妖精駆除、承ります
那智 風太郎
Fairy Capture
仕事を終えてアパートに帰ると郵便受けからチラシが突き出していた。無造作に抜き取って部屋に入り、見るとその薄っぺらな A4 紙片の上端にはデカデカとしたゴシック文字でこう記されている。
『妖精駆除、承ります』
俺はもう少し気の利いた文句はなかったものかと鼻白みながらも冒頭部分を読む。
『妖精の駆除は安心と信頼の当社におまかせください』
中段には写真と実例付きでこう。
『妖精催眠スプレー(※ 特許出願中)など我が社で独自に開発した対妖精アイテムにより速やかに奴らを一網打尽、捕獲駆除いたします』
末尾には締めの一文が置かれている。
『妖精を一匹でも見かけたら御用心。あなたの人生を台無しにしてしまう前にぜひともご相談ください』
株式会社 フェアリーキャプチャー
その文面に俺は何度か頷き、そして頭上で音もなく羽ばたく彼らに苦々しい目線を向けた。
人生を台無しにしてしまう……か。
なるほど、違いない。自分ほどそのことを身をもって知っている者などそうはいないだろう。
「しかし驚いたな。帰り道でまさか二匹も着いてくるとは思わなかった。ちょっと聞かせて欲しいもんだ、いったい俺のどこがそんなに気に入ったのか」
すると彼女たちはふわふわと周りを飛びながら、顔を見合わせてくすくすと笑いあう。
「えー、だってえ、なんかあ、お兄さんすっごく居心地がいいってゆーかー」
「そうそう、そこはかとなくいい感じがするってゆーかー」
そんなギャルのような言葉遣いではしゃいでいる妖精たちを見つめて俺は小刻みに頷いた。
数年前のある日のこと、前触れもなく空から突然、トリの降臨……いや、もとい妖精の大群が舞い降りてきた。当然ながら国中がパニックになった。童話やアニメの中にしか存在しないはずの羽が生えたミニチュアの女性がそこらじゅうを小鳥のように飛び回るのだ。驚くなという方が無理である。しかも妖精たちは人間たちに纏いつき、まるでキャッチセールスよろしく言葉巧みに自分をそばに付帯できるように契約して欲しいと嘆願したのだ。
無論、当初は大多数の者がそれを拒んだ。
気味が悪い。
何か良くないことが起こるのではないか。
どこかの国の陰謀か。はたまた宇宙人侵略の序章か。
そう警戒して大半の者は妖精を気味悪がって遠去けた。しかしながらなかには妖精と契約を交わし、そばに侍らせることを承諾する人たちもやはりいた。
―――― 妖精といるとすごく穏やかでリラックスした気持ちになれる。
その彼らが口をそろえてそんな風に語り始めたので少しずつ人々の心証が解れ始めた。そして数人の学者が妖精によって振り撒かれる光の粉が幸せホルモンを分泌させる効果を持つことを突き止めると状況は一気に変わった。
やがて人々はこぞって妖精と契約を交わすようにになった。
誰もがおしゃれ感覚で、あるいはそれが他人との格差を象徴するステータスであるかのように見栄えの良い個体を探し求め、それをマイ妖精として身につけることがトレンドになった。かくして国民の多くが常に幸せな気分で満たされることとなり、そして一年ほどは平和な日々が続いた。
「でもおまえらさあ、この国を破滅に追い込んでおいて罪悪感とかないわけ」
俺はそう尋ねつつ冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プルタブを引く。
「えー、罪悪感? なにそれって感じぃ」
「ねー、私たち、みんなを幸せにしてあげただけだしぃ」
蓮っ葉なその返答に少しだけやるせない思いを抱いた俺は顔を顰めてビールを喉に流し込んだ。
まさしくその通りだった。
彼女たちに悪気などこれっぽっちもない。
けれど幸せホルモンに満たされ続けた人々は徐々に労働意欲を失い、自堕落な生活を送り始めた。そしてそれが破滅へのプロローグであることに人々が気がついた時にはもう遅かった。
人手を失った零細中小企業は瞬く間に潰れ、その煽りもあってすぐに大企業の経営も破綻した。国家のGNPは急降下し、なんらかの対策を打ち出そうにもその頃には国政自体も立ち行かない無政府状態となっており、速やかにこの国は壊滅に至った。
そうなるともはや海外へ援助を要請するほか講じられる手段はなかった。いくつかの国から大規模な軍事、医療、物資などの支援を受け、事態が鎮静化するのに概ね一年を費やした。結果、妖精のほとんどは駆除されたものの、妖精を取り除かれた者は禁断症状に苦しみ、億を超える人間が廃人と成り果ててしまった。
現在、その生ける屍と化した人たちは各地に設けられたシェルターに収納され、パニックを避けるため定期的に脳内麻薬を投与されながら、それぞれの寿命が尽きるのをただ待っている。そういう状況であり、まともに生き残っている国民はもはや元の百分のいちほどしかいない。
俺もそのうちの一人である。
「実際、俺もおまえたちのせいでけっこう大変な目にあったんだよな」
「どういうことー、ぜんぜん分かんないんですけどお」
「ホント、ホント、それマジ分かんなあい。ていうか、お兄さん早く契約してよお。一緒にいい夢見ようよぉ」
妖精たちの甘ったるい声に苛つき思わず口調が荒くなってしまう。
「やかましいッ! 俺はこう見えて、ある医薬品会社の研究員だったんだ。そこでストレスを和らげる薬を開発して、安全性を確かめてようやく承認まで漕ぎ着けたところで妖精の大群が空から舞い降りて来たんだよ。つまりおまえらのせいで薬の販売はたち消えてしまったのさ。それまでの努力が全て水の泡だ。俺は功績を認められて課長に昇進することが決まっていたけどそれもパー。おまけに会社まで潰れて、おかげで今は雀の涙ほどの生活保護で暮らさなきゃならない身だ。え、どうしてくれるんだよ。責任取れよ」
突如沸騰した俺の剣幕に妖精たちは顔を見合わせ、白々しく肩をすくめてみせた。
「えー、そんなこと言われてもー」
「ねー、言われてもねー」
その態度に俺は大きな舌打ちを鳴らして、再び喉にビールを流し込む。とはいえそもそも妖精たちにそんな話をしたところで不毛であることは重々承知している。俺はポキポキと首を鳴らしてなんとか気持ちを落ち着かせた。
「まあ、いいさ。そんな俺にもまた運がめぐってきたみたいだからな」
「ふうん、そうなんだあ。良かったねえ。じゃあ契約しよ、契約」
「でもさあ、ひとつ聞いていい? ちょっと不思議なんだけどお兄さんはどうしてあのとき私たち妖精と契約しなかったの?」
妖精の一匹がそう尋ねたので、俺は誇らしげにニヤついた。
「ふふ、いい質問だ。教えてやろう。実はおまえたち妖精は俺たちが開発していた薬の安全性試験の過程で行った動物実験で偶然産み出された突然変異体なんだよ。で、それを関係省庁に報告したら数人の役人が秘匿事項にして極秘裏に軍事利用を企てたんだ。そして離島の工場で大量繁殖培養に成功したところまでは良かったが、そこにいたバカな研究員の一人がとち狂って『あの
さすがに驚いたのか、妖精は目を丸くして黙っている。
俺はその様子にほくそ笑み、続きを話してやった。
「しかし最近、某国の工作員から秘密裏に打診があってな。なんでも妖精の鱗粉を人工的に生成して隣国に侵略するための兵器にする計画があるらしくて、そのための実験材料として生きた妖精が大量に必要なんだとさ。それで、もと研究員の俺に白羽の矢が当たったというわけだ」
俺は呆気に取られている妖精たちを横目に缶ビールを飲み干した。
「この仕事には途方もない額の報酬が約束されていてな。そこで俺は生き残っている研究員を集めて妖精駆除会社を設立したんだ。ちなみにこのチラシは広報班が作ったものだ。ちょっと文面は硬いがまあいいだろう。これで効率的におまえたち妖精を見つけることができる。あ、そうそう、それからおまえたちが俺に着いてきたのは妖精を惹きつける特別な香水を使っているせいさ。妖精の数もめっきり減ってしまった今ではこれも重要なアイテムだ。さ、もういいだろう。おとなしく捕まってくれ」
俺はおもむろにテーブルの下から妖精催眠スプレーを取り出し、笑いながら妖精に吹きつけた。
<了>
妖精駆除、承ります 那智 風太郎 @edage1999
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