Ex. 300年後の未来②

Ex.2 永遠の眠りからの目覚め


目覚めの瞬間は、深い白の中にあった。


まどろむ意識の奥底で、わたしは長い眠りの記憶をかき分ける。

冷たく、静かで、まるでこの世界がすべて凍りついてしまったかのような感触。

けれど、それは永遠ではなかったのね。

わたしの指先に、ふと、ぬくもりが触れる。


——シノ様。


甘く、切なく、まるで白い絹が風に揺れるような声が響く。

レア……?それとも、ミナ……?

ぼやけた意識の中で、ふたつの存在がわたしを呼んでいる。


わたしのまぶたがゆっくりと開く。

眼球全体を深い青に染めたこの瞳が、何百年ぶりかの光を捉える。


滲む光、輝く白、ふたりの影——

そう、わたしの最愛の使徒たち。


「……あぁ、なんて……甘美な……目覚めなのかしら……。」


フルートの音色のように澄んだ声が、静寂を破る。

長い舌がわずかに動き、切り裂かれた八つの先端が空気をなぞるように震えた。

唇がわずかに歪み、わたしは緩やかに微笑む。


レアとミナは、わたしの身体をしっかりと支えていた。

彼女たちの肌は雪のように白く、指先は陶磁器のように滑らか。

ほんの少し触れただけで、氷が溶けるような快感が全身を駆け抜ける。


「シノ様……。ようやく、この時が……。」


レアが震える声で囁く。

その眼球全体が深紅に輝き、涙のようにきらめく光を宿していた。

ミナもまた、黄金に染まった瞳でわたしを見つめ、震える手でわたしの長い銀髪を撫でる。


「お目覚めの時です、シノ様……。わたしたちは、ずっと……この瞬間を待っておりました。」


わたしはそっとまつげを伏せ、甘く微笑む。


「ええ……待たせてしまったわね……。」


わたしの身体は、眠りについたときと何も変わらない。

全身を白に染めたこの皮膚、巨大なバストと極端にくびれたウエスト、シリコンで膨らんだヒップ、そしてわたしの意思でなめらかに揺れる九本の尻尾。

指先に至るまで、すべてが完全な美しさを保っている。


——完璧。


この姿こそが、わたしの求めた究極のかたち。

この眠りを経ても、それは決して損なわれていない。

それどころか、わたしの存在はさらに研ぎ澄まされ、神性を増しているように感じる。


「さあ、わたしを立たせてちょうだい……。ふたりとも……。」


「はい、シノ様……。」


レアとミナが同時に頷き、わたしの両腕を優しく支える。

彼女たちの手は、まるで天女の羽衣のようにしなやかで、柔らかく、それでいて決して揺るがぬ強さを持っている。


わたしの腕は、異様なほどに長い。

指は計36本もあり、そのひとつひとつが美しい曲線を描きながら、わたしの意思に応えて動く。

ナックルウォークのために作られたこの手を、そっと床につく。

蹄へと変えられた足をゆっくりと踏みしめる。


コツ……コツ……。


静寂の中、白銀の蹄鉄が大理石の床を打つ音が響く。


レアとミナが両脇から支え、わたしはゆっくりと歩き出す。

たった数歩、それだけのことなのに、世界の全てが再び動き出したように感じる。


眠りに落ちる前とは違う、しかし確かにわたしのものだった時間が、ゆっくりと流れ出す。


「……美しいわ。」


わたしはうっとりと呟く。


「わたしが……わたしたちが……こうして目覚めたことが……とても……とても、美しい……。」


レアとミナが、わたしを見上げる。

その瞳には絶対的な崇拝の色が宿っている。


「わたしたちは、白華神ヴァイス・ブルーテ……。」

「そしてシノ様こそが、永遠の神……。」

「この世界は、シノ様の目覚めを待ち望んでいたのです……。」


「ふふ……そうね……。」


わたしは甘く笑う。

長い銀色の髪が、ふわりと舞い上がる。

九本の尻尾がゆるやかに波を打ち、わたしの意識に応じて優雅に揺れ動く。

白く輝く角が天井の光を反射し、光の輪を描く。


「わたしの眠りは終わったのね……。さあ……。」


舌をわずかに出し、切り裂かれた先端を絡めるように動かす。

唇をゆっくりと舐め、甘く微笑む。


「わたしの世界を……もう一度、始めましょう……。」

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人間廃絶論 瞬遥 @syunyou

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