あの夢を見たのは、これで9回目だった。

菜の花のおしたし

第1話 母が今夜も夢をみるから。

あの夢を見たのはこれで、9回目だった。


小さな漁村でうちは五人きょうだいの三番目の女の子だった。

真っ黒に日焼けして、小さい頃から下の子の面倒をみた。

友達と遊ぶ時も下の子をおんぶして、、、。たまには友達と思い切り遊びたいと思ったけど、母ちゃんの痩せた首筋みてたら言い出せなかった。


父ちゃんが出稼ぎに行くと言い出したのは、同じ村のおいさんが豪勢なお土産持って帰ってきたからだと思う。

「東京ならいくらでん仕事があると。東京タワー作りようと。ビルヂングもじゃんじゃん建てようと。給料もたんまり貰えるちゃ、こんなとこで魚取っても幾らにもならん。」

そう言い残して少ない荷物を母ちゃんに用意させて、家にあるお金を持っておいさんと出て行った。

初めのうちは書留でお金が届いた。

母ちゃんは仏壇に備えて、「ありがたい、ありがたい。」と念仏を唱えるように手を擦り合わせて頭を下げてた。

送られて来たお金でお赤飯炊いて腹いっぱい食べた。

でも、それはほんの少しの間だけだった。

書留はいくら待っても来なかった。母ちゃんは父ちゃんが病気になってるか事故にあったんじゃないかと心配して書留郵便の住所に手紙を出した。会社にも手紙を出した。母ちゃんは文字が書けないから、二番目の賢い兄ちゃんが書いた返事は来なかった。

海沿いの漁労長さん達が東京タワー見物に行くと聞いた母ちゃんは畳に顔を押し付けて父ちゃんの働いてる会社に行って来て欲しいと頼んだ。

「わかったけん、頭あげんしゃい。わしも気にしとったけんな。魚つりが陸に上がってもロクなことにゃならん。まっちょっけ。見つけたら首に縄ばねじかけて連れてくるけん。」

そう言ってくれたら、その夜は麦飯やったけど白飯よりも美味しく思った。

夜中に母ちゃんがうなされてるので目が覚めた。

「父ちゃん、、、。どこにおるんね、、。」

父ちゃんの夢を見てるんだと思った。目から一雫の涙が滲んでた。


漁労長さんが帰ってきて、話があるからと母ちゃんと一番上の兄さんで出かけて行った。

帰って来た時の母ちゃんは今にも倒れそうな真っ青になってた。兄さんは怒っているように見えた。

下の子達が寝たあとに父ちゃんの話を聞かされた。

父ちゃんは東京で知り合った他の女の人と暮らしてる、もうこっちには帰らないと言ったんだそう。

「父ちゃん、帰らんとね?」

「そうだ!だけん、もう、忘れっと!あげんな奴親でんなか!これからは母ちゃんと力合わせていかん!」

「そっかぁ、、。そげなら、高校は無理やね、、、。そいなら集団就職にせんとね。」

二番目の兄ちゃんは頭が良くて中学で一番やったから先生も村の人も末は博士か大臣かって言ってたのに。

「んにゃ、お前は何としても高校にやる。意地でも。父ちゃんなんかおらんでも母ちゃんが上の学校行かせてやる!」

母ちゃんは恐ろしいくらいの怖い顔でそう言った。

「そうじゃ。俺は漁労長さんの所でこれまで通り働いて、父ちゃんの船ばひとりで乗れるようになる。そいで魚、山ほど取るとよ。母ちゃんも漁労長さんが旅館の仕事を紹介してくれると。だけん、お前は高校へゆけ。大学へもゆけ。」

「なら、うちはちんまい子らの面倒や洗濯やら炊事はやるけんね。」

母ちゃんは笑ってうなづいてた。

その夜、また母ちゃんはうなされてた。

「父ちゃん、、、。どこにおるんね、、。」

母ちゃんはやっぱり父ちゃんに戻ってきて欲しいんだと思いながら涙をそっと拭ってあげた。


あれから長い長い時が経った。

私は中学を卒業して集団就職で紡績工場で働いて、家に仕送りをしながら夜学に通った。そして結婚もして子供もいる。

一番上の兄さんは漁労長補佐になって船に乗り、魚を取っている。結婚してお嫁さんと母ちゃんと暮らしてくれてる。

二番目の兄ちゃんは村町さんやらが骨をおってくれて東大まで行って、今は研究とかやってるみたいだけど難しくてわからない。

妹も弟も高校まで行って内地で働いてる。


そんな時、父ちゃんが行き倒れになって倒れて病院に運ばれたけど死んだと知らせがあった。

母ちゃんは色々あったけど、骨くらいは故郷に帰してやりたいと引き取って、父ちゃんの家の墓に入れた。

春先の小雨が降る日だった。


その夜、久しぶりに母ちゃんと寝た。

「父ちゃん!そんな女のどこがよかね?派手な化粧に裸みたいな服着て。みっともない。騙されてるのがわからんとね?」

「あーはははは。ばっかじゃないの?男はね、所帯じみた女に飽きるのよ。」

悔しい、、。いつのまにか手には包丁を握ってる。女のお腹に突き刺した。

その瞬間、、、。

「父ちゃん、、。おかえり、、。」と寝言で目が覚めた。

母ちゃん、笑ってる。良かった、やっと終わったね。


あの夢を見たのは9回目。10回目はないだろう。

母ちゃんの寝顔が安らかだから、もうあの夢は見ることはない。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの夢を見たのは、これで9回目だった。 菜の花のおしたし @kumi4920

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ