夢なんて叶えてたまるか! ~強制成就夢なんて認めない~

ジュン・ガリアーノ

叶えてたまるか!

───あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 朝、まだ薄暗い部屋の中で、俺はベットからガバッと上半身を起こした。


「はあっ……! はあっ……! クソっ、なんでだよ……勘弁してくれ!」


 片手で額をガシッと抑えたまま、俺は歯を食いしばっている。

 下着は嫌な汗でぐっしょりと濡れ、胸は全速力で駆けた後のようにドクドクとうるさい。

 マジで朝から最悪な気分だ。


 そんな俺こと『如月 悠真』は今25歳のフリーター。

 今は、コンビニで渋々バイトをしてる。

 正社員なんて、能力的にも性格的にも無理。

 けど、こんな状態ではバイト先に行くのもダルい。

 いや、ダルすぎる。


 ″あんな夢が叶ってしまう“なら、バイトなんかしてる場合じゃないからだ。


 ただ同時に、これは俺の力じゃどうにもならない。

 耐えようのないもどかしさと怒りが、心の底から込み上げてくる。


「あぁぁぁぁっ、マジで無理だ。メンドクサい。メンドクサい。メンドクサ……ああああああああああああああいっ!!」


 片手で掴んだ枕を思いっきりぶん投げた。

 ズドンという鈍い音と共に、壁に当たった枕が下に落ちる。

 ベットに座ったまま後頭部をドンと壁につけ、虚ろな眼差しで見渡す部屋は、散らかったままだ。

 加えて、それと同じかそれ以上に、心の中は散らかってる。

 グチャグチャだ。


「なんで……なんでが起こるんだよ……クソッ!」


 俺はベットに拳を叩きつけ息を整えると、何となくテレビをつけてみた。

 こういう時はスマホよりもテレビがいい。

 テレビなら検索する必要は無いし、不幸なニュースでも流れてば少しは気がまぎれるから。


 けど、目に映った番組は最悪だった。

 “夢を叶える為に頑張る人“という内容の番組だったからだ。

 番組に出演してるヤツは、キラキラした顔でレポーターに話してる。


『夢を叶える為に頑張ります!』と。


 大層な笑顔だが、本当に分かってない。


───夢はな、“叶えない“ようにするもんなんだよ。 


 心でそう毒づきテレビを消すと、ベタベタに汗ばんだ気持ち悪さが再び襲ってきた。

 どうしようもない最悪な状況だとしても、取り敢えず今は、このべたつきが不快だ。


 なので俺はベットから降り風呂場でシャワーを浴びると、しわくちゃの服とコートを着て、散らかった部屋を気だるく見渡した。

 汚いけど、やはり片づける気にもならない。

 

「公園にでも行くか……」


 そう呟くと俺はドアを開け、鍵もかけずに公園へと向かった。


◆◆◆


「ふうっ……」


 俺は今、公園のベンチに座ってタバコをふかしてる。

 幸いにも冬の公園には、ほとんど人がいないから吸うには都合がいい。

 ふかしたタバコの紫煙が、目の前で一瞬ほわっと広がり消えてゆく。

 なんか俺の人生そのものみたいだ。

 有害なもんで出来上がってる上に、一瞬で消えてゆく儚い存在。

 そんなどうでもいい事を思ってボーっとしてると、今日、いや、ここ数日バイトをサボってきた事が頭によぎる。

  

───バイト、絶対クビだろうな……


 クソぼろいアパートに住んでて家賃も格安だけど、クビになったらキツい。

 そんな事を一瞬思ったけど、俺はすぐに力ない笑みを零した。


───いやいや、何言ってんだよ。どうでもだろ、そんなもん……


 近々味わう事になるに比べたら、そんなのは取るに足らない。

 そんな事を思ってる中、俺の斜め後ろから元気のいい声が響いてきた。


「あーーーっ、悠真、またタバコ吸ってる!」

「あ?」


 ダルそうに振り向いた先にいたのは、俺を叱るような顔で見下ろしてる女の子だ。

 サラッとしたショートヘアが似合うこの女は『天音 桜』という俺の幼馴染。

 芸能人並みに可愛くて性格もいいのに、なんで未だに俺なんかと一緒にいるのか謎。

 何より、で会うなんて最悪だ。

 俺が心で頭を抱える中、桜は両手を腰に当てて俺に身を乗り出している。


「あ? じゃないの。タバコはダメって言ってるでしょ! 体に良くないんだから」


 こいつは昔からこうだ。

 タバコに限らず、何かと口うるさい。

 俺がすることにいちいち口を挟んでくる。

 言ってる内容はほぼ正しいけど、こんな気持ちの俺には全く響かない。

 なので、俺は気だるそうなまま桜を見つめてる。


「関係ねぇんだよ。健康とか下らな。どーせ何しても変わりゃしねぇの。そもそも今日、9回目を見て完全にリーチ。悪夢が確変寸前なんだ」


 俺としてはマジの絶望宣言なんだけど、桜はケタケタ笑ってきた。

 

「わーーー出た出た♪ 悠真お得意の夢占いw」


 コイツには昔から夢の話をしてきてるけど、まるで信じちゃいないんだろう。

 いっつも夢占いって言って、俺をからかってくるんだ。

 “10回連続で見た夢は必ず叶ってしまう“事は、これまで何度も伝えてきたのに。

 

「そんなんじゃないんだ。桜には、前から言ってんだろ。ガチなんだ、これは……」


 そう。俺がさっきからずっと荒れてるのは、この夢の法則のせいなんだ。

 俺は昔っからずっと、この法則に支配されて生きてきてる。


 必ず叶ってしまう『10連続夢の法則』に……!


 初めてこれが発動したのは、小学3年生の頃。

 俺は今でこそ根暗なフリーターだけど、それまでは割と明るかった。

 けどこの3年生の頃に給食をぶちまける夢を見て、10回目の夢を見た後に本当になっちゃったんだ。

 完全に夢に見た通りのシーンでさ。


 もちろん、俺は気を付けてたよ。

 そりゃ何回も夢で見させられたら、なんかあると思うのが普通だしさ。

 けど、ダメだった。


 その後は中学で漏らす夢。

 これも必死でそうならないようにしたけど、結局漏らしたんだ。

 あの時はマジで最悪で、そこからは卒業までずっとからかわれた。

 

 当然、その後もまだまだある。

 初恋の相手にこっぴどくフラれたり、バイトをクビになったり、親友と絶交したり、事故にあってリハビリ生活送ったり、やっと付き合えた相手に浮気されてフラれたり、会社もクビになったり……ああもう、挙げたらキリがない。


 別に言い訳してるとかじゃないんだ。

 むしろ、どの夢の時だって俺はあらゆる方面から必死でやってきた。

 “夢を叶えない“ためにさ。


 けど、ことごとく“叶ってしまう“んだ。

 なのでもう悟ったよ。 

 夢からは決して逃れられないってさ。


 何? 俺なら、私なら自信あるって?

 ハハッ……その心意気はいいけどさ、やってみたら分かるよ。

 ぜってームリだって事がさ……


 だから俺は、これまでずっと人を避けて生きてきた。

 考えてもみてくれ。

 人と仲良くなったり好きな人が出来たって、結局夢に持っていかれるんだ。

 手に入れたものを確実に失う事が分かってて、どうして頑張れる?!

 ん? いい夢は? ハッ、無いよそんなの。

 見させられるのは、なぜか全部悪夢だけ。

 最初はこれを回避する為かと思ったけど、絶対避けられないんじゃ意味が無い。


 そんな俺に、桜は笑みを浮かべたまま言ってくる。


「まあ、確かに何度も聞いてるね。でもさ、逆に言えば夢を叶えてるって事でもあるでしょ? 大変かもしれないけど、それ自体は凄いと思うけど……」


 その言葉に、俺はイラッと顔をしかめた。

 慰めのつもりかもしれないけど、正直、メッチャ腹が立つ。


「ざけんなよ……! 夢が叶う、いや叶っちまう事で、俺がどんだけ苦労してきてると思ってんだ!」

「ゆ、悠真……私はそんなつもりじゃ……」


 すまなそうな顔をしている桜の前で、俺はザッと立ち上がった。


「もう関わんなよ。お前には叶えたい夢が……」


 俺は、それ以降の言葉を言えない。

 ギュッと拳を握りしめた。


───くっそ……!


 これまで俺が話してきているように、桜からも逆にどんな夢があるかを聞いてきてる。

 だからこそ、俺は悔しくてしかたない。


 夢の中で、桜は血まみれの姿で何度も俺を呼んでいた。

 あの涙と悲鳴が、俺の脳裏に焼き付いて離れない。


 そう……俺が後1回夢を見たら、桜は……刺し殺されてしまうんだ!

 

 今9回まで見ている、決して逃れられない悪夢。

 これが俺の事だったらどんなにいいか、それを何度も思った。

 もちろん助けたい!

 方法があるんなら、俺は何だってする!

 夢に支配され捻くれた俺を、桜は屈託のない笑顔で何度も救ってきてくれたから。


───でも桜、俺は……

 

 ダメなんだよ。

 この悪夢成就の法則は絶対不変。

 今までどんなに頑張ったって、1ミリも変わりはしなかった。

 だからきっと叶ってしまう。

 現実になるんだよ。


 桜が血にまみれ、涙を流しながら俺の名前を呼んでる、あの光景が……!

 

 なので俺はサッと背を向けた。

 どうせ助からないなら、アドバイスなんてしたって意味はない。

 怖がらせるだけだ。

 

 ちなみに、俺が死ねばいいのかと思って、この数日間何度も自殺しようと試みた。

 けど、それすらことごとく失敗。

 なぜか助かってしまう。

 どんな意図なのか分からないけど、俺があの悪夢を現実で見るまで、決して終われないらしい。

 夢の支配の前では、自分の命すら自由に出来ないんだ。


「じゃあな、桜……!」

「悠真、ちょっと……ちょっと待ちなさいよっ!」


 背中に響いてくる桜の声を無視して、俺はその場を後にした。

 やるせない悲しみに、溢れ出す涙が止まらない。


───ごめん……本当にごめんな桜。


 冷たい風が頬を撫でる。

 その冷たさが俺が生きてる事を実感させ、身を引き裂くような悲しみと怒りを沸き立たせていった。


◆◆◆

 

 その翌日の夕暮れ。

 俺は街の細い道を一人で歩いている。


 もちろん、昨日もあの後に見た。

 10回目の悪夢を。


 そして俺は、一つの結論を出している。

 あまりにもか細いけど、もしかしたら桜を救える唯一の方法を思いついたんだ。


───俺の命と引きかえにして桜が救えるなら……!


 その気持ちを胸に俺がこの道を歩いているのは、この悪夢の現場に行く為だ。

 もう、これまで10回見させられてるし、時間が夕暮れ時なのも俺の街である事もハッキリと分かってるから。


───ここだ……ここでもうすぐ……


 俺がそう思った時、曲がり角の向こうから桜が歩いてくる姿が見えた。

 完全に夢の通りだ。

 桜は俺に気付くと嬉しそうに笑みを浮かべ、片手を大きく振った。


「あっ、悠真ーーーー♪」


 相変わらず俺には勿体なすぎる、屈託の無い笑みだ。

 俺はそれを受けると同時に、桜の方へ向かいダッと全速力で駆け出した。


「桜ーーーーーっ! よけろーーーーーーーーーーーっ!!」

「えっ?」


 夕暮れ時の細い道に、俺の怒声が響き渡る。

 桜はキョトンとした顔をしているし、ここは住宅街。

 変に思われるかもしれないが、そんな事は一切気にしていられない。


 桜の後ろからストーカーと思われる怪しい男が桜に向かい、刃物を向けて走ってきているからだ。

 コイツが今回の悪夢を作り出す元凶なのは、間違いないだろう。

 そして、桜がコイツに刺殺されるのも決定事項……

 現に、男は桜の目の前まで迫り刃物を振りかざしている。

 それでも俺は諦めない。


「させるかあああああああああああああああっ!!」


 限界を超えて駆け抜け、俺はギリギリ桜と男の間に割り込んだ。

 だが、男から振り下ろされた刃物は止まることなく、俺の胸を目掛けてグサッと突き刺さった。

 俺の胸からドバッと鮮血が吹き上がる。


「がはあっ!」


 そのまま俺は後ろに倒れかけたが、その身体を桜が受け止めてくれた。


「ゆ、悠真あっ!!」


 桜は俺の鮮血を浴びたせいで全身血みどろになり、涙をボロボロ零しながら俺の名前を呼び続けている。

 俺を刺した男はヒイッと震えその場から逃げたが、追っかける気力は無い。

 胸から血はドクドク流れ出てるし、神経が麻痺してきて痛みすら無くなってきてる。

 もう俺は確実に助からない。

 けど、俺の心の中は喜びで満ちている。


───なんだ……よかった……そういう、ことだったのか……


 悪夢を変えられた訳じゃないんだ。

 今、俺が見ているのは悪夢で見た光景そのものだったから。


───考えた秘策、使わなくても、よかったんだ……


 俺は悪夢を決して変えられない事を知っていた。

 それを見るまで、死ぬことすら出来ない事も。

 だから、桜が刺された瞬間、俺は犯人を殺してその場で自殺するつもりでいた。


 桜が刺された後、死ぬまでに俺が自身が死ねば悪夢の結末を迎えずに済むと思ったから。

 もちろん、自分が死んだ後なんて確かめようがないけど、これしか思いつかなかったんだ。


 けど、なんの事は無い。

 俺が死ぬのが結末だったんだ。

 なので俺は薄れゆく意識の中で、震えながら桜に片手を伸ばした。


「よかっ、た……俺で……」

「イヤだよっ悠真っ!! お願いだから、お願いだから死なないで!!!」


 桜の瞳から溢れ出す涙が俺の頬にポタポタと零れ落ち、血と混じり合い頬を伝ってゆく。

 それと共に俺は悟った。

 今まで悪夢が成就することから逃れられなかったのは、この時の為だったんだと。


───ったく……だれだか、しらない、けど……悪くは、ない……


 俺の意識はそこで途切れ、闇に包まれた……



エピローグ


 それから数か月後……


 桜は悠真が刺されたあの場所に来て、神妙な顔をしている。

 大量の血だまりもすっかり消えて、何も無かったかのようだ。


「悠真……」


 そう零した瞬間、桜はハッと振り返った。

 なぜ?


 それはもちろん……


「よっ、桜。なーに暗い顔してんだよ。ガラじゃねぇだろ」

「ゆ、悠真っ……!?」


 俺のすっかり快復した姿を見て、桜は軽く目を丸くしている。

 ちなみになんで俺が生きてるかといえば、あの時、刃物が心臓を僅かにズレてたんだ。

 医者曰く、後1ミリでもズレてたら助からなかったらしい。

 よく考えれば、悪夢で見させられてたのはあの光景までだし、俺が死ぬ事は決まってなかったって訳。

 そんな俺は、桜に向かってニカッと笑みを浮かべた。


「まっ、誰かさんが入院中、俺が昏睡状態の時に何度何度も呼んでたらしいから、うるさくて眠れな……」


 そこまで言った瞬間、桜は俺に駆け寄り抱きついてきた。


「バカあっ! なんですぐに連絡しないのよっ! ううっ、私……もう、ずっと悠真が目を醒まさないかと思ってたんだから……!」


 桜の柔らかい体の感触とありったけの想いが伝わってきて、思わず顔が赤くなる。


「バ、バカやろ! まだ完全に治ってねぇのに、ドキドキさせんな。胸がおかしくなんだろっ」

「知らないよ、そんなの! 私だって、ドキドキしてるんだから……!」


 まったく、なんつー返しをしてくるんだと思いながら、俺は照れくさい顔をしたまま頭の脇をポリポリと軽く掻いた。

 まさかこんな展開になるとは、それこそ夢にも思っていなかったから妙な気分。

 ただ、どちらにしろ、このままじゃ危険だ。

 俺の理性が飛びそうになる。

 なので俺は桜の身体をそっと離し、両手で肩を掴んだまま真っすぐ見つめた。


「ありがとな、桜。無事でいてくれて嬉しいよ」

「悠真っ……!」


 桜の瞳は涙で滲んでて、ヤバいぐらいに可愛い。

 そんな桜から、俺はそっと手を放して視線を逸らした。 


「なんか食いにでも行くか」

「……うん♪ あっ、そういえば悠真、今日タバコ臭くないけど……」


 少し謎めいた顔をしている桜に、俺はスッと向き直って告げる。


「やめたよ」

「えっ?! うそでしょ? いつも『スモーキング、イズマイエアー♪』とか言ってたのに……!」


 桜は本当に驚いてる感じだ。

 けど辞めたのは本当だし、2時間禁煙してまーす、とかの類じゃもちろんない。

 じゃあなんで辞めたかといえば、まずは長く昏睡状態で体からニコチンが抜けたからっていうのが大きい。

 でも、一番大きいのは今回の件で気持ちが変わったから。


「俺、あれからまだ何の悪夢も見てないんだ。もしかしたらこのまま一生見ないかもしれないし、逆に明日見るかもしれないけど、少しでも良くなる可能性があるなら、俺は諦めない」


 俺はそこまで言うと一呼吸置き、ニッと微笑んだ。


「夢なんて……叶えてたまるか♪」



~Fin~

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