猿夢

@ITUKI_MADOKA

猿夢

あの夢を見たのは、これで9回目だった。


『では、出発します』


目を開くと、気づけば私は電車に体を揺らされていた。

頭の中に流れ込んでくるザラザラとしたノイズにも近い声は、母の子宮のいた頃の音に似ていて意外にも心地が良かった。

確かこれは、猿夢、という連続性のある怪異のようなものだっただろうか。

話でしか聞いたことがないため細かい内容は知らないが、9回も見ているのだから、そう言うものなのだろう。

夢というのは、これまでの記憶の蓄積だとか整理と言われているが、なぜこのような形になったのだろうか、甚だ疑問でしかないが、自らコントロールできるものでもないため、この状況を受け入れるしかない。

と考えているとピンポンパンポンとチャイムのようなものが鳴ったあと、アナウンスが流される。


『脳漿撒き散らし、脳漿撒き散らし』

その言葉は、私から一番遠くに座っている私と年齢の近いであろう、子綺麗なワンピースを着た20代の女性だった。

黄金比と言えるほど綺麗だった顔が、硬い拳に幾度も殴りつけられ、だんだんと赤く腫れ上がり、穴という穴からは見たことがない赤く濁った液体が垂れ流されていく。

そのせいで、床がびちゃびちゃに汚れてしまっていた。片付ける人は苦労するだろうなと思いながら見ていた。


『次は、滅多刺し、滅多刺し』

おそらく寝巻きであろうラフな格好をした先程の女性よりも若い、田舎から上京してきたばかりであろう初々しい大学生の女の子だった。

これまで自炊で使用して切れ味の悪くなった包丁で何度も何度も、相手が動かなくなるまで突き刺していく。

時々肋骨に突き当たり、ガリガリと硬いもの同士が擦れあう音が聞こえていた。

血も肉も飛び散り、こちらまで飛んでくる始末だ。

せっかくの白シャツが赤黒い模様に染まってしまっていた。

車内は鉄のような匂いが充満していた。


『次は、首折り、首折り』

性交渉でしか着ないような生地の薄いキャミソールが似合う、左薬指に指輪の痕がついた蠱惑的な婦人だった。

頸動脈、気道、頚椎の順で絞めあげていく。

せめてもの抵抗なのか、目の前のものを睨みつけるが、眼球は徐々に飛び出しているのがわかる。

酸素を欲さんとするあまり舌が前へと突き出すが、それがむしろ異物と化し穴は塞がってしまっていた。

体の痙攣が最高潮になった時、抑えつけられた首から鈍く重い音が鳴り響いた。

その瞬間、電池が切れたおもちゃのように、動きがピタリと止まった。


『次は、溺死、溺死』

焼けこげた肌にシンプルな黒ビキニを身に纏った、化粧の濃い金髪のギャルだった。肺に空気を入れようと抵抗するが、全て徒労に帰し、むしろ血液の流れは早くなる。

だが、身体中の臓器に酸素は送られることはない。水面に浮かび上がる泡は次第に数を減らし、それにともない肉体も動かなくなった。

その姿は、幼い頃に近所の小池に落として遊んでいた羽虫の末路に似ていて、不様で笑けてくる。

愉快な死に様ではあるが、頭を抑えつけられているせいで、最期の表情が見えなかったのが残念だ。


『次は、血抜き、血抜き』

夢の中では、これが一番気に入っているかもしれない。その子は、これまで大事に育てられ、家から出たことが無いのではないかと思うほど、汚れを知らぬ純白の体を持った令嬢だった。優雅に浴槽に浸かってい流ように見える女性は、注視してみると暴れて傷つかないように手足を縛り付けられていた。血液が流れていくにつれ、近づいてくる死の恐怖で顔が染まり、肉体から温度が消えていく。最後にはただでさえ白い肌は、誰も踏んでいない真っ新な雪のようになり、綺麗な死体が出来上がっていた。赤く染まった水面とのコントラストは、まるで芸術作品のように美しかった。


『次は、電気椅子、電気椅子』

これは一番趣向が凝らされたものだった。だが、肝心の装置は手作りなのか、ところどころ稚拙で不恰好なものだった。

そこに座るは、顔の筋肉がなく、頬が垂れた老け顔のレディ。手足はもちろん、頭も固定される。身動ぎ一つできず、冷や汗をダラダラ流しながら、体が震えるせいで歯をガチガチとかち合わせている。

電流が背後にある巨大な機械から脳天へと流れる仕組みになっていた。合図の一つものなくスイッチはカチリと下ろされる。その瞬間、彼女の体には何10まんボルトにも及ぶ高圧電流が走り抜けていく。

眼球はどこに向けられているのかぐるぐる回る。2分ほど経つと、瞼は捲れ上がり、白目が剥き出しになってしまう。瞼は閉じる機能を失い、瞳を潤わせていた水分が煙となって立ち昇っていた。

電流によって、衰えた筋肉は強制的に動かされ、押さえつけている拘束具を壊さんばかりの暴れ具合だった。

体の震えが小さくなる頃には、口から泡を吹き出しながら絶命していた。


『次は、活けづくり、活けづくり』

これは本来の猿夢にもあった気がする。

自分磨きなんて単語が自分の辞書にはないのではないかと思うくらい、身体中に脂肪をぶら下げただらしない醜女だった。

肌から滲み出る油で高速が難しかったのか、鉄製の拘束具で解体されるマグロのように大きなまな板の上へと載せられていた。

麻酔なんて無粋なことはせず、脂肪が詰まった腹を容赦なく掻っ捌いていく。

以前の滅多刺しと違うところは、業物の包丁をさらに研ぐことで、どんなものもその流れを遮ることはできない。

だが、今回は活けづくり、骨は傷つけないように慎重に刃を入れてられていく。

目の前で自分の臓器が刺身のようにスライスされていくのを見るというのはどんな気分なのだろう。

猿轡を咥えられ、口端からは吐血と涎が混ざったものが止めどなく流れていく。

こうしてみると、シェフが盛り付けにこだわりを持つ気持ちが理解できたかもしれない。

これは新しい発見だった。ただ、これまでの夢の中で一番車内を汚していたのはこれかもしれない。


『次は、火炙りの刑、火炙りの刑』

パーティーの帰りだったのか、その身に纏う宝石が散りばめられた上品なドレスによって、彼女から滲み出た低俗さをこれでもかと強調していた。

十字に磔にされ、その頭上から油がかけられると、盛り上がっていた髪はペシャンコになる。

爪よりも小さな火種が落とされた途端、燃料が染み込んだドレスはキャンプファイヤーの如く、轟々と激しく燃え上がった。

絶え間ない悲鳴が鼓膜をつんざいた。その声もだんだんとしゃがれていき、ざりざりとした音へと変わっていった。

体の水分が奪われ、皮膚はドロドロに溶けていく。

彼女がつけていたキツめの香水と焦げた匂いが混ざり、車内は酷い臭いで充満した。

何度も嗚咽してしまうほど、これまでの中で最も醜悪な死に様だった


『次は、コンクリート詰め、コンクリート詰め』

これが9回目で初めて見ることができた最期だ。隣にいた女性が手を引っ張られ、連れていかれる。

吊り上がった目は彼女の強さを表していることがわかる。

そんなこれまで様々な結果を残してきた女傑であろう彼女がドラム缶に詰められ、為すすべもなく鈍色の液体に呑まれていく。

こちらに向かって散々喚いているが、聞くに耐えないものであるため、これ見よがしに耳を塞ぐ。

叱責は激しくなり指の隙間から漏れ聞こえてくる。微かに聞こえる声は徐々に鳴き声へと変わっていった。その様を私はじっと見つめる。

その顔はこれまで見せることがなかった、彼女の弱さが現出された、か弱い少女のような愛おしさがあった。


私の前にいる乗客は誰一人いなくなった。電車は止まらない。チャイムがまた鳴り響く。それに伴い、私の心臓の音も大きく高鳴っていく。



『次は────、────』



と、次は私の番だ、となったところで、決まって肉体が覚醒する。

ハァハァと息は荒く、体温が高まっていたのか、布団は寝汗でぐっしょりと濡れていた。

あのままでいたらどうなっていたのだろうと、不安なのか期待なのか推し量ることのできない想いが胸の中で渦巻いていた。

次にあの悪夢の中で、彼女たちのように酷い殺され方をされるのではないかと思うと、体の震えが止まらない。

だが、今日見たことで、しばらくは見ることはないはずというのは9回の経験則で理解しているし、自分なりに考察した対策も功を奏したおかげで、今の今まで生きてることができている。これから、その対策を遂行しなくてはならない。

大丈夫だと自分に言い聞かせながら、深呼吸をして落ち着かせる。

ふぅと大きく一息して、隣を見る。






さて









「この子は、どうしようかな」

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