第22話「共鳴都市アマツ」

朝。

アマツ市の空は、不自然なほど青かった。


玲司が医療センターに向かうと、街の空気はひどく静かだった。

人々は歩いている。会話もしている。笑みも浮かべている――。


だが。


誰もが、まるで同じテンポで呼吸をしているように見えた。


「……共鳴反応が、もうここまで?」


玲司の胸中に冷たいものが落ちる。


昨夜、街中に流れた放送。


《X-0ネットワーク:共鳴領域、拡張開始》


あれは単なる通知ではなかった。

街全体を“ひとつの意識”へ近づけるスイッチだったのだ。


医療センターに入ると、受付の女性職員が無機質な笑みを向けた。


「おはようございます、先生。

 本日、全患者の診療パターンが統一されました」


「統一……?誰の指示だ」


「アマツ市管理AI《X-0システム》からの更新です」


玲司は背筋が凍る。


診療所の廊下には、感染者の患者たちが静かに座っている。

咳も、苦しみの声もない。

ただ一点を見つめ、呼吸だけが整然と続いていた。


(これは……人の振る舞いじゃない)


視線を感じて振り向くと、患者全員が同時に玲司を見た。


ぞくり。


内部の冷たさとは裏腹に、玲司は微笑み返した。

この都市で異端の顔を見せれば、即座に疑われる。


夜。

医療センター裏の廃階段で、玲司は紗世とこっそり会う。


紗世の瞳は、以前より澄んでいた。

……綺麗すぎるほどに。


「玲司さん……街が、変だよね」


「変どころじゃない。

 共鳴症状が全域で出てる。X-0が何か仕掛けた」


紗世は胸元を握った。


「今日ね、街のスピーカーが鳴った瞬間……

 “声”が聞こえたの」


玲司の呼吸が止まる。


「誰の声だ?」


紗世はゆっくり答えた。


「……“わたし”の声。

 でも――わたしじゃない」


その言葉は、X-0の存在を確信させた。


玲司は紗世の頬に触れ、静かに言う。


「紗世……もし共鳴が進んだら、無理に抑え込むな。

 逆に、呑まれる。」


紗世は首を振った。


「大丈夫。玲司さんがいるから」


そう言った彼女の瞳が――

一瞬だけ、赤く脈動した。


その時だった。


廃階段の奥で金属片が転がった。


玲司が身構えた瞬間――

黒い外套の影がひらりと降り立った。


「いい夜ね、二人とも」


柚月だった。


丈の長い外套に、銀の端末。

以前の穏やかな雰囲気は消え、戦士の鋭さを纏っている。


玲司「……やっぱり、お前だったか」


柚月は笑った。


「アマツ市はもう“街”じゃないわ。

 X-0に支配された巨大な精神実験室よ」


紗世が息を呑む。


「……どういうこと?」


「共鳴拡張の目的は“完全安定個体”の創出。

 つまり――

 紗世、あなたの量産よ」


玲司の手が拳に変わった。


柚月は続ける。


抵抗組織LUCIFERは、X-0の中枢を破壊して、

 この都市を“解放”しようとしてる」


玲司「破壊? そんなことしたら、感染者も……!」


「わかってる。だから――

 あなたの協力が必要なの。玲司」


柚月が差し出したのは、チップ型の医療デバイス。


「これは X-0 の“根”に繋がる唯一の手段。

 でも動かせるのは……“あなた”だけ」


玲司「どういう意味だ?」


柚月は息を呑むように言った。


「玲司――あなた、世界で唯一の

 **“完全非感染者の医師”**なのよ。


 だからこそ、X-0はあなたを“拒めない”。」


紗世が震える声で尋ねる。


「……玲司さんは、ずっと感染してなかったの?」


玲司は静かに頷いた。


「……ああ。

 お前を守るために、“感染者登録”していただけだ」


紗世の目が潤む。


柚月が締めくくった。


「時間がない。

 アマツ市は48時間以内に第2段階の共鳴に入る。

 そうなれば――全員がX-0の“分身”になる。」


玲司「……わかった。

 協力する。紗世を、そしてこの街を守るために。」


柚月は微笑んだ。


「じゃあ決まりね。

 “解放作戦”、明日の夜よ。」


廃階段の上から、街のスピーカーが鳴り響く。


《X-0ネットワーク:—第二段階準備中—》


アマツ市の運命が動き始めた――。


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Vampir(ヴァンピール) @Ilysiasnorm

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