アンシーリー・コート
六角
アンシーリー・コート
陽成温泉(ようせいおんせん)。ここには妖精伝説がある。日本の伝統的な温泉に西洋の妖精とはなんともミスマッチで滑稽の極みだ。温泉の名前である陽成という名を別の漢字にして妖精とこじつけたと思われる。いかにもオカルト好きな妄想家が集まりそうな場所だ。私はこの手の話を聞くのが大嫌いだ。そして、その多くを否定している。かくいう私も、とある依頼でこの地にやってきた。そして、そんな私自身が妖精をこの目で見ることになるとは。
二週間前に私の事務所にこんな手紙が届いた。
「陽成温泉の妖精たちは地獄からきた悪魔だ。助けてください。」
明朝体でそう打たれた手紙がポストに入っていた。二文だけなのに常体と敬体が混ざった気持ち悪い文章。裏にはその二週間後の日付がこれも明朝体で打たれてあった。この日に陽成温泉に行けということか。ポストには手紙と一緒に、十万円の現金が封筒に入っていた。ここから陽成温泉までの往復と、陽成温泉宿の一泊分の宿泊料に事足りる金額だった。残りは依頼料のつもりか。
こんな失礼な依頼者は初めてだ。一方的に送られてきた金に正式な依頼書でもない説明不足にも程がある手紙。しかも内容が妖精に悪魔ときた。宛名も何もない手紙からしてこの手紙は直接、依頼主が私の事務所のポストに入れたものと見える。
普通に考えて、こんなものは正式な依頼とは認められない。金は交番にでも持って行って手紙は捨ててやればそれで終いだ。だが、何か悪い予感がする。
「助けてください。」
探偵として、私はこの言葉に弱い。まがりなりにも私は正義感を持って、この探偵事務所を始めた。この無味な明朝体にどのような感情が隠されているのかは推測できないが、今まで助けてくださいと言ってきた依頼者を見捨てたことは一度たりともない。普通の内容の依頼なら一方的にだが、金も届いてしまっている事もあり、まだ受け入れてやる気にもなるが、今回は内容も内容だ。妖精、地獄、悪魔。私が嫌いな物の詰め合わせだ。依頼主が直接会わないのは何か意図があるのか。妙に踏ん切りがつかないまま、二週間はあっという間に過ぎた。
結局、私は陽成温泉に向かった。依頼を受けると決めたというより、断れなかったと言ったほうがいいだろう。今日の宿の予約は既に満室だったそうだが、運良くキャンセルが入り、私はその部屋を確保した。妖精というオカルトな物を観光資源とする旅館だからか昨日か当日の朝に電話にて連絡が取れなかった予約はキャンセルにするというルールを設けたらしい。当主と思われる電話相手は怒りを隠せない様子で悪戯が多い事を語った。正直、予約ができなかったことを理由に依頼を受けない事を考えていた。そうなる事を願っていた。こんな事を考えながらも私は二週間の間にあらかた陽成温泉のことについては調べていた。探偵の勘というものか、ただの心配性か。何故か私は結局、この依頼を受けることになりそうだと思っていた。陽成温泉は陽成旅館の温泉のことで、初代当主の吉野陽成(よしのようぜい)の名前から温泉名が付けられている。最初は全く"妖精"温泉ではなかったわけだ。陽成旅館は小さい旅館ながらなんとか続けていたが、二十年前に集団食中毒事件が発生。食材の管理が杜撰だったとされ、一気に客足が減っていった。そこを現当主である吉野斎峉(さいがく)が例の妖精伝説で旅館を再興させた。現在の客室は全十室ある。場所は山の頂上にあり、昔はその眺めと、近くにある落差140メートルの段瀑である雷雲の滝を観光の要としていた。段々に落ちる水が稲妻のような蛇行した形である事からそう呼ばれていた。また、滝壺に落ちる水の音が雷雲のようなゴロゴロという音を奏でるという。今では雷雲の滝という名称でなく、妖精の滝なんて別称で呼ばれている。どうやら最初にここで妖精が発見されたらしい。最初に発見されたとされるのが今から十年ほど前。旅館のホームページに堂々と書かれていたが、その真偽は疑わしい。きっと集団食中毒事件の話題を払拭しようと思いついたのだろう。調べた記事やレビュー、観光書、どれを見ても、妖精がどうのこうの。真実味のかけらもない。私の推測だが、陽成旅館の現当主の吉野斎峉が宿の再興のためにこんなしょうもないことを思いついたのだろう。当主の計画通り、実際この宿はオカルト界隈で賑わっているらしい。なぜ十年でここまで人気が出たかというと、実際に妖精を見たという者が大量に出たからだと言う。
妖精伝説というはどんな物かざっくり言うと、妖精の滝(雷雲の滝)に願いを唱えながら祈るとそこに住まう水の妖精が現れて願いを叶えてくれるという。温泉に入っていると水の妖精が気まぐれに周りに現れて幸運をもたらすと言った物だ。実際温泉のレビューを見ると露天風呂に妖精がきたと言い張るコメントをいくつか見た。ただのサクラか、この温泉は山の中にあるから光に集まる虫を妖精と見間違えたやつが言っているだけであろう。しかし、何とも、レビューをしているアカウントの名前を見るとほとんどが女性のものと思われる。あまり、性別で物を判断することはしたくないが、女性は何故こう言ったスピリチュアルな話が好きなのだろうか。
今回はその妖精が地獄の悪魔だという。依頼主が何を意図しているかわからないが、あまりいい事が起きそうにはない。
宿に着いたのは二十時前。ダメ元で昼過ぎに予約をとってしまったため、こんな夜遅くになってしまった。着いた時には大雨で近くを流れる川が氾濫しないから心配なほどだ。宿に着くと、当主の吉野斎峉自ら出迎えを担当していた。吉野は貼り付けたような笑顔で私を迎え入れた。
「ようこそ妖精温泉へ。今宵は大雨、妖精が見られると良いですねぇ。」
出迎えて、すぐ妖精か。なんとも気味が悪い。これで喜ぶ奴の気が知れない。妖精は雨の日に出現するらしい。水の妖精だから雨の日とは安直過ぎるな。普通は雨なんて憂鬱で喜ぶやつなんてほとんどいないのに、旅館全体が雨を歓喜する雰囲気で包まれている気がして不気味だ。私はこれ以上は聞いてられないので疲れていると言ってすぐに部屋に案内してもらった。当主は終始笑顔を絶やすことなく、接客をしていてこれも不気味だ。エントランスには若い女性が勤めていて、こちらは対照的に少し根暗な感じで、エントランス向きではないと思わせる。部屋に行く道すがら妖精関連のグッズが1階の売店に売っているのを見た。売店には他に2人の女性客がいて、私を見て少し困惑の顔を浮かべたが、すぐに安堵の表情に変わった。こんな中年の男が妖精を見に来たと思ったのだろうか。私が一人でいる事を見てこんな妖精好きのおっさんは独身で然るべきと安堵したか。違う事を祈る。私は妖精なんて信じていないと弁明したいところだが、今はよそう。グッズの内容はと言えば、妖精の水に、妖精の月光石、妖精のお守り。こんなグッズがある空間に私自身が置かれているだけでその滑稽さに笑ってしまいそうだ。当主は私が笑いを堪えながらグッズを見ているのを、妖精グッズに惹かれた妖精マニアと勘違いしたらしく、嬉しそうに売店の説明をする。
「売店は23時まで空いておりますから、温泉を楽しんだ後にでも是非見に来てください。」
いいだろう。たっぷり妖精温泉とやらを楽しんでやろう。妖精をここまで売り出すと言うことは、なにか仕掛けがありそうだ。雨の日にしか妖精が現れないというのもなにかの仕掛けか。
私はしばらく、部屋で例の手紙の文章を眺めていた。この依頼主はなぜ今日を指定したのだろうか。今日が大雨だから?いや二週間前からの指定だ。予報は必ずしも当たるとは限らない。
ならばなぜ今日なんだろうか。それは考えずともすぐにわかることとなった。
考えもまとまらぬまま、時刻は九時前の八時五十分程度。とりあえず例の温泉へ向かおうと、部屋の外に出たら妙に女湯の方が騒がしい。探偵の勘というものか。勘と言って悪い予感。私はいもしない神に何も起きていないことを願ったが、もちろん神なんてものはいない。だから、そんな願いは意味のないことだった。私は人だかりを押しのいて現場に向かった。現場は女湯の中であったが、私は早く現場を見ておかなければならないと直感し、恥も捨て突入した。まず目に入ったのが、真っ赤に染まった露天風呂。そこに大雨が打ちつけ赤い水飛沫をあげていた。ひと足先に当主がきていて、呆然と立ち尽くしている。
「吉野斎峉!警察だ!警察を呼べ!」
真っ赤に染まった露天風呂の端っこに1人の女がうつ伏せ状態で水面にぷかぷか浮かんで、死んでいた。染められた露天風呂は最初からその色を呈していたかと思わせるくらい綺麗に赤黒く染まっていた。
私の声かけに吉野は我に返ったように動き出したが、呆然状態から軽いパニック状態に陥っただけだった。私がもう一度警察を呼ぶよう指示する。する事がわかってパニック状態から少し開放された吉野は警察を呼ぶことに何か抵抗があるようだった。仕方がなく入り口付近にいた従業員と思しき女に同じ指示をする。先程までニコニコしていた吉野が恐怖に顔を歪めていて、一気に老けてしまったように感じる。吉野はガタガタ震えながら、何かをぶつぶつ呟いている。
くそっ。ふざけるな。
「妖精...妖精だ......妖精がやったんだ...」
そう呟く吉野の目は恐怖に支配されていた。
警察が来るまで、私は現場をあらかた確認した。被害者は露天風呂の端の方でなくなっている。恐らく死因は出血死。体は何ヶ所も深い切り傷をつけられていた。その傷は多方面から何ヶ所もつけられていて、人の所業には思えなかった。女湯は屋根のほとんど無い外の露天風呂と室内に三つの温泉がついている。室内の風呂は小さいものが三つあり、それぞれ最大でも五人程度入れば埋まってしまうほどだ。中と外はガラス張りの壁に隔てられていて、外がよく見える。露天風呂は十人程が横並びに座って入れるほど広く、室内の壁に沿って横に長い作り。屋根は室内と室外を隔てる扉から伸びるようにして作られており、露天風呂の四分の一程度をカバーしているに過ぎなかった。死体は扉から最も離れた横長の円の端っこの位置にあったが、室内からはガラス越しによく見える位置であった。露天風呂は高い塀に囲まれており、その手前にちょっとして庭園があり、開けた作りになっている。外は大雨で非常にうるさい。どこからか金属が何回も何回も素早く叩かれる音もした。私そんな事を確認していると、入口の方から悲鳴が聞こえた。私が振り返ると、すでに一人の女が被害者に近づいていて、
「ユウコ!ユウコ!」
とひたすら名前を叫んでいる。外の雨で濡れることも厭わぬ勢いに私は圧倒されつつ、落ち着くように温泉の外に連れ出し事情を聞いた。彼女の名前は巻清華(まきせいか)、被害者は彼女の友人の宮本祐子(みやもとゆうこ)。二人は大学のサークル仲間で他にこの旅館に八人同じサークル仲間がいるらしい。彼らは男三、男三、女四で三部屋を予約してここにきたという。事情を聞いているとそのサークル仲間と思われる女性が2人駆け寄ってきた。巻清華は2人に事情を説明する。2人は驚き、女湯へ向かった。そして先程聞いた悲鳴と同じ悲痛な叫びを上げた。
2人は部屋で休むといい部屋に戻って行った。巻清華も部屋に戻ろうとしたが、私はもう少し事情を聞きたいと思い呼び止めてしまった。巻清華は嫌がる様子もなく私に話を聞かせてくれた。私が気になったのは被害者が温泉に入っていた時間。それが分かれば簡単に犯人がわかると思った。巻清華が言うには先程の2人と、一緒に4人で温泉に入りに行ったという。その時刻は19:30頃50分ほど入ったあと、3人は先に出たという。被害者の宮本祐子がもう少し入っておくと言ったらしい。妖精を待っていたんだと。3人が出た時、他にも2人の女性がいたらしい。そこまで聞けたら十分だと思い私は彼女に詫びを入れた。
「あの、絶対犯人、見つけてください。」
彼女はそういうと部屋に戻って行った。私はそう言われて改めて私が出しゃばった事をしていたと気づいた。もう時期警察が来るだろう。後のことは警察に任せるべきだ。私は探偵と言っても浮気調査やら猫探しやらをやっているべきだ。実際、こうして殺人事件に出くわすのもこれで三回目だ。多い方だと思うが、二回とも特に私が解決した訳では無い。なぜなら、殺人事件とはほとんどの場合は衝動的なものが多く、警察がそれなりに調べれば犯人はすぐに分かる。しかし、今回は毛色が少し違う気もした。
警察が来ない。そう聞いたのは私が巻清華と話した直後だった。旅館の固定電話に警察からそう来たらしい。思った以上に雨が強く宿に続く唯一の道の橋が川に呑まれ誰も近づけないという。私は自分が何をすべきか迷っているうちにエントランスまで来てしまっていた。ちょうどその電話を取る例の根暗な女と目が合ってしまった。そう電話をもらった女が私の方を見てどうすべきか尋ねてくる。なぜ私なんだ。最も頼るべき当主の吉野は未だ正気を取り戻していないらしい。この宿で次に歳をとっている私に頼ろうとするのは当たり前なのかもしれない。私は待つしかないだろうと言い。客を自室から出ないようにしろと言った。私はエントランスの固定電話から各部屋に電話する彼女を尻目に部屋に戻ろうとしたが、売店が間に入り、あの手紙を思い出した。
「陽成温泉の妖精たちは地獄からきた悪魔だ。助けてください。」
妖精に殺されたとでも言うのか。その手紙と吉野が妖精が殺したと呟いていたのを関連付けてしまった。私は人の死がそんな馬鹿げた物で片付けられようとしているような気がして居てもたっていられなくなった。私が今ここで解決しなければならないと思った。私がこの殺人事件を妖精ではなく人が成した許されざる行為であると証明しなければならないと思った。私が証明してやる。
私はエントランスの従業員が電話をし終えるのを見ると今旅館にいる人のリストを見せてくれと言った。流石に従業員は個人情報を見せる事を渋ったが、私が探偵だというと快く協力してくれた。別に探偵にそんな権限があるわけではないが、殺人事件と探偵というセットが私に権力を握らせたようだった。しかし、その権力とは私が必ず事件を解決しなければならないという重責を負う契約でもあった。
今この宿は十室中七室が使用されている。使用されていない二つは今日キャンセルが決まった。私の泊まっている部屋を含めると十室中三室が悪戯の予約だったと言うのだろうか。
「いつもこの位キャンセルになるのか。」
私がそう聞くと
「いえ、いつもはあっても一件程度で、こんなにも多いことは十年前には何回かありましたが、最近は稀です。」
喋り出すと根暗というより聡明な雰囲気を醸し出すその女性は答えた。残り一つの未使用の部屋はメンテナンス中とのこと。どうやら前回使用した客が窓ガラスを割ってしまったらしく。今は使えないらしい。使用されている部屋は七室あり、うち一つは私。三つは例のサークルの集まりという大学生の集団。確か男六人、女四人で分けて使っている。そして、その内の一人、宮本祐子が今回の被害者だ。残り三室はそれぞれ、女二人の組が二組、女四人の一組。このうちの女二人の組が売店で見かけた者たちだ。偶然か全員20歳前後の若いもの達ばかりだった。従業員は当主の吉野、エントランスの彼女、名前は浅野(あさの)という。食事の配膳や清掃等を任されている西和(せいわ)、加納(かのう)、坂川(さかがわ)の三人で全員女性だ。温泉の温度調節は主に当主の吉野と西和か行っていると聞き、私はまず西和に話を聞きに言った。なにか知っているかもしれない。
西和達従業員は全員、エントランスの浅野を除いてエントランス奥の部屋にいた。私と浅野の会話を聞いていたのか不安な表情を浮かべながらも私に協力してくれた。やはり皆探偵という職業に何か期待してのことだろう。当主の吉野は未だ、何かに怯えていて、話ができそうにない。色々と話を聞いたが、結局西和は何も知らなかった。彼女の仕事は一時間に一回見回りも兼ねて温泉のお湯の温度を見に行って調節する。事件が起きたのはその間だったらしく何も知らないらしい。事件が起きたのは20時から21時の間。彼女が20時に見回りに行った時は4人の組と2人の組の女性がいたという。巻清華の証言と合致する。
私はエントランスの浅野に頼んで客全員の動向も確認させてもらうことにした。電話にて部屋に伺うと、連絡して、私と浅野の2人で各部屋を回った。まずは大学サークルの集まりであるという大学生の集団から行った。男六人は同じ部屋に集まっていて話を聞くために一人ずつエントランスの方にきてもらった。旅館は二階建てでエントランスと各部屋は階が違うためちょうどいい。結局、男六人は男湯と女湯が離れたところにあることもあり、何も知らないと言った。嘘をついている様子はない。しかし、そのうち一人が気になる事を言った。男達は被害者が誰なのか知らなかったらしく。私が一人ずつに知らせると、そのうちの一人が
「やっぱり祐子だったんですね。」
と。私がやっぱり?と聞き返すと深い意味はないと言ってそれ以上話してはくれなかった。私は一人一人に部屋に戻る際、話したことは他の五人には言わないように釘を刺しておいたが、誰かが漏らしたのかもしれない。
次に同じサークルの女3人に聞こうとしたが、ショックが大きく話せないと巻清華に部屋の入り口でそう言われた。私には無理に聞き出す権限はないため、分かったと言って部屋を後にした。私は残り三室の女性達にも話を聞き、聞いた内容を整理してみた。名称はあくまで仮でわかりやすくするためにアルファベットで表す。被害者の宮本祐子をAとした。時間はあくまで大まかだが、これを見れば犯人が自ずと見えてくると考えたがそれは甘かった。
女湯にて
19:30 ABCD 入室
19:50 EF 入室
20:00 西和の見回り(特に異常なし)
20:20 BCD 退出
20:20 GHIJ 入室(BCDと女湯内ですれ違う)
20:35 EF 退出
20:40 GHIJ 退出
20:45 KL 入室(GHIJと女湯前ですれ違う)
Aの死体を発見
20:50 従業員も死体を確認
20:55 私も死体を確認
という流れ。
犯行は20:40から20:45の間に行われたと思われる。時間は曖昧だが、全員の供述が正しければ犯人は約5分間で温泉に忍び込み被害者を滅多刺しにし逃げおおした。最も可能性があるのはGHIJかKLの女。不自然なのはGHIJで、20分しか温泉に居ない。何故か聞くと、なにかを言い渋っている様子で、結局理由はのぼせてしまったからだと言った。次の女は特に理由はないと言い。次の二人は一人目と同じくグループの中の一人がのぼせてしまったからと言った。怪しいが、犯行は難しいだろう。誰がいつ温泉に入ってくるかわからない状況で犯行に及べたかを考えると現実的じゃない。KLもその後すぐに従業員が死体を確認したため時間的に難しいだろう。凶器であると思われるナイフは塀の外に投げ捨てればいいとして、返り血を拭うのに風呂場と言っても相当な時間がかかるだろう。では外部の犯行か?外部の人間ならば、血を拭ったりする必要はないため思った以上に早く犯行に及べるのかもしれない。そう思い、浅野と共に外に行き女湯付近を確認してみた。私は一人で行こうとしたが、浅野は危険だからと言って同行した。その際エントランスに三本しかない懐中電灯を貸してくれた。私と浅野で一本ずつ持つ。実際に女湯付近の道は大雨で懐中電灯を持っていても視界が悪く、目と鼻の先には急斜面がありここをよく知っているものじゃないと本当に転落の危険があった。露天風呂側の塀の外側には塀に沿ってドラム缶が何本も立っていて、中には大量の水が溜まっていた。ドラム缶の列に沿って山の斜面があり、ドラム缶の列の横には人一人が通れるくらいの幅がある程度だった。
「これは?」
「あっ、それは...吉野様が設置いたし...です」
「何のために」
「塀の補強です。それと...」
このドラマ缶のせいもあって大雨がドラム缶内の水を打ち、滝のようにうるさい。ザーという雨の音以外に、ガンガンガンと謎の金属音もした。私たちは大声で話し合っていたが、無謀なことに気づいてすぐにその場を離れて、話の続きを室内ですることにした。浅野は知っている事をすべて話てくれた。
「さっき、何と言った。塀の補強と、それとの後だ。」
「それは、水の妖精を呼ぶためと...」
控えめに浅野はいう。探偵に対して妖精という非科学的な物を口にする事に抵抗があったように見える。それは正しい。他の探偵のことは知らないが、もし普通の会話で妖精という単語が出た時点で私は即刻話を切り上げていただろう。私は続けていくつか質問した。
「あのドラム缶の水の管理は従業員がするのか。」
「いえ、あそこ水は貴重だからと、吉野様自ら管理すると言っておりました。」
「あの金属音はなんだ。ガンガンとなんの音だ。」
「それは、わかりませんが、きっと雨樋が壊れて壁を叩いていると吉野様が...」
あくまで浅野が吉野から聞いた話で、吉野の真意はわからなかった。もう一度吉野に聞こうとしたが、エントランス奥の部屋には吉野はいなかった、西和らに聞くと、私たちが外に行ったあと後を追うように外に出て行ったらしい。懐中電灯は数を減らしていない吉野は相当気が狂っているようだった。夜中、こんな雨の中に懐中電灯も持たずに外に言ったというのか。私は吉野を探すためもう一度外に行った。浅野はまたついてきた。その後、何分か吉野を探したが、見つからなかった。私は浅野にそろそろ室内に戻ろうといい。捜索を断念した。雨はさらに強くなっているように感じた。その様子を見る私に浅野は
「明日は晴れますよ。」
と励ましなのか、ただの事実としての報告なのかわからぬ冷静なトーンで話しかけた。
時刻は23時を過ぎていた。閉められるはずの売店は未だ電気が付いていて、シャッターも開けっぱなし。律儀にお店を閉めようとする者はいなかったらしく、浅野は気づき次第すぐに動いた。私は手伝うと言って一緒に売店の片付けをした。売店の片付けをしていると、また妖精の事を考えた。こんな妖精グッズに囲まれていては考えずにいる方が難しかった。考えるたびに殺人が妖精の仕業だとし、罪を逃れようとする犯人を想像してしまい憤った。そして、本当に妖精の仕業なのではないかと一瞬でも思ってしまおうとする浅はかな自分により強い憤りを感じた。
外から犯行を行うことはできる。塀は高かったが、ドラム缶を登れば塀を登るのは容易に見えた。身体能力が高ければドラム缶がなくても侵入は簡単だろう。温泉内からもちょっとした庭園の岩を登れば容易に塀は越えられる。しかし、外から犯行に及んだとすれば、どうやって、宮本祐子を狙いうちできたのか。無差別だとしても、もし温泉に2人以上いたらリスクが高すぎる。全員殺すつもりなら、他にも方法はあっただろう。
私は売店に売っている幸運を呼ぶと書かれた妖精のお守りを見て、客達に聞かなければいけない事を聞いていない事に気づいた。私が探偵だからこそ聞けなかったし、そして誰も言えなかったことを。
私はもう一度浅野に各部屋に向けて電話をかけてもらった。サークルの集まりという女三人は電話に出なかった。電話に出た客達をもう一度呼び、質問をする。
「妖精は見たか?」
男性らは特に何も見なかったと言ったが、女性の中の一組は妖精を見たと言った。それがGHIJの組だ。言い渋っていたのは妖精のことだったらしい。信じて貰えないから言わなかったと言い訳した。妖精を見れたからもう十分として温泉を出たと言う。この質問をした上で再度時間を整理してみる。
女湯にて
19:30 ABCD 入室
19:50 EF 入室
20:00 西和の見回り(特に異常なし)
20:20 BCD 退出
20:20 GHIJ 入室(BCDと女湯内ですれ違う)
妖精と思しき光を塀の外に発見
20:35 EF 退出
20:40 GHIJ 退出
20:45 KL 入室(GHIJと女湯前ですれ違う)
Aの死体を発見
20:50 従業員も死体を確認
20:55 私も死体を確認
やはり、いた。妖精が。
どうやって犯人が宮本祐子を殺害したのかまだ推測の域を出ない。しかしながら、事件の解決は目前だ。
私は全ての客に夜は鍵をしっかり閉めるように注意し、私も自室へ戻った。明日の朝、警察は来るという。私は眠ることができず、ただ悪い結末を考えては否定するを繰り返した。
早朝、警察がきた。当主の吉野は朝になっても帰ってこなかった。他は全員揃っており、誰も寝付けなかったのだろう。全員の目にはクマができており、ただ不安な表情を浮かべて眩しい朝日を背景に警察を迎えた。私は到着した警察に自分が探偵だと名乗り、現場に向かった。警察は特に何も言うことなく私に従った。警察が被害者を運びだし、あらゆる状況整理をしたのを見届けたあと、自分に時間をくれと頼み、許諾を得た。きっと私が事件を解決するだろうという期待を込めた許諾だったのだと思う。私は警察に客を全員呼ぶよう頼んだ。客達は旅館内で待機するよう警察から指示されていた。急な呼び出しにも客達は素直に従い惨い事件現場に再度呼び集められた。死体はなくなっていたが、血に染った露天風呂はそのままで、薄まって少し淡いピンク色に変わっていた。ここまで順調に行くのは皆が探偵という職業に過剰な期待を寄せているからだろう。例の大学サークルの女性達は未だ悲壮の顔を浮かべており、立っているのがやっとという感じだった。巻清華はその二人の腕をしっかりと掴んでいて、重そうだ。
私は全員が集まったのを確認して、自分の推理を語り出した。
「宮本祐子さんはここで何者かに殺された。殺せるのは昨夜20:40〜20:45のたった5分間だけだ。」
私はメモを見ながらそう言う。ここでおさらいしておこう。
女湯にて
19:30 ABCD 入室
19:50 EF 入室
20:00 西和の見回り(特に異常なし)
20:20 BCD 退出
20:20 GHIJ 入室(BCDと女湯内ですれ違う)
妖精と思しき光を塀の外に発見
20:35 EF 退出
20:40 GHIJ 退出
この間に殺害?
20:45 KL 入室(GHIJと女湯前ですれ違う)
Aの死体を発見
20:50 従業員も死体を確認
20:55 私も死体を確認
「私はそう思っていた。」
そう、勘違いをしていたのだ。宮本祐子が殺された時間を。
「私たちの証言が間違ってたとでも言うの」
客の中の誰かがそう言った。
「いや、証言に誤りは一切なかった。もし嘘をつくならどこかに綻びが生じてしまうからな。」
「じゃあ一体...」
別の声がそう言う。
「すでに死んでいたんだ。宮本祐子は20:00以降の段階で。」
「な、な、それだと、私たちが死体に気づかなかったって言うの。あんな血だらけの。」
声の主はそう言って放置されたままの露天風呂を指さす。
「いや、気づかなかったわけがない。気づいていたんだ。気づいていて、放置していた。その時が来るまで。最後の目撃者が来るまで。」
私は女KLの方を見ながらそう言った。客達は何か言いたげであったが、口を噛み締めて声を出さなかった。
「妖精が、妖精がやったんだろ!そう言ってたじゃねぇか!」
客の中の一人が絞り出すようにそう言った。きっと吉野斎峉のことを言ってあるのだろう。昨日の夜から姿を見ないが、殺人事件が起きてからずっとぶつぶつ妖精がやったと呟いていた。それを聞いていたのか。サークル仲間の集まりという大学生集団のなかの男がそう叫んだ。その声は怒りと悲しみに震えていた。きっと自分たちの仲間が疑われていると感づきそう咄嗟に叫んだのだろう。言っている事が非現実すぎるからか、言った本人もその言葉の纏う気持ち悪さに苦しそうにしている。
「なんの証拠があって…」
男は意気消沈しながらもそう続けた。確かに証拠がなければ結局はただの誹謗中傷である。私はもちろん用意していた証拠を話した。
「従業員が現場を確認したのが20:50。少なくとも私が確認したのが20:55。私が見た時には既に死体から血は大量に出ていて露天風呂全体を血で染めていた。しかし、横並びに十人程座れそうなその広い風呂全体を血で染めるには一体何分かかるだろうか。温泉はもちろん水の流れがある。当時は雨が降っていて攪拌も良くされていただろう。だが、ものの十分程度で全て染め上げられるだろうか。現実的に考えて不可能だ。ならば、発見したとされるのは前に死んでいたと考えるのが筋だろう。」
不可能や筋などと言いつつ、本当にそうなのか私自身分からない。しかし何かが私に自信を与えていた。それは探偵という肩書きか。いや、何となく感じ取っていたのかもしれない。客達から宮本祐子への憎悪の感情を。
「そんなもの実際に、やらなきゃ分からないじゃない」
そういう声がする方を見ると、あくまで冷静さを保つ巻清華がいた。
「あなたの推理は凌平の妖精説とそう変わらないわ」
凌平(りょうへい)というのは先程、妖精がやったんだろと叫んだ男の事だ。
「確かにな。私の言った推理は明確には程遠い。不完全な証拠だ。」
巻清華は何故か自分の意見が通ったのに残念そうな顔をした。
「ならば聞けばいい。妖精に。」
私がそう言うと。妖精が殺ったと叫んでいた男を含めて全員が困惑と嘲笑の目で私を見つめる。探偵が妖精にきけばいいという提案をしたことに私を含めてこの場にいる全員が滑稽だと思ったのだろう。私は見ていろと皆に言うと、徐に露天風呂の庭園に埋められてある塀近くの岩に登った。浅野は私を止めようと少し手を伸ばそうとしてやめる動作を何回か繰り返したが、静かに私の行動を見守ることに決めたようだった。塀を跨ぎ、外側にあるドラム缶の上に立つ。私はここにドラム缶がある事を説明する。
「この露天風呂の外側には水がいっぱいに入ったドラム缶がある。それは吉野曰く塀の補強用と、そして、水の妖精を降臨させるためのものだと。」
「はい、そのようにと吉野様がおっしゃいました。」
浅野が情報を補強する。
「しかし、実際には壁の補強もあっただろが、音を出すためだった。」
「音?あっ、忘れっ、吉野様が妖精の滝の音を再現して妖精を誘き出すと。」
浅野がそう情報を足す。
「そうか。吉野はそう言っていたか。そう、確かに妖精を出すには滝のような爆音が必要だったんだ。確か昨夜も妖精が現れたんだったな。」
私は妖精を目撃したという女性の方を見たが、彼女はただ私に猜疑の目を向けてくる。私は構わず1つのドラム缶を持ち上げ、露天風呂側に放り出した。ドラム缶に大量の水が入っていると説明したばかりなのに、軽々と持ち上げたことに皆が仰天したが、放り出されたドラム缶には蓋がついていて水が入らないようになっていることに皆気づいて、すぐに疑念の顔になった変容した。私はまた露天風呂側に降りようとした。浅野は先程は見守るだけだったが、今度は手を伸ばして私が降りるのを手伝った。放り出したドラム缶には側面に大きな穴が空いていた。
「妖精を出現させるには大きい音が必要だった。何故か。」
私はその大きな横穴から妖精を取り出した。
「それが、妖精?」
浅野が皆の思っている事を代弁した。私の手には、緑の蛍光色が塗られた小さいカメラ付きドローンがあった。さっきまで無言を貫いていた客や警察がそのドローンを見て驚きの声を出す。声を出さなかった者も口をぽかんと開けて呆然としている。
「これこそが旅館に現れるとされる水の妖精だ。」
最初は妖精はただの見間違いの産物だと思っていた。温泉の湯気にちょうど照明の光が当たり浮き出たものを妖精としたり、光に集まる虫を妖精と間違えたり、そんな陳腐なものだと思っていた。しかし、妖精は雨の日にしか現れないという。言い換えれば晴れや曇りの日には現れない、いやそれが妖精でないとバレてしまうから雨の日にしか現れないのだ。浅野と外に向かった時、ドラム缶内の水に雨がうちつけ非常にうるさかったことでピンと来た。雨でないとバレてしまうというのは妖精から、妖精が出してはならない音が出るからだった。ドローンの羽音は思ったより大きく小型でも静かな温泉で使えば、すぐにその機械音でバレてしまっただろう。吉野は妖精伝説を盾に女湯を盗撮していたのだ。ここに来る前に旅館のレビューで女ばかりが妖精をみたと言っていたのは吉野が女湯を盗撮するために妖精(ドローン)を利用していたからだった。
ドローンは各部屋や、エントランスに置くことは出来ない。それを回収する所を見られたら終わりだ。殺人現場駆け寄った時、浅野と外を見て回った時、謎のガンガンという金属音は壊れた雨樋なんかではなかった。空のドラム缶に雨が打ち付けられた音だったのだ。ドラム缶の水の管理を自ら行うのは従業員に空のドラム缶を見られるのを防ぐためだろう。
「吉野はずっと恐怖に満ちていた。きっとこのドローンに何かが写っているはずだ。」
私はそういい、警察にドローンを託し推理を終えた。
その後、私たちは近くの警察署で事情聴取を受けた。しかし先にドローンの映像を見ていたのだろう。私はすぐに解放された。警察署を出るところで私は一人の警察官に呼び止められドローン内の映像の内容を聞かされた。本当はあまりそういうことはよくないと思ったので、私は推理する体でドローン内の映像を言い、それを答え合わせする形で警察が内容を教えてくれた。以下はその内容だ。
映像は吉野が外でドローンの電源を入れたところから始まった。私のドローンはドラム缶に入れられていたという推理は半分正解だった。恐らくエントランス裏に吉野の個人部屋があったらしく、そこのベランダからドローンを飛ばしていたらしい。よく考えると、ドラム缶に常に入っていたというのはおかしい。ドローンは手馴れた様子ですぐに女湯付近に近づき撮影を始める。撮影後は塀のドラム缶の横穴に隠して、次の日、取りに行く予定だったらしい。これは憶測だが、自分の部屋に盗撮したドローンが飛んで戻ってくることになにか抵抗があったのだと思われるここからは私のメモと照らし合わしていく。
女湯にて
19:30 ABCD 入室
19:50 EF 入室
タオルに隠して包丁を持ち込む
20:00 西和の見回り(特に異常なし)
20:05西和がいなくなったの確認してBCDEF五人で協力してAを殺害
三人でAを水に沈めながら一人が背中から包丁を刺しこむ 一人は監視役で従業員が来ないか監視
すぐにBCDは体を洗う
EFは死体をさらに滅多刺しする
20:20 BCD 退出
20:20 GHIJ 入室(BCDと女湯内ですれ違う)
GHIJは死体を横目にしながら平然と温泉に入る
妖精と思しき光を塀の外に発見
発見と同時にドローンはすぐに降下し、ドラム缶内に移動
20:35 EF 退出
20:40 GHIJ 退出
この間に殺害?これは誤り
20:45 KL 入室(GHIJと女湯前ですれ違う)
Aの死体を発見
20:50 従業員も死体を確認
20:55 私も死体を確認
警察官曰くその映像は見るに耐えないほど悍ましく。まさに地獄の悪魔のようだったという。きっとこの警察官は私に真相を教えたかったというより、映像の悲惨さを人に伝えて楽になりたかったようだった。最後に私に謝罪をして、どこかに行ってしまった。
今回の殺人事件でイレギュラーだったのはわたしの存在。今回、旅館で十室中三部屋がキャンセルされていたのは、犯行に及んだ女性達が過剰に予約をとって他に人が予約できないようにしたためだろう。しかし予約の続行は電話のみでしかできず、そこは躊躇ったようだ。電話だと自分たちの声がバレて事件の真相が明るみに出てしまう事を恐れたのだろう。そうして当日に予約が入らない事に高を括っていた。だから、当日、売店で私を見た女二人は困惑した。自分たちの他に客がいたから。しかし、すぐに安堵した。それは私が一人で、そして男だったからだ。殺害現場は女湯。私がいたところで事件になんの影響も与えられないと思ったのだろう。
私は玄関に向かって警察署の廊下を歩いていると、警察に連れて行かれている巻清華を見つけた。私は連れている警察官に少し時間をくれるよう言い、巻清華と話をした。
「あの手紙、君が出したんだろう。」
「なんで?」
「なんで?か。普通、こんなこと聞かれたら、手紙って?とかなんの話?と聞くのが筋だろう。」
「ふふ、そうね。」
事件当初から、なんとなく私は手紙の依頼主が巻清華だと気づいていた。私が最初に彼女に話を聞いた時、去り際に彼女は私に向かって『あの、絶対犯人、見つけてください。』と言った。もちろん私が事情なんて聞こうとするから、そう言ったのかもしれないが、知らない奴にそんな事を言う者はいない。私が探偵だと知る彼女を除いて。
「あの手紙には妖精"たち"と書いてあった。あれは自分たちのことだったのか。」
「私たちが妖精にみえる?」
「妖精なんていない」
「ふふ、そうね。でも、悪魔はいたでしょ。」
「いや、悪魔もこの世にはいない。この事件は
お前たち人間が起こしたことだ。」
「そう、信じないのね。でも、今回、私たちの計画がバレちゃったのは雨だったからよ。雨の日じゃなきゃ、妖精は出なかったもの。ね。妖精探偵。」
そう言う彼女は笑いながらも穏やかな目をしていた気がした。そろそろと警察官が言い、彼女はどこかへ連れて行かれた。彼女が手紙を出したのは、この事件がバレて欲しかったからか。しかし、本当に雨でなかったら、この事件は、そのまま闇に葬られていたかもしれない。そう思うと、私はなんともやるせない気分になった。
後日、ニュースで陽成旅館の山の下で吉野斎峉が遺体で発見されたと報道されていた。山の斜面から滑り落ちたらしい。
同時に旅館内で起きた集団リンチ殺人事件として宮本祐子殺害事件が大々的にニュースで報道された。動機はサークル内の浮気だったと。ネットでは妖精旅館になぞって「アンシーリー・コート事件」と呼ばれた。アンシーリー・コートとはスコットランドにおける悪い妖精のことで、この事件は悪い妖精が人の気を狂わせて殺人にまだ及ぼしたと、そんな陰謀論が囁かれるようになった。私が妖精ではなく人間が齎した最悪な事件だと証明したかったはずのその事件は瞬く間にネットの中で妖精事件と変貌した。
巻清華が私のことを妖精探偵と呼称したのを思い出す。いくら私がこの世の超常現象を偽であると証明しても、人はその偽を面白がり、欲する。私は人一人の命が失われたこの事件を、簡単に妖精の所為にしてしまう人間達の方こそが地獄の悪魔よりも悪魔らしいと思った。巻清華が言った『悪魔はいたでしょ』という問いかけ。それは真実か。
アンシーリー・コート 六角 @Benz_mushi
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