転生したら酸素だった
黒澤カヌレ
酸素の力は偉大だぜ!!!
俺は今、とってもご機嫌だ。
どこを見ても、ワクワクするものばかりで満たされている。
海岸にはマーメイドがいた。土の上をちょこちょこ歩いているのはコボルトか。ひらひら虫みたいに飛んでいるのはピクシーだな。
なんというファンタジー。
見渡す限り、妖精さんたちでいっぱいだ。
これが、『異世界転生』っていう奴か。
俺は自在に空中を飛び回ることが出来る。
小さすぎて、俺の姿は人には見えない。でも、確かに存在するものだ。
出来れば、人間に生まれたかった。俺も剣とかを振り回して、モンスターを狩ってみたかったぜ。
「でも、これはこれで悪くない」
俺はこの世界に必要なもの。生き物にとっての命綱みたいなものだから。
そう、俺は『酸素』だ。
魔法の力は持っていない。俺には炎や氷なんか出す力はない。
でも、今はそれで十分だ。
何と言っても、俺は酸素だからな。
この世界は少し、想像していた異世界とは違っている。
「なんと言うか、全体的に茶色っぽいな」
木々などは見当たらず、キノコ類が目立つ。大木みたいなキノコ。あとは岩が多い。
そして人間は一人もおらず、世界に住んでいるのはピクシーみたいな妖精さんだけ。中にはエルフ族もいて、そいつらが岩をくり抜いた家の中で生活していた。
「ここは妖精さんの住む世界なんだな。よし、俺がみんなを救ってやる!」
全体的にはのどかな世界だ。赤いキャップを被った小人さんが土の上でダンスを踊っているのが見える。
どこかに、俺を必要とする者はいないか。
「お、見つけたぜ!」
岩山の方へ飛んでいくと、モンスターと戦う人影が見つかった。真っ白なローブを身に着けていて、空中へ向けて手をかざしている。
その先には、大きな二足歩行の豚みたいな奴がいた。
間違いなく、こいつはオークだな。いかにも悪者って顔してやがる。
そして、対峙しているのはエルフ。恰好から見て魔法使いだ。
今からカッコよく呪文を唱えて、モンスターをやっつけようって場面らしい。
くう、イカしてるぜ。
だったら、俺も加勢してやらないとな。
「炎よ、焼きつくせ」
ちょうどよく、魔法使いは燃焼系の力を繰り出すらしい。
「だったら尚更、俺の出番だ!」
魔法使いの手元に向かい、俺はその場で濃度を高める。
さあ、放つがいい。
「ぐわ!」と魔法使いが直後に呻いた。
しまった、ちょっと濃度が高すぎたか。
酸素が大量にあったため、手元で爆発が起きちゃったみたいだ。
ごめんね、魔法使いさん。
炎で焼かれたせいで、体の性質が変化しちまった。
炭素原子がくっついて、『二酸化炭素』になってしまった。
「これはすぐにでも、元に戻っておかないと」
地面すれすれを飛んでいき、植物がないか探す。
でも、緑の植物が見当たらない。あるのはキノコばっかりだ。
「キノコ、お前は光合成とかできないか?」
さあ、吸いなさい、とキノコに近づいてみる。ファンタジー世界のキノコなんだ。頑張れば光合成くらい出来るんじゃないか?
だが、変化はまったく起こらなかった。
「ち、使えねえな」
キノコの野郎。やっぱり葉緑素は持ってないらしい。
しょうがない。自力で炭素を引きはがそう。
それからも、俺はこっそり『正義の味方』を続けていった。
モンスターが妖精たちを襲う。エルフとか強い種族なら自力でどうにか出来るけれど、畑仕事なんかしてる小人たちではひとたまりもない。
卑怯な奴。武器を持たない民を手にかけるとは。
「今の俺の体なら、貴様らなど軽く倒せる」
オークたちの群れへと向かい、俺は再び濃度を増していく。
二酸化炭素になってしまった俺は、自力では元の姿には戻れなかった。頑張って炭素原子を外そうとしたけれど、取り除けたのは一個だけだった。
つまり、現在の俺の化学式は『CO』。
一酸化炭素と呼ばれるものだ。
モンスターどもの口に入り、肺の奥へと浸透してやる。
「これでお前らもイチコロだ!」
だが、変化は起きなかった。
「なっ、効かないだと?」
通常、一酸化炭素と言えば呼吸困難を起こす猛毒なのに。
なぜか、オークたちはぴんぴんしている。
「それなら!」と俺は別の策を講じる。
どうにか炭素が一つ外れた。酸素の姿に戻った俺は、オークたちの着ている『鎧』へとぶつかっていく。
「よし、手ごたえあった!」
酸素の力で、急速に金属の鎧がボロボロになっていく。
「ゴフ?」とオークは鎧の変化に驚く。
どうだ、これが『
防御力の低下したオークたちは、状況に戸惑って逃げて行った。
これにて、撃退完了。
俺はみんなを救いたい。この世界のヒーローになりたい。
そのためにはやはり、もう一つの変化が必要だ。
妖精さんたちはみんな、野良仕事を頑張っている。そこでキノコを育てていた。
でも、このところは日照り続きで土も作物もカラカラになっているようだった。
「そういうわけで、来い! 水素原子よ」
二つの水素を身にまとい、俺は水分子へと変化する。
空からしっかり、雨を降らせてやった。
あと、俺に出来ることはなんだろう。
空高くに上っていくか。三つの体を結合させて、オゾン層を作ってやろうか。紫外線からみんなを守り、星の守護者となってもいい。
「でも、やっぱりみんなと一緒にいたい」
ちょうどよく、体の中で変化も起こった。
これまでに様々な変身、もとい結合と分離を繰り返したためか、俺の中で『レベル』らしきものが上がってきたらしい。
「今の俺は、酸素として大きな力を発揮できる」
これまでよりも高濃度に、俺自身を空気中に集めることもできる。
同じく、自分自身をもっともっと増殖することだって可能だ。
だったら、ここで望むことは一つだけ。
「俺は、世界を満たしたい」
酸素はとっても良いものだ。生物にとって酸素は命。酸素が多ければ多いほど、みんなはハッピーな状態になれる。
だから俺は、増殖を続けた。
この世界の大気を満たすために。
そして、世界は滅亡した。
今はもう、動く生物の姿はない。誰もが地面に倒れ伏し、体温を失っている。
オークもピクシーもコボルトも。美しきエルフも、全てが
「なぜ、こんなことに」
俺が世界を満たした結果、世界中の生き物が命を落とした。
酸素は体にいいはずなのに。
ハッ、とやがて一つの事実に思い至った。
酸素とはどんなものなのか、忘れていた事実があった。
原初の地球において、酸素とは『猛毒』であったということ。地上に植物が出現したことにより、世界に酸素が増え、多くの生物が絶滅の危機に瀕した。
そこで、生物たちは対抗策を講じた。
細胞の中にミトコンドリアという寄生虫を取り込んで、酸素を吸収し、エネルギーに変換できる体を獲得した。
そうやって『
「たしかにこの世界。植物がなくて、キノコしかなかった」
茶色がやたらと目立つ。その意味がようやく理解できる。
「そう言えばオークたちも、なぜか『一酸化炭素』で倒れなかった」
酸素を必要とする生物なら、確実に致命傷となるはずなのに。
つまり、これが答えだ。
この世界はファンタジーな世界。俺の知っている世界とは勝手が違う。
要するに、妖精さんたちはミトコンドリアを持っていなかった。通常の生物とは違い、実はみんな、『
なんという、驚愕の事実。
心の中に、罪悪感が込み上げる。
ごめんね、妖精さんたち。
もう一度、進化をやり直して来ておくれ!
(了)
転生したら酸素だった 黒澤カヌレ @kurocannele
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