布団の上で君と天下無双のダンスを
月這山中
「ダメ! 全員、全然ダメ!」
ダンス監督の麻友・シャルパンティエは刺々しい声で言い放った。
無理もない。『不死鳥』は公演まであと一週間を切ったのだ。
「真琴、中央のあんたが特にダメ。死ぬ気でやれてる?」
麻友の口癖が飛び出した。呼ばれた僕は汗をぬぐって床に座る。
「僕じゃ感情が込められない」
「わかってるなら対策して」
「泉ならともかく、僕に不死鳥のイメージなんて掴めない」
本来主役を背負うはずだった泉貴士は不倫が発覚して降板、そのため僕……花織真琴がやることになった。三か月頑張ったが大トリのシーンが全然納得できるクオリティに達していない。
素人から勝ち上ってきた泉に比べれば、バレエの名家に生まれて演劇しかしてこなかった僕は『感情』の経験値が圧倒的に足りていない。このことは麻友にも言った。しかし彼女は。
「それでも
僕は立ち上がってボトルを取った。体に水を流し込む。
「しばらく一人にさせてくれ」
「わかった。なるべく早くね」
重い扉を開けて、スタジオの外へ出た。
メッセージアプリを開く。泉との昨日のやり取りが残っている。
『あとは任せた』
『任されても』
『お前ならできる』
彼の言葉は端的だった。
僕はスマホの画面を消して、階段に座る。頭を膝にこすりつける。
みんな僕を買いかぶり過ぎじゃないのか。
幼い頃よりバレエの基礎は両親に叩き込まれていた。優秀な遺伝子の下に生まれたのだと言い聞かされて。しかし靭帯損傷によって、エリートの線路からあっという間にドロップアウトした。踊れる程度には回復したがキャリアの空白を両親は許さなかった。家を出てミュージカル俳優として新たな人生を始めた。しかし、端役としても芽は出なかった。演技を一度も褒められたことはない。
僕には運がない。
運も才能の内だというのなら、つまり僕には才能がない。
今回の『不死鳥』はまだ舞台にしがみついていた僕への引導なんだ。そう信じてやまなかった。
世界は残酷だ。
「やっぱり、暗い暗い」
顔を上げると麻友がこちらを見ていた。
未開封のボトルを渡される。
「あんたはすぐそうやって自分を虐める。よくないよ」
「麻友だってトレーニングで虐めてるじゃないか」
「あんたのそれとは違うの」
うっすらとついた脂肪の下に確かな筋肉を感じる腕を見せつけて、彼女は笑う。
「真琴、今夜時間ある?」
「また朝まで稽古だろ」
「それもやめようかと思って。皆根詰めすぎてるからさ」
さっきまでの鬼軍曹はどこへ行ったのだろうか。彼女は寂し気に僕を見ていた。
麻友とは付き合っていた期間がある。お互いに多忙で、余裕がなくて、寂しかった時期に。
「諦めるのか、不死鳥」
「そういうわけじゃないよ」
「じゃあなんで」
「息抜きは必要って話」
僕の前髪をくしゃくしゃと撫でて、彼女はスタジオに戻っていった。
夜。
稽古は切り上げられ、僕は麻友と一緒にカラオケへ来た。
「クレナイダーーーーーーッ」
彼女は叫ぶ。
古いバンドの曲。以前彼女にたずねてみたら、親がファンだったとかで自然と覚えていたらしい。
しばらくサイダーを飲みながら彼女の絶叫を聴いていた。
「真琴も歌う! ほら!」
麻友がマイクを差し出す。僕は仕方なく覚えているサビだけハモる。
激しい子守唄だった。
画面が切り替わって広告映像が流れ始める。
「曲入れないの?」
「歌いたい気分じゃない」
僕は正直に答えた。
「じゃあなんで来たのかなぁ」
「麻友が時間あるかって」
「はい他責思考ぉー。だめぇー」
前髪をくしゃくしゃにされる。
「ヨリでも戻したいわけ? こんな時期に」
僕はたずねた。麻友は僕の髪を乱したまま、視線を外す。
「それで真琴が復活するなら、いいかなって」
復活もなにも、僕は彼女に会った時からずっと死体だ。
舞台に未練を残した死体。生きたふりをしている屍。
「買いかぶり過ぎだよ。やっぱり」
すっかり酔っ払った麻友を抱えて、僕は彼女のマンションへと向かう。
電車の窓に流れる景色を見ていたら、もたれかかっていた麻友が呟いた。
「不死鳥は、死なない訳じゃない」
どういう意味だろう。
僕は黙って聴いていた。
「一度自分の身を燃やして復活するの。その姿が美しい」
「つまり臨死の美ってこと」
「そう。生死の狭間。それが不死鳥の美しさ」
死ぬ気でやれてる。彼女の口癖を思い出す。
麻友は十歳までフランスで暮らしていた。
カフェテラスでテロに巻き込まれたのを鮮明に覚えているという。隣に座っていた新聞を読んでいた大人が一瞬のうちに死んだ。
彼女はそれを、美しいと思ったのだという。
「私は狂ってるのかな」
彼女は天井を見上げた。
「だから誰もついてこれないのかな」
「ついていってるよ。僕以外は」
僕は正直に答えた。
僕とは違う絶望を彼女は抱えている。そのことに気付いてから、僕らはいっそう舞台へとしがみついた。
二人で改札を通る。
マンションにたどり着く。
合鍵でドアを開けて、彼女を放り込む。
「じゃあ、また」
麻友の腕が僕を引きずり込んだ。
「あっ」
玄関に倒れ込む。頭を打たないように彼女を抱えて、蹴上に手をつく。
酒臭い息を被りながら、しばらくそのままでいた。
「酔っ払い」
「知ってる」
「知ってるなら対策してください」
僕は言った。
「ふふ」
彼女の唇が僕に触れた。
麻友のマンションには和室があって、畳の上に布団を敷いている。フランス生まれなのにこれが落ち着くとかいう。
「踊って」
麻友は僕の腕を引いてその和室に導いた。布団の上で千鳥足のステップを踏む。
「踊って、真琴」
僕はチークを始める。
不安定な布団の上でくるくるとステップを踏む。彼女が回りたがっていたのでターンのアシストをして、掛布団が足に絡まって倒れそうになるのを引っ張り上げた。
絡まった布団を外してまた踊る。
不安定な足場はまるで不死鳥が身を投じた炎の上のようだ。僕は羽毛の炎の上で踊る。天下無双、これ以上ないほど美しい不死鳥がその身を燃やし、灰となって、また復活する臨死の美。
僕は天井を見上げる。電灯がバチバチと瞬いて消えた。その奥でショートした電極を想った。フィラメントの表面を燃やす赤い炎を想った。極小が極大になり、極大が極小となる。宇宙の循環を想った。
僕らはその日、不死鳥になった。
◆
「本日はミュージカル『不死鳥』にお越しくださり、ありがとうございました!」
カーテンコール。
鳴りやまない拍手。
アンコールに応じて、何度でも客席に頭を下げる。
大トリの降臨パートは大成功で終わった。
結局僕だけでは、不死鳥にはなれなかった。麻友とダブルキャストで演じることになった。
「ライバルが必要だったってこと?」
提案した時、麻友がたずねた。僕は頭を振って答える。
「生まれ変わった先の姿が欲しい。それが君だ」
麻友も他のキャストも頭をかしげていたが、納得はしてくれた。
初日の昼公演後の楽屋。
「じゃあ、君の生まれ変わりとして夜の部、演ってきます」
麻友は軽い調子で言って、メイクを落とす僕の肩を叩いた。
「お願いします」
僕はタオルで顔を拭いている。
世界は残酷だ。
舞台にしがみつかなければ、僕は生きていけない。
不死鳥は比翼の鳥なのかもしれない。
布団の上で君と天下無双のダンスを踊ったあの日、僕らは確かに一つの不死鳥だった。
了
布団の上で君と天下無双のダンスを 月這山中 @mooncreeper
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