KAC20254 婆ちゃんの梅干し

菊武

第1話 婆ちゃんの梅干し

 「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」


 しかし現実は甘くない。今年の挑戦も無念に終わった。



 「婆ちゃんに良い報告が出来るように。」


 今年こそはと意気込み挑んだ。


 手入れも肥料も、水やりの管理にいたるまで適切に。多すぎず、少なくなるような事もないように管理した。


 天候にも恵まれ今年の実は例年にないくらいに良い出来の果実が実った。


 実を収穫し、丁寧に選別をしては洗いヘタを取る。

 1つ1つを丁寧に大事に扱った。赤子を扱うように気をつけて。

 塩漬けにして、赤紫蘇を加え天日に干す。


 祖母に教わった作り方で作ったおばあちゃんの梅干し。

 祖母が作らなくなったのでこれを毎年作っている。

 いつかこのレシピで品評会に出してこれで賞を取る。これが今の俺の夢だ。


 「今年こそは婆ちゃんに良い報告が出来そうだ。」


 飾ってある家族写真。その中の祖母を見た。祖母は幸せそうな笑顔を見せている。


 かれこれ8回挑戦したがどうにも良い結果にはならなかった。しかし今年こそは!


 そう思いながらも品評会に出した。

しかし結果は良くなかった。

 出来の良かった今年で駄目だったのだ。お婆ちゃんのレシピでは通用しないのだろうか?


 今年も良い結果を報告出来なかった……。


 「そらそうだぁ。わしの梅干しが通用する程品評会は甘くねぇそれよりもホレっ。」


 そう言って小皿に1粒の梅干しを乗せ差し出してきた。


 「これさ食うてみぃ。これの方がうめぇべな。」


 「けど俺は婆ちゃんの梅干しが好きなんだ。」


 「騙されたと思って食べてみんしゃい。」


 言われるがままに口の中に放り込む。

 口の中に広がる酸味と風味。


 「これが普通に買ってこれるんだ。わざわざ手間かけて作るなんてしんどいだけさね。」


 そう言って冷蔵庫から取り出してきたのは市販の梅干しのパック。

 祖母が気に入ってから買い続けているいつものやつだ。

 これを買うようになってから祖母は梅干しを作るのを辞めた。

 俺にとってはそのきっかけを作った憎い存在の梅干し。


 しかし


 「くそっ。普通にうめえ。」


 「米も炊きたてだ食ってけぇ。」


 夢中で梅干しとご飯を食べる。


 「よー食うの。これで最後だ、もうご飯空っぽだぁ。」


 「え?」


 どれどけ食べたんだ?考えてみる。


 「この米を食ったのは、これで9杯目だった。」

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