花の妖精

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

花の妖精

 一目見て、描かれたものに釘付けになった。

 姫を昼食に呼びに来たのに、緊急用の塔の最上部に着いてつい、足が止まる。


 濃淡と赤みと青みの入り混ざる紫が広がり、春の陽を思わせる煌めきが舞うキャンバス。

 思わず息を呑み、感嘆がもれる。

「美しいです。……春の中庭、ですね」

 いつからか姫は、ここでこっそりと絵を描いている。それを城内で知っているのは、護衛の彼だけで──キャンバスに向かい合っていた姫、恭良ユキヅキが振り向き笑む。

沙稀イサキ!」

 沙稀イサキと呼ばれた護衛の剣士は、一度姫に礼をし、キャンバスを見つめながら歩を進めた。

「力強さと繊細さで、風と生命の息吹を感じられます。まるで……目の前に、いいえ、中庭そのものに……いるような『時』の流れを感じます」

 ゆるく束ねられた腰まである長いリラの髪が、止まった足に遅れて停止する。

 魅了されているかのような彼の言葉を受け、姫は照れたような笑みに変わった。

「いつも沙稀イサキが言葉にしてくれるのが……うれしい……」

 姫は理解しているのだ。キャンバスには他人からすれば花も葉も、光も理解不能だと。

 確かにキャンバスの上にあるものは実に抽象的で、それこそ『色』が散らばっているとしか素人には見えない。──だからこそ、姫は人目につかない場所でわざわざ絵を描いている。

 姫は肩までのクロッカスの髪を揺らし、上品に筆とパレットを置く。どうやら、護衛が昼食の知らせに来たと伝わっているらしい。

「これから、何を描き足すおつもりですか?」

 一瞬目を丸くした姫は、恥ずかしそうに笑った。

「そこまで沙稀イサキはわかるのね」

「そういう構図でしたから」

 姫が歩き出し、護衛も来た方へと歩き出す。

 そうして、『花の妖精』と姫は楽しげに話した。




 何ヶ月かが経ち、完成したと姫が言った。

 キャンバスを前にした沙稀イサキはまた魅了されたように釘付けになり、けれど、いつになく視線を逸らす。

「あの……勘違いでしたら、大変申し訳ないのですが……」

「うん?」

 頬に赤みを増した護衛に対し、姫は満足そうに微笑む。

ユキ姫。その……どうして俺が描かれているのですか?」

「やっぱり、沙稀イサキにはわかるのね」

 そういう姫もまた、頬を赤くした──が、俯く沙稀イサキには気づけないことだった。

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