第3話

 下男たちが追い遣る声がして、外の声が止んだ。姫が残念そうに、


「不思議な話だったこと。きぎすおにとやらは、食わずに済む姫を見つけられたのかしらね」

「姫様……」

「私だって、あんな話を信じる程世間知らずではありません。けれど、羨ましい。夜のうちに去ってしまう『白木蓮の君』が寂しい雉鬼ならば、せめて夜明けまで一緒に居てくれるかもしれないと思わずにいられない」


 私は夜毎に屋敷をおとなう美しい若君を思い浮かべた。夫の通いが少ない姫の元に、ある日、白木蓮の枝を携え現れた秘密の恋人。その身形から、きっと身分のある方なのだろうと、姫はただ「白木蓮の君」とお呼びしている。

 ……こっそりと吐いた息を姫に気付かれてしまう。


「お前の言いたいことは分かります。いつまでもこのようなことを続ける訳にはいかない……でも、身も心も止められないのよ。あの方が本当に雉鬼で、いっそ私を喰らってくださればいいのに」


 そうすれば私はあの方の一部となって、ずっと一緒に居られるのに……そう呟き項垂れる姫の姿に、込み上げる笑いを押さえるのに難儀した。


 姫様、築地ついじの向こうから聞こえてきた話は、きっと本当の事なのですよ。


 姫はまだ気付かれていらっしゃらないのだ。白木蓮の君が現れる夜は、必ず雉の鳴き声が三声することに。あの方が、犬が大層お嫌いという事も。姫の床を抜け出したあの方がなさっていること……姫が眠ってから、私と白木蓮の君がどれほど熱く睦み合っているのか。

 姫は、何一つご存じない。


「姫様、もしあの方が他の女を選んだらいかがなさいますか」

「嫌なことを聞かないでちょうだい。けど、そうね……はしたなく騒いで、口惜しさと寂しさで死んでしまうかもしれない……」


 目に涙を溜める姫は、春雨に濡れる花のように美しい。貧相な私とは大違いだ。けれど……私は己の腹に手を添えた。きっとあの方は、子を宿した私の為に何でもして下さるだろう。

 主の恋人の子を宿したと姫に気付かれ騒がれる前に、あの美しく蠱惑的な妖を私だけのものにするのだ。


「分かりました。今宵もあの方はいらっしゃるでしょうから、私からもお願いしてみましょう。姫様を寂しくさせないで下さいと」


 ちゃんと姫様を食って下さるよう、お願いしなければ。私は姫を安心させるように、出来る限り優しく微笑んでやった。

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きぎすおに 遠部右喬 @SnowChildA

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