最終章
四郎と凪砂が最後の時間を過ごした1ヶ月後、凪砂は拘置所の中にいた。
四郎にすべてを知られているとわかった凪砂は、そのまま警察署へ行き、自分が身分を詐称していたこと、母親を殺害時心神喪失ではなかったことをすべて話した。
四郎はニュースでそのことを知った。四郎は、手紙のせいかと自分を責め、自分が取った行動が正しかったのか毎日考え込んでいた。
そんな中、見覚えのある番号から電話がかかってきた。近藤からだ。
四郎と話がしたい、近藤はそう述べた。四郎は毎日考え込んでいた自分に何か答えをくれるのではないかと思い、近藤のその提案を受け入れた。
四郎はあの病院にまた戻ってきた。監獄のような病院だ。四郎はその建物を見つめながら、凪砂はどんな思いでこの病院に通っていたのだろうと、頭に凪砂の顔を浮かべていた。
あの時と同じように机と椅子しかない小さな部屋へ案内された。
近藤は変わらず穏やかな笑顔で四郎へ話しかけた。
「何度も呼びつけてしまいすみません。」
四郎は首を振りながら椅子に座った。近藤は次の言葉をどうしよとかと選んでいるようだった。
「凪砂の件ですよね。」
四郎が先に凪砂の名前を出すと、近藤は珍しく目を少し見開き、四郎の落ち着いたような様子に驚いていた。
四郎は落ち着いていた訳ではない、落ち着いてるように見せたかったのだ。
「はい。私もことを知った時は本当に衝撃で……。担当医なのに、凪砂さんの真実に気づけなかった自分が不甲斐ない気持ちと、申し訳ない気持ちです。」
まるで四郎がカウンセラーになったかのように、四郎は近藤の話を深く頷きながら聞いた。
「実は、凪砂さんが自首したあと、私も事情聴取を受けまして。そりゃあ、何年も凪砂さんの真実に気づかなかったから、凪砂さんと共犯と思われたようで。それで、凪砂さんと話をさせてもらえたとき、凪砂さんが吾妻さんは気づいていたと話したので。吾妻さんはなぜ気づいたのか気になってしまって。すみません、こんな私的な理由で呼んでしまって。」
近藤は申し訳なさそうに俯いた。
「本当は愛の力、とか言ってみたかったんですけどね。そんなものは僕にはありませんでした。凪砂のことを愛していましたが。凪砂のことを梓砂さんと思い込んでいる時も、疑う気持ちはありませんでした。けど、先生から見せてもらった2人の幼少期のビデオを見た時、何か違和感を覚えて、自分が時間をともにしたのは本当の凪砂だったのではと考えるようになりました。」
四郎はいつのまにか顔を上げていた近藤から視線を外し、どこを見つめているかわからない表情をした。
「確信を持ったのは、最後に凪砂とチューリップ畑へ行った時です。凪砂が私に言ったんです。四郎さん、ありがとうって。それで目の前にいるのは凪砂だとわかりました。おそらく誰も気づけないと思いますが、僕は耳が人よりいいせいで気づいたんです。ビデオの中の凪砂も、チューリップ畑の凪砂も、ありがとうと言う時、語尾がほんの少し、わずかに上ずる感じがあったんです。凪砂はいつもそうなんです。まるで、ありがとうという言葉を言うことに慣れてないかのように。
ビデオだけを見た時は、梓砂さんは凪砂のありがとうの言い方まで真似していたのかと思いました。けれど、最後に梓砂さんの人格として会った時に、もう真似る必要はないのに、ありがとうは変わっていなかった。それが僕が気づいた理由です。」
四郎は話し切ると、今度は四郎が近藤へ問いかけた。
「僕、凪砂へ手紙を書いたんです。おそらく、その手紙を見て、凪砂は僕が気づいているとわかったんだと思います。僕の行動は合っていたんでしょうか。」
四郎の言葉は、まるで合っていたと言ってくれと訴えるように聞こえた。
「どうでしょうか。正直私には正しかったのかどうか判断するような権利はないと思うので、答えにはならないですが、私なりの気持ちを伝えてもいいですか。」
近藤は四郎の表情を確認すると、そのまま言葉を繋げた。
「あの日、凪砂さんが当てもなく出て行ったのは、梓砂さんになりたいという気持ちの中に、凪砂さんとしての人生を諦めきれない気持ちが残っていたんだと思います。そして、凪砂さんは、最後の自分としての時間の中で、吾妻さんとの幸せな時間を過ごした。凪砂さんは初めて凪砂さんとしての人生を幸せと思ったのではないかと私はそう考えます。」
四郎は泣くまいと目の中に涙を溜めた。近藤はそんな四郎を不憫に思うように見つめた。
「凪砂さんが話していましたよ。体調を崩した自分を初めて心配してくれた、お粥を作ってくれた、吾妻さんに言葉では言い切れないほどの感謝があったと。」
話を終えた四郎は病院を出て、春の力に応えるように生き生きとし始めている周りの様子をぼんやりと眺めていた。
凪砂は拘置所の中で、最後に見た梓砂の顔を思い出していた。
生まれてからずっと、凪砂から見た梓砂はきらきらして、何もかもが恵まれているように見えた。そんな梓砂が自分の身分を凪砂へ渡し、自ら命を絶った理由は何だったのだろうか。梓砂なりの苦悩があったのだろうか。
「私は何者になりたかったんだろう。」
凪砂が小さく呟いた声は、もう四郎に届くことはなかった。
隣の花は赤いのか はしび @kuroshina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます