スパンコールなんていらない
のっとん
1
芽吹きを誘う陽だまりの中、鈴を転がしたような笑い声が響き渡った。
石ころの妖精、ホフが
「僕の夢はアイドルだ!」
と高らかに宣言したからだ。
妖精の仲間たちはケラケラコロコロと笑い続けている。
「何がおかしいんだ!」
「だって、ホフ。お前がアイドルになんてなれる訳ないんだから」
薄い紫の花びらをまとった妖精が笑った。
黄色い花びらを沢山身につけた妖精たちが言う。
「君ってば真っ黒じゃないか!」
「アイドルは華やかじゃなきゃ!」
ホフの顔は真っ赤に染まっていた。
どっと笑いだした妖精達を置いて、ホフは森の奥へと走っていく。
(なにさなにさ!体の色なんて関係ないやい!歌が歌えれば……)
ぴたりとホフの足が止まった。
(僕は歌だって上手くない……)
大きく息を吸って、遠くへ届けと歌を歌う。
腰に生えた小さな羽が震える。その声はとても高く清らかで、そしてあまりにも音域が狭かった。
歌い終わったホフは小さななため息を吐いた。
ホフはその体の小ささからか、高い声しか出せなかった。これもまた、仲間たちが笑う理由だ。
「それでも、僕はアイドルになりたい」
その時、木々の奥から歌声が聞こえてきた。
春の枝を震わせる低く響く声だった。
(誰が歌っているんだろう)
ホフは歌声のする方へ近づいてみた。
歌声はどんどん近くなるものの、声の主は見えてこない。
とうとう1番大きく聞こえる場所を見つけた時、ホフは真上を見上げた。
そこに、1羽のカラスが止まっていた。
ホフよりもさらに黒い羽を震わせてカラスは、1人で歌っていた。
「すごい!上手な歌だね!」
カラスが歌い終わると、ホフは思わず拍手していた。
カラスはびっくりして、枝から落ちるようにホフの元へとやってきた。
「あ、ありがとう。そう言ってくれたのは君が初めてだよ」
カラスは照れくさそうに笑った。
「僕はホフ!ね、君いつも1人で歌ってるの?」
「僕はクロウ。そうだね。いつも1人だよ。アイドルみたいに……」
「アイドル!?ね、君、アイドルに興味があるの!?」
クロウが言い終わらないうちに、ホフほ元気よく叫んだ。
「興味があると言うか……かっこいいと思う。憧れるよ」
「だよねだよね!アイドルになりたいよね!」
クロウはふっと吹き出した。ホフの鼻がふんふんと鳴っていたからだ。
(彼なら本心を話してもバカにされないかもしれない)
「僕、本当はアイドルになりたいんだ」
「やっぱり!」
両手のひらを合わせ、ぴょんぴょんと跳ねるホフに、クロウはほっと胸を撫で下ろした。
「でも、僕の羽は黒いし、僕は低い声しか出せないんだ」
クロウは黒豆のような瞳を伏せた。
「黒い……それなら僕に任せて!」
ホフは小さな胸をどんと叩いた。
☆☆☆
今日は木の虚ライブ場。アイドルコンテストの予選が開催される場所だ。
クロウとホフは予選に出場する為に訪れていた。
「どきどきするね」
「きっと通過できるよ」
クロウの羽は虹色に輝いていた。ホフの作戦のひとつだ。
「石ころにも綺麗な色のものは沢山あるんだ!僕は身体が小さくて着けられないんだけど……」
ホフの家には、彼が今までに集めた小石が沢山置いてあった。
大きいものでも、クロウの爪の先ほどの大きさしかない。しかし、どの石も赤に青に黄色にとキラキラと輝いている。
「これを着ければ、君の羽だって虹色になるさ!」
いよいよクロウとホフの番になった。
クロウは身につけた小石をチャラチャラと鳴らしながら舞台へと立った。
深呼吸する彼の胸には他の石より少し大きい、黒い石が下がっている。
「僕は石ころの妖精だからね。僕を胸に着けてステージに立ってよ」
曲が始まった。クロウは曲の低い部分も高い部分も完璧に歌いきった。
会場は歓声と拍手に包まれる。
「ね?上手くいったでしょ?」
曲の低い部分はクロウが、高い部分はホフが歌う。2人で歌えば歌えない曲なんてこの世に無いに違いない。
ホフの2つ目の作戦だった。
☆☆☆
2人は順調に勝ち上がって行った。
次はいよいよコンテスト本番だ。
コンテストの前日、ホクホク顔のホフに対し、クロウの表情は暗かった。
「緊張してるのかい?心配ないよ!僕たちなら大丈夫だ」
にっこりと笑うホフに、クロウは首を横に振った。
「違うんだ。そうじゃない」
「どういうこと?」
「僕たちこのままでいいのかな?」
クロウの目は今にも涙が零れそうだった。
理由が分からず、ホフはおろおろとクロウの羽を撫でた。
「どうしたのさ。僕たちは上手くやってる。アイドルになれるんだよ?」
「違うんだ。だって、あれは僕じゃない」
クロウはホフの両手をぎゅっと握った。
「君は、君は歌いたくないのかい?自分で、自分らしく、自分のままで歌いたくないのかい?」
ホフにはクロウの言っている意味が分からなかった。
「たしかに小石で着飾った僕は綺麗だよ。それに歌も……でも、僕は僕のままで、この黒い姿のままでアイドルになりたい」
クロウの目は真剣だ。
「それに君だって。僕の姿じゃなく、君の姿で歌いたいはずだ。君の素晴らしい歌声を、君の姿で届けなくてどうするのさ」
ホフはぐっと言葉を飲み込んだ。
それは飲み込み続けた真実だ。
今のクロウは1人でアイドルを目指していることになっている。アイドルになれたとしても、それはクロウ1人の功績だ。
ホフは影の存在になってしまう。
「ごめん。ちょっと考えさせて」
黙ったままのホフの手を放すと、クロウは飛んで行ってしまった。
☆☆☆
「レディース&ジェントルメーン!そして愛すべきオタクたち!」
「皆様お待たせしました!アイドルの登竜門と呼ばれる『トリの降臨』見事コンテストのトリを飾り、アイドルになれるのは誰なのか!!」
司会者の声に、わあ!っと歓声が上がる。
桜の木に囲まれた森の広間。大きな会場いっぱいにアイドルファンたちが集まっていた。
歓声はステージ横でスタンバイしている出演者にも届いていた。ホフは忙しなく辺りを見回している。
コンテストが始まったというのに、クロエの姿は見えない。
「どこに行っちゃったのさ」
ホフの周りには出演するライバルたちが自分たちの出番を待っていた。彼ら、彼女らは薄暗いステージ横でさえもキラキラと輝いている。
「ホフ」
ぽんっと肩を叩かれて振り返ると、暗がりに溶け込むようにしてクロエが立っていた。
「クロエ!どこに行ってたのさ。君、石はどうしたんだい?」
ホフはクロエの姿を上から下へ、下から上へと見つめた。
クロエは出会った時の姿だった。石は1つも着けていない。真っ黒のカラス、クロエだった。
「僕は僕のままで出ることにした。だから君も、君のままで出ようよ」
クロエの瞳はキラキラと輝いている。
「何言ってるのさ!」
「大丈夫だって!ほら、僕たちの出番だよ!」
☆☆☆
私には忘れられない2人組のアイドルがいる。
あの日、惜しくもトリを逃した2人だったが、始め月の無い夜空のような姿だった彼らは、曲がかかると満天の星を纏い輝き出した。
彼らは高音と低音をそれぞれで担当するという珍しい歌い方をする。
ステージに立つ彼らは2人で1人のアイドルだ。
ホフ&クロエ。彼らの活躍を私は楽しみにしている。
スパンコールなんていらない のっとん @genkooyooshi
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