モンティホールのヤギ

ぽんぽん丸

モンティホール・キャンセル界隈

私がなぜモンティホールキャンセル界隈になったのかというと、瞬間的情動からなのかもしれない。あるいは確率なんていう賢そうなものに反骨したからなのかも。


直観で答えると間違ってしまう厄介なクイズを集めた番組に私は素人出演を果たした。インテリ芸人やアイドルが素人と対決する。私は全問正解のグランドスラムを達成した。生来の厄介な人格が幸福した形である。グランドスラム達成者だけがチャレンジするのはパジェロを狙うダーツではなく、厄介なクイズ番組らしく有名なモンティホール問題を再現したものだった。


私が子供の頃にラッキーを散歩で公園に連れて、おすわりを指示してもなかなか言うことを聞いてくれないでいると、おじさんが話しかけてきた。


「こうせな言うこと聞かんで」


おじさんは物知り顔で嬉しそうに正しいやり方を語った。昔大きな犬を飼っていたそうだ。キモかった。公園に夢中で大興奮の愛犬と、四苦八苦するまだ子供の私の幸福の間にでしゃばんな。私がモンティホールを知りながら3分の2の確率で手に入るポルシェを選ばなかったのはそういう幼い頃に生まれた反骨みたいなものからかもしれない。


または愛犬を失って久しい空虚な心にヤギの縦に瞳孔が走る不気味な瞳がシンデレラフィットしたからかも。あの中身のない声援が騒がしいバラエティ番組スタジオで何も口に含んでなくともモシャモシャし続けていたエミリーだけが私をホッとさせてそのままにはできなかった。



「もし今開いた扉を選んだら、あのヤギをもらえるんですか?」

結局私はそう言った。


みのもんたの後釜みたいな立ち位置の司会者は低く

「えぇ~ー…」と言った。

スタジオから笑いがおきる。


A,B,C3つの扉の向こうの1つにはポルシェが、残り2つにはヤギがいる。挑戦者はいづれかの扉を選ぶ。その扉の向こうにポルシェがあれば獲得できる。これがモンティホール問題の前提となる。


なぜヤギなのか?これはもう伝統という他なく、モンティホール問題のWikipediaにもヤギとはっきり書かれている。


ヤギは一旦よしとして、難しいのはここからだ。私はAの扉を指定する。するとバラエティ番組よろしく、どや顔で司会者が残りの扉のヤギが入っている方、Cを開けてこう質問する。


「Cの扉にはヤギが入っています。つまり、あなたが選んだA,または残るBのどちらかにポルシェが隠れています。さあ、今ならまだあなたは選択を変更できます。本当に最初に選んだAの扉のままで良いんですか?」


クイズ・ミリオネアの焼き増しみたいに揺さぶりをかける。やはり顔は地黒でてかてかしている。


さっきまでは3択だった。だけど今は2択になったのだから、どちらを選んでも2分の1の確率でポルシェが獲得できる。直観的にはそう感じる。だけど実際は最初に選んだAではなくここでBに選び直したらポルシェを獲得できる確率は3分の2である。


何を言っているんだお前は。そうそれでいい。モンティホールが初めてこの問題を発表したら、有名な数学者でさえわざわざ長文のお気持ち表明をして「あなたは間違っている。2分の1だ」と非難した。


だけど事実、ここで選び直すと3分の2である。コンピューターシミレーションでこの状況を何回も繰り返し検証する。すると選択し直すと66%、3分の2の確率でポルシェを獲得できる。


いやそんなことはどうでもいい。ヤギだ。ヤギはかわいい。ややこしい確率ではなく、確実にヤギはかわいい。


ポルシェはかっこいい。だけど贈与税とか、車検とか車庫証明とかめんどうだ。のどかな地元を番組で獲得したポルシェを乗り回すなんて恥ずかしい。乗りたくないなら売りに出すのだろうか。その場合は確定申告はどうしたらいいのだろうか。一旦贈与税がとられてから、売却した雑収入にも税金がかかる気がする。幸い自宅は田舎だし両親から引き継いだ家がある。裏手の山はじいちゃんのもっと前の代から引き継いだ我が家のものだ。私はヤギ向き人間である。


過疎化と少子化のコンビネーションアタックを喰らった我が町は、ラッキーとよく散歩に出かけた公園さえろくに手入れがされない。あの高い背丈の草が生えた公園を小型犬と駆け回ることはもうできなそうだけど、ヤギならちょうどいい。You Tubeで見たことがある。1週間で草ぼうぼうの空き地をもしゃもしゃ綺麗にするヤギの動画。裏山も似た状態だ。


もうこれは3分の2のポルシェより、100%のかわいさの、ヤギである。モンティホールの間違いを私は見つけてしまった。


「今開いたCの扉を選びます。というかそのヤギを私にください」

「えぇ~ー…ここまできてですか…」


他の番組でも予定調和バラエティしかしないみのもんたの後釜的な司会者は狼狽するばかりだった。盛り上がりにかける、は理解できるがこんなに面白い展開は他にないはずだ。「ヤギは高速道路走れませんよ?でも草刈り機の代わりになるかもしれません」くらいは瞬発してほしいものである。おもしろいかおもしろくないかは別として台本ありきの笑いなんてやめてほしい。勝負してほしい。だから念押しした。


「はい、Cを、というかヤギがほしいです。素晴らしい車をご用意頂いたポルシェさんには申し訳ないのですが、市役所であれこれ手続きしたり、税金の申請が複雑になるの嫌なので私にはヤギがベストです」


愛の告白を聞いたからかちょうどエミリーはCの開いた扉からこっちを見て「メエェ~」鳴いた。名前はエミリーにする。スタジオは私とエミリーの恋模様にまたひと笑い起きる。


みのもんたの後釜的司会者はこの名場面でわざわざ一度進行を止めてプロデューサーと協議する。台本から逸れるには許可が必要らしい。ラジコンたるならロボットと置き換えたら良い。今時AIの方が自主思考する。この展開をおもしろくまとめることが司会者の価値だろうに。


協議の結果、結局私は愛しのエミリーを手にすることになった。


「最後にグランドスラムを達成し、ヤギを獲得した今のお気持ちをお願いします」


「すいません、厄介なクイズを次々正解するような人間は厄介です。私にはポルシェよりヤギでした。みなさんも金銭より大切なことをしっかり考えてみてください。案外維持費とか税金とかもろもろ考えたら嫌な仕事なんてやめて好きに生きた方が金銭的にも得かもしれませんよ!あはは!」


私がエミリーを右手で撫でながら、左手でガッツポーズをして、笑顔で答えたところは番組放送でカットされていた。


私の音声は消されて、笑顔だけがクローズアップされて、ごちゃごちゃキラキラするフレームに囲われて、ハライチ澤部の後釜的な若手芸人が「なんでヤギやね~ん!また来週!」というおもしろくないツッコミをナレーションさせられていた。You Tubeでは尖ったことをしていてもTVではこうだ。可愛そうに。


こういった経緯で私はモンティホールキャンセル界隈になった。


つづく

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モンティホールのヤギ ぽんぽん丸 @mukuponpon

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