取り替え仔
此木晶(しょう)
取り替え仔
よく、
俺から見ても、妹は特別だったと思うよ。
そうだな。
これは主にヨーロッパの民間伝承に登場する存在で、「妖精や魔物が人間の赤ん坊をさらい、その代わりに自分たちの子を置いていく」という行為や、その結果取り換えられた子供を指す。場合によっては、さらわれた人間の子供のことを指すこともあるな。
チェンジリングは見た目こそ人間の赤ん坊と変わらないが、成長とともに異常な特徴が現れると言われている。また、妖精の子の代わりに魔法をかけられた木のかけらが残され、それがすぐに衰弱して死んでしまうという伝承もある。
この話の背景には、病気や発達障害を持つ子供を理解する術がなかった時代の親たちが、その原因を説明するために生み出した物語があるのだろう。医学が未発達だった昔、人々は子供の変化を「妖精の仕業」として捉えたに違いない。この考え方は、柳田国男が『七つ前は神の内』と述べた日本の民俗観とも通じるものがあるように思う。
ただし、特に北ヨーロッパ及び西ヨーロッパにかけて分布するケルト圏ではチェンジリングが芸術、特に音楽や魔術に長ける場合もあり、単なる厄災ではなく超自然的な存在とされることもあった。これもまた、異常性を説明し、理不尽を受け入れるための物語なのかもしれない。
だからといって、妹がそういう存在だったと言うつもりは毛頭ない。確かに本当に同じ両親から生まれてきたのか? と首を捻りたくなる程度には規格外だったとは思うが……。
それよりも、何処か浮き世離れして目を離してはいけないと思わされていたのもあって、いなくなった時本来いるべき場所へ還ったのだと自然に思ってしまった。詰まる所、受け入れる為の歪んだ物語を作ったという話。もっとも今だからこそ歪んだと言えるのであって、あの時はそんなことなど欠片も思い当たらなかった。
といった話を、草千里に何故かする羽目になった。どうやら後輩から妹の事を軽く聞き、詳しい事は俺本人に尋ねろと言われたようだ。こいつの仕事場に呼び出されて行ってみれば、開口一番話を聞かせろときた。
妹の事ならば友人だった後輩の方が詳しいのではないかとちらりと思ったのも事実だ。家族と友人では見えていた姿も違うだろうから一概には言えないだろうが、妹が素を見せていたのは後輩の方だったのではないかと。
今度、後輩に聞いてみるかと頭の中のメモ帳に走り書くと、ズズズッと客人である俺が入れたコーヒーを呑気に啜る草千里を睨みつける。
隠すような事でもないので聞かれたら話すのに抵抗がある訳ではない。ただ、わざわざ草千里の仕事場に来てやった俺が、部屋の片付けをしてコーヒーまで淹れているにも関わらず、家主がのほほんと寛いでいるのかが分からない。
足の踏み場も無い程に部屋は散かり過ぎて話をするどころじゃなかったし、草千里が徹夜明けでテンションがいつもより2割増程度可怪しかったのは事実だが。
こっちも修羅場明けで自分の部屋の片付けも出来ていないのに、なんで他人の部屋を片付けているんだろうな!! 今もこうやって手を動かしているし。
「取り替え仔だったのなら仕方あるまい」
もう一度ズズッとコーヒーを啜った草千里が弛緩した声で言う。
熱いのは分かるが、外じゃやるなよ。最近は煩いからな。
「で、それはどういう意味だ?」
「言うではないか。一家に1人、ブラウニーと」
「言うか! 何処の異世界の格言だ。大体人を家事妖精扱いするんじゃねえ」
「なに! カップ一杯のミルクと蜂蜜をわざわざ用意してあるのだぞ!」
コーヒーというよりは、それに大概ぶち込んでいた砂糖のお陰だろう、草千里の奴が割と普段通りの言動をし始める。それでも大分おかしなことに変わりないが。
ちらっと確認すると、用意したという蜂蜜がコーヒー蜂蜜だった。花が2日くらいで散るからかなり貴重品の筈だ。よく手に入ったな。後でアイスコーヒーに入れて出してやるか。
しかし待遇が良いのか悪いのか微妙な扱いをされている。と考えている時点で、振り回されているってことなんだろう……。
良い感じで焼けたソーセージと目玉焼きを皿に乗せて草千里に出してやる。
「ご苦労、ブラウニー」
どうにも反省の色が見られないので、ソーセージを没収する。大袈裟に嘆く草千里に、もし妹が見ていたら腹を抱えて笑っているだろうなと思う。
取り替え仔 此木晶(しょう) @syou2022
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