまでもないと思われるかもしれないが、決して文字数稼ぎではない!

 しかし、今回のお題は……彼は再び画面を見てため息をついた。「天下無双」「ダンス」「布団」と、まさか三つも同時に入れて、一週間後までに投稿――そう、無茶である。

 こんなもの、どう達成すればよいのか――彼には皆目見当もつかなかった。


 いっそのこと、ノンフィクションで実際にやってしまってはどうだろう?


 彼は閃いた。ここで誰か一人でも止める人間が居たら彼の運命は変わっていただろうが、現実は非情である。

 早速、彼はそれらを実践することに決めた。

 布団を敷くと、彼はその上で踊り出した。

 ドタン、バタンと音が響く。

 彼自身は軽快に踊っているつもりだったが、どう見ても布団の上でクネクネと体を揺らしているだけだった。

「あんた、二階で何やってるの!?」

 あまりの騒がしさに様子を見に来た彼の母親が言った。

 彼がニートになってからというものずっと面倒を見続けてきた彼女だったが、その奇行にはほとほとうんざりしていた。

「何って……ダンスを……」

 彼は息も絶え絶えに答えた。

 日頃からの運動不足がたたって、早くも倒れる寸前だった。

「はあ? ダンス? そんなことしてるのなら、仕事しなさい!」

 彼女は正論を言った。

「うるさい! 俺はこれをきっかけにしてメジャーデビューして小説家になるんだ!」

 彼はそう叫んだ。彼の頭の中には既にメジャーデビューしてからのプランがあった。

 5,000万部売り上げて、印税で三重県の大半を購入し、独立国を建国。そして、芸能人と結婚し――

 無謀である。あまりに無謀である。幸か不幸か、彼自身にはその自覚はなかったが。

「またそんな夢みたいなことを言って……いいから、そのドタバタした動きをやめなさい!」

 彼女は無理矢理に止めようとした……が、彼はそれを振り払った。

「まだだ! まだ『天下無双』をしてない!」

「はあ!?」

 母親が呆然とするのを横目に、彼は昔になんとなく買った木刀を手にして外に飛び出していった。母親は警察に通報しようかと迷ったが、もうどうでも良くなって放置することにした。

 彼は人通りの多い所に出ると、奇声を発しながら木刀を振り回し始めた。

 無双――そう、某ゲームである。というか、彼は天下無双の意味が分かっておらず、とりあえず集団相手に派手に暴れ回ればいいと思っていた。

 通行人相手に木刀を振り回す彼に、そこは阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図に……ならなかった。

 彼を見た人はさっさと立ち去り、警察へと通報した。

 一部の通行人は遠巻きに見ながらも、スマホで動画撮影している有様だった。

 皆が俺の力を畏怖している――珍獣を見る目を向ける人々を彼はそう解釈していた。

 やがて警察官がやってくると、上司へと無線で連絡した。

「通報の通りです。何か、頭のおかしい男が叫びながら木刀を振り回しています」

「あ~もう、撃っちゃっていいよ。一思いにサクッと、ね」

 上司は軽い調子で答えた。

「は?」

「だからさ……そういうのをまともに相手すると、大抵精神鑑定になって、責任能力の有無とかややこしいことになるの……だからここで撃ち殺しちゃっていいよ」

 世が世なら、警察官もそうである。これこそが四十七都道府県の中でも「魔境・三重」といわれる所以ゆえんである。

「しかし、いきなり撃つのは……」

「君、ちょっと真面目過ぎだよ。警告はしたけど、聞かなかったことにして撃っちゃったらいいんだよ。そこは柔軟にね……」

「は、はい!」

 警察官は彼に向かって言った。

「お前、大人しくしないと――」

 パァン!

 言い終わる前に撃った。

 しかし、いきなり撃ったので照準が定まらず、下にずれた。

「グワアアアアアアッ!」

 彼は雄叫びを上げながらうずくまった。股間に激痛を感じたのだ。

 そう、を撃ったのだ。我ながら、最低のネタである。

 彼はやがて泡を吹きながら意識を失った。だが、まだ息はあった。

 警察官はまたしても上司に報告した。

「え? 倒れちゃったの……困るなあ。もう、まだ抵抗したってことにしてトドメ刺しちゃっていいよ。銃を口の中に突っ込んでパンって――」

「いやいや、通行人で動画撮ってる人も居ますから、これ以上はまずいですよ!」

 無線の向こうで上司が舌打ちした音が聞こえた。

「あちゃ~、じゃあ生きたまま捕まえるしかしょうがないねえ……」

 彼は警察官に捕まり、病院へと連れられて行った。


「――でさ、なんなの? そのカクヨムって?」

 取り調べ後、警察署での会話だった。

「調べたところ、どうやら小説投稿サイトのようですが……今回の事件は、その小説投稿サイトにノンフィクションとして投稿したいから起こした、と」

「どうせ、小説投稿サイトを装った反社組織だろ?」

「い、いえ……今のところ、そのような様子は……見た感じだと、素人が小説家ごっこをして遊んでいる下らないサイトのようですが」

「最近多いからねえ……いかにも『社会貢献してます』とか『皆に愛されてます』とかみたいな顔をした反社組織。どうせ善良ぶってるだけで、裏では汚いことしてるんでしょ?」

「それなら、運営しているKADOKAWAとやらにガサ入れを……警視庁に頼んでみましょうか?」

「お土産みやげには、伊勢海老と松阪牛を忘れずにね!」

「はい、それはもちろんです!」


 数日後、KADOKAWA本社に警察の捜査が入った。

 所得隠しやブラック企業体質、政治家との繋がり――ありとあらゆる悪事がおおやけとなった。メディアは連日連夜、KADOKAWAのこれまでの悪行を伝えるニュースで溢れかえった。私人逮捕系動画投稿者が、書店においてKADOKAWAの本を無断で焚書する事件も相次いだ。

 結果、KADOKAWAは潰れ、カクヨムも閉鎖された。

 それはあたかも、パンドラの箱を開いたようでもあった。あらゆる悪事が露わになったが、カクヨムが閉鎖されたことで「小説家」のニートたちが目を覚まし、真面目に働こうと思うようになったのだった。


 こうして、世界にはようやく平和が訪れた。

 しかし、彼らはまだ知らなかった。たとえKADOKAWAが滅びようとも、第二、第三のKADOKAWAやカクヨムが現れることを――


 駄目だ! こんな無茶苦茶な作品を出せるか!

 私はプリントアウトされたそれを読み直して思った。

 怒声を上げながら引きちぎって細切れにすると、ごみ箱へと捨てた。

 何を書いてるんだ!? お前は馬鹿か!?

 いくら底辺と言われようが、プライドはある。こんな頭のおかしい作品を公開する訳には……って、何ログインしているんだ、私は!? おい、やめろ! いくらネタがないからって……誰か止めてくれ!

 止めようとする意志とは裏腹に、カクヨムへの投稿は着々と進んでいった。


 後日、私のアカウントは削除された。

 あれは間違いだったと運営に問い合わせたが、返答が来ることはなかった。

 堕ちていく一方の私と異なり、カクヨムは益々隆盛を極めていった。

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