僕の後悔を聞いてください。
花鳥あすか
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
黄泉の国へ走り去る将希。彼を吸い込む闇と、僕の心臓の音。いや、これは夢なんかじゃない。いつまで後悔しても足りない、僕の罪そのものなんだ。
僕は重く垂れた瞼のまま、机に向かう。
もうこれ以上、耐えられなかった。自分が将希を殺した罪に、そして、そんな自分が生きている罪に。
真夜中、僕はペンをとり、自分の犯した罪をなぞり始めた。僕の、遺書として。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ある年の暑い夏、僕らは肝試しに行きました。僕と将希、竜也、佑介、春道の仲良し五人組で。行き先は市内の××遊園地。廃園でした。僕らは高校生になって、浮かれていたのだと思います。夜中、こっそり家を抜け出して、皆んなで自転車を漕いで、自由でスリリングな時間を楽しみました。
××遊園地には、都市伝説が山ほどありました。田舎の娯楽の少ない場所でしたから、皆んな潰れた遊園地のオカルト話に夢中だったのです。空中ブランコがひとりでに動き出す、いるはずのないピエロが風船を配り歩いている、なんていうのはどこの廃園にもよくある話で、毎月同じ日になると全てのアトラクションが血まみれになるとか、同じ顔の男がびっしりと園を埋め尽くすように立っているとか、ウォータースライダーの水が毒水になっているとか、独特な話もありました。早く肝試しに行きたいと、僕は中学生の頃から思っていました。××遊園地に肝試しにいくことは、僕の地元においては「自分はビビりではない」ということを示すための大事な箔付けだったのです。しかし、家が厳しく、中学生の頃は行くチャンスがなかったのです。それが高校生になってようやく、両親も多少放任主義になり、念願叶って、あの夏を迎えたのでした。
僕らは自転車を勢いよく乗り捨てると、錆びた柵を登って園内に入りました。五人組のリーダー格だった僕は、他の四人にこう持ちかけました。どうせなら、みんなで固まらずに別々に行動しよう。エリアを五つに分けて、それぞれが担当エリアをまわろう。今思えば、これがいけなかったのです。僕がこんなことを言わなければ、将希は。
すみません。この話は、僕の懺悔の記録でもあるのです。話を戻します。
気の弱い春道は、僕の提案を嫌がり、皆んなでまわろうと言いました。しかし、最終的に多数決で僕の提案が通り、一時間後に自転車の前に集合、という形になりました。
家にあった園内図を頼りに、僕はジェットコースター、お化け屋敷、空中ブランコ。副リーダー格の将希はウォータースライダー、ミラーハウス、トロッコ。竜也はシューティングライド、マジックショーハウス。佑介はピエロ館と観覧車。春道はメリーゴーランドとコーヒーカップと分担を決め、それぞれ探索に出発しました。
僕は緊張しながらも高揚していて、恐怖はありませんでした。むしろ、恐怖体験への期待に溢れていましたが、残念なことに、ジェットコースターが血塗られていることもなければ、お化け屋敷が同じ顔の男で埋め尽くされていることもなく、空中ブランコが動くこともありませんでした。僕はなんだかガッカリして、空中ブランコに座ってギイギイと揺られていました。他の皆んなはどうしているだろう。この時、携帯というものはまだ無かったので、連絡しようにも手段がなかったのです。僕は手持ち無沙汰になりました。そして、肝試しに来た証拠を持ち帰らなければならないことに気づきました。ウエストポーチに入れていた使い捨てカメラで自分を撮影し終わると、また手持ち無沙汰になりました。誰かと合流しようかと思いましたが、園内は広く、また初めて来た場所だったので、万が一迷った時のことを考えてやめました。
一時間後、僕たち五人は無事に合流しました。僕は期待を込めて他の四人に戦果を聞きましたが、皆んな口を揃えて何も起こらなかったと言いました。僕は半ばうなだれましたが、臆病な春道は何事もなく帰れることに安堵しているようでした。僕たちの初めての冒険は、何の発見もなく、呆気なく終わったのでした。
ところが、実際はそうではありませんでした。将希は、僕たちに嘘をついていたのです。将希はあの冒険以降、毎日××遊園地に行っていました。なぜそれが分かったのかというと、僕が将希の異変に気づいたからです。将希は冒険の後から、いつも頬を紅潮させて、物思いに耽っていました。僕は最初、ただの恋煩いだと思って揶揄いましたが、その恋は衝撃的なものでした。
将希は、あの冒険の日、ミラーハウスで「セイラ」という少女と出会い、恋に落ちたと言うのです。それから毎日××遊園地に通い、彼女と仲を深め合っていると言うのです。僕は、その子はどんな風なんだと聞きました。将希によると、歳は同じくらい、飛び抜けた色白で、鼻が高く、目は星のように煌めいて、西洋の気品が混じった、それはそれは美しい少女なのだそうです。彼女のことを語るとき、将希の頬はますます紅潮して、目は充血していました。
僕はとっさに、諦めろと言いました。その子は人間じゃない、と言い聞かせました。すると、将希は真っ赤な顔で反論しました。なぜ人間じゃないと分かるんだ、彼女に会ったのか、と憎悪をむき出しにした顔で叫びました。僕はいよいよ心配になって、将希をなだめました。いいか、廃園になった遊園地に毎日真夜中にいるなんて、普通じゃない。それに、このあたりでそんな美少女がいるなんて、聞いたことがない。お前も本当はおかしいと思っているんじゃないか。僕は努めて冷静に、優しく語りかけました。すると、将希は急に涙を流し始めました。将希は、彼女が生きた人間ではないことに、とっくに気づいていたようでした。僕は将希の背中をさすり、もっといい恋があるさ、と言いました。それを聞いた将希は、笑いました。それで僕は安心してしまったのですが、これが大きな間違いでした。僕があんなことを言わなければ、将希は。
すみません、僕はまた同じことを。
とにかく一安心した僕は、不注意にも校門で将希と別れてしまいました。しかし、家に帰った後、僕はなんだか急に将希が心配になって、また今夜も行くのではないか、セイラが死人だと気づいてなお、彼は行くのではないかと考えました。
僕の心配は的中しました。夜、××遊園地に将希を探しに行ってみると、果たして将希は、まさに錆びた柵を登ろうとしているところでした。僕は焦って、将希の名前を絶叫し、辛うじて彼の注意を引くことができました。そして、行くなと言おうとしたその時でした。将希はこう言ったのです。
俺は愛する人と一緒になるだけだ。俺たちは運命で、これ以上の恋なんてないんだ。本当に俺のことを想うなら、どうか見逃してくれないか。彼女のところへ行かせてくれないか。
将希はとてもとても、切ない顔をしていました。僕は言いました。お前は悪い夢に取り憑かれているだけだと。すると、将希は言います。だとしたら何だ。そもそも、普通の恋愛だって、悪い夢と何が違うんだ。俺は俺の意思で、彼女を愛してる。そう言えば、認めてくれるのか。
将希の話は支離滅裂なようでいて、筋が通っていました。将希は正気だったのです。
いや、僕がそう思いたいだけかもしれません。今の言葉はなかったことにしてください。
僕はいよいよ情に訴えました。両親を捨ててもか。友達を捨ててもか。そこまでして、その子といくのか。すると将希は淀みなく、そうだと答えました。
僕はもうそれ以上、何もできませんでした。力ずくで、将希の腕を引っ張ればよかったじゃないかと思われるでしょう。僕も、今でもそう思います。でも、当時の僕には、恋い焦がれ苦しむ将希がまるで人魚姫のように見えて、何もかも捨ててまで誰かを愛そうとする将希を邪魔することなんて、できなかったのです。
とうとう僕は、柵の向こうに駆け出す将希を見送りました。
彼岸の国へ旅立つ将希の背中を、いつまでもいつまでも見守りました。幸せになれ、と。
将希は今も、行方不明のままです。
僕はずっと、祝福と後悔との板挟みで苦しみ続けています。
だからどうか、教えてください。
愛する人と結ばれた将希は、幸せだったでしょうか?
すみません、僕ももうすぐあちら側に行くというのに。僕は弱い人間です。どうしても僕の罪を、誰かに否定して欲しかった。
すみません、もう、行きます。
将希のお父さんお母さん、僕を許してください。僕もそちらへ行きますから。
お父さんお母さん、ごめんなさい。
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僕の後悔を聞いてください。 花鳥あすか @unebelluna
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