妖精が産まれるまで
小春凪なな
変容する幻想の森で
世界のとある場所にある“森”は植物から生物までが刻々と変化する。
新芽は朝日と共に成長を始め、陽が頂点に達した時に大木となり、陽が沈むと枯れ果てた。
産声を上げたネズミ達は同じ腹から産まれたのにもかかわらず体の大きさも体毛の色も違う。
鹿を狩った筈の狼の群れは次の瞬間には瞳より小さい虫一匹に壊滅した。
そんな森に淡い光の魂がフヨフヨと漂っていた。
何十も漂っている光の魂は風に流されることはなく、意志があるようにそれぞれが別の方向に行く。
その光の魂の1つは漂った先にあるキノコの上に乗るとポヨンと跳ねた。その刺激に反応したキノコはキラキラした胞子を撒き散らした。不運にも近くで食事中だった熊は目をグリンッと回すと倒れる。他にもキノコの近くにいた生物は一様に倒れた。
だが光の魂は舞う胞子の中でクルクルと舞う。
光の魂がひとしきり遊び終えた頃には倒れていた生物は起き上がり、キノコを守るように警戒していた。その瞳にはキノコが生え、だらしなく涎を垂らしていた。
だが既に光の魂は近くに成っていた果実に夢中になっていた。
しなだれた枝に細かく固い外皮に覆われた果実はぶつかると音をたてる。その音で鳥などを呼び寄せるのだが、光の魂が好き勝手に果実の間を通っているのでシャラシャラと上品に鳴っていた音はガチャガチャと不規則に鳴る。
だがそれは暫くして終わる。光の魂が飽きたのだ。
光の魂は地面に生えた花に興味が移っていた。花は瞬く間に種から蕾へ成長し花開き枯れる。刹那だけ開かれた花の花弁は宝石のような赤だった。
妖しくも美しい森に住むモノは光の魂の興味を惹き付けて止まない。
吠えることで雷を落とせるオオカミと黒く鋭いトゲの殻に覆われたカタツムリの戦い。
昼間に貯めた光で夜に葉を光らせる樹に寄せられた哀れな生物の命を吸い取るチョウチョ。
桃色の毛をした大きなサルは赤く輝く瞳に光の魂を写し近付いた光の魂を気紛れに摘まむ。
そうして幾日もの間、太陽が昇り沈む。
「フンフーン♪フンフフーン♪」
ある日、光の魂は聞き慣れない音が聞こえて好奇心のままに音が聞こえる場所まで近付いた。
ギリギリ森の中と言える場所で音の発生源はプチプチと草を折っては籠に入れていく。
初めて見る生物に光の魂の好奇心はそそられた。葉の影から今にも飛び出さんばかりに光の魂は見ている。
それでも飛び出さないのはサルのような存在がいると知っているのと、サルに見た目が近しいからだった。
やがてソレ、は光の魂の側に来た。その瞳に映るのは木の実ばかりで光の魂は見えてないようだ。
それが分かった途端に光の魂は葉の影から飛び出してクルクルと回る。
始めて見た生物だ。二足歩行だが森の中では少ないがある程度はいる。茶色の毛は頭だけ長く、体の部分は色が違う赤っぽい毛に覆われている上に頭の毛よりも随分短毛だ。しかもヒラヒラしている。光の魂は見られていないことをいいことにヒラヒラで遊ぶ。
「んー?風かなぁ?」
光の魂が見えないソレ、は首を傾げたが光の魂が見えないので理由が分からず不思議そうに森の外へ出ていった。
暫く森の外周をフヨフヨしていると、ソレと似たような生物が多く森の内に入っては出ていく。
どうやらソレ等はニンゲンで森の外にクニという群れで住んでいるらしかった。
物作りが得意で短毛だと思っていたのはフク。足にはクツを履いて他にも鉱石を何でも切れるナイフに作り変えたり出来るようだ。よく森に落ちているカバンやローブ等はニンゲンが作った物だったらしい。
ニンゲンのクニや物を作る光景に興味はあるが、それよりも森の植物が生物の方が興味があった。だが他の光の魂は気になるらしく数体がニンゲンの荷物に隠れる等して外に出ていった。
ニンゲンについて興味が薄れてきた光の魂はまた興味の赴くままに森をさ迷っているとご機嫌な雰囲気を感じた。
〈~~♪〉
近くに行くとそこには同族の光の魂がルンルンと甘い香りがする花の回りをクルクルと回っていた。
甘い香りの花がお気に入りらしく光の魂ならとっくのとうに飽きている時間でも離れない。やがて光の魂のカタチが崩れていく。いや、光の魂は甘い香りの花と同化している。
光の魂は心底嬉しそうに、完全に同化した。
その現象は度々見られた。
ある光の魂は日の光を浴びている新芽に、ある光の魂は透き通った泉に、ある光の魂は氷操りし気高きキツネに、誰もが嬉しそうに同化していた。
何度も見て光の魂は同化がなんなのか理解してきた。
同化は好きなモノに成ること。気に入ったモノの存在しているチカラで自分を新たにすること。
最初に同化を見た甘い香りの花と同化した光の魂の下へ行ったがそこには甘い香りを纏ったハナがあった。前よりも香しく、見た目も変わっていた。
そして同化していく同族は日に日に増えている。
理由は単純で光の魂のままでいられる日数の終わりが近付いて来ているからだった。
同化せずにいれば力尽きて消えていくだろう。その前に気に入ったモノと同化しなければいけない。
それは解っているのだが中々上手くいかなかった。光の魂は好奇心旺盛。言い換えれば気紛れなのだ。一瞬前まで気に入っていた果実も、新しい花を見付けてお気に入りではなくなる。それで見付けた花は月下を掛けるウサギを見付けてこれまたお気に入りではなくなった。
そうして気の向くままに移動していく内に同化するモノ探しも忘れて、思い出してまたお気に入りを探す。
そんな日々を幾度かの太陽と月が眺め、白く輝く満月の夜。
湖面で水を飲んでいた優雅な角のある白馬を見つけた。美しいその白馬に光の魂は近付いた。これまでの経験で光の魂が見えるのはサルのような生物だけだと思っていたからだ。だから喧しい程にクルクルクルクル角の白馬の顔付近を飛んでいたのだが、白馬はイライラして首を振ると嘶いて追いかけた。
最初こそ驚いた光の魂だがすぐに楽しみはじめた。だが角の白馬はずっとずーっと追い掛けて来る。光の魂が飽きても追い掛ける。止まらないのは止まれないからだ。止まれば光の魂はあの角に貫かれるか、噛み砕かれるか、脚に吹き飛ばされるか、終わりの日を待たずに終わってしまう。
急いで逃げ続けるが光の魂と角の白馬の距離は段々と縮まっていく。それは角の白馬が速いからか、光の魂の終わりが近付いてチカラが弱まっているからか。
遂に追い付かれた光の魂は角の白馬が振り上げた脚に踏み潰され──────
『立ち去れユニコーンよ。罪なき命を摘み取るのは純潔たるお前らしくない』
不思議な声が光の魂を踏み潰そうとした角の白馬は諌めた。角の白馬は不満気であったが去って行った。
光の魂は恐怖でブルブル震えるが、同時に助けてくれた存在に感謝した。
『おや、随分感情豊かなヤツもいたものだ』
感謝でピカ一ッと発光している光の魂を目を細めて見たその存在は星空のような羽に蒼き月のような瞳をしたフクロウだった。
『…成る程、お前さんは何に成るのか迷っているのか』
角の白馬の気が変わらない内に離れようとフクロウの寝床まで案内された光の魂は、同化のことを思い出して少しモヤモヤする。それに気が付いたフクロウは光の魂の意思を読んでこれまでの過去を知った。
『私が言える事は少ないがね、私もお前さんの仲間ではあるんだよ。昔、昔に弱っていた私にお前さんの仲間が入ってワタシに成った。おかげで賢くなって生き残れて、お前さんを助けられたんだよ』
柔らかく見詰めていたフクロウはキリッとすると光の魂へ言葉を授ける。
『終わりのギリギリまで探すと良い。お前さんが探し求めているモノを、この変容する幻想の森で』
フクロウの蒼き月の瞳は
フクロウと別れた光の魂はまたお気に入り探しをする。結局やることは変わらないが光の魂はやる気満々だ。
今まで見たお気に入りを思い出して今、見えている景色でそれら全てを超えるモノがないかと探す。時には過去に興味をそそられたモノと再開する時もあった。
広大だろう森で唯一を見付けるのは難しい。それでも光の魂は隅から隅まで見て見付け出すつもりだった。
・・・つもりだったのだ。
ドガーーーン!!
黒い小石は大きな衝撃を受けて爆発を起こした。その爆発は石ごとに色が違い、空中に一瞬だけ花を咲かせた。
光の魂はその光景を特等席から見て満足した。フクロウの言葉など忘れ去っていた。
光の魂の性格は気紛れ。真面目に行動することが長くは続かない。代わりにいつでも真剣ではあるが。
それでも興味と好奇心が一瞬無い空白の時に思い出しはする。そうして考えて、目に入った次の好奇心の向いた先に向かってしまう。
何度繰り返しても、光の魂の性格が故に治らないし注意する誰かがいないので治る見込みも無い。
因みに今、光の魂は頬をパンパンして木々を飛び回るリスを追うのに夢中だ。リスは暫くして木から降りると土を掘って頬に詰めた木の実を埋めた。そしてまた木に登ると何処かへ走って行った。
リスが去る頃には光の魂は近くにあった洞窟に興味津々だった。
暗くて見えないが何処まで続いていて終着には何かあるのかと気になって、光の魂は洞窟へ飛び込む。
光の魂は光っているが暗がりを照らす光とは違うので洞窟は真っ暗のままだが光の魂は暗くても視ることに困りはしない。
大して深くなかった洞窟だが、ガッカリ感はなかった。何故なら光の魂の目の前には大量の金銀財宝が山のように置かれているからだ。
宝の主は不在のようだが、光の魂にそんなことは関係ない。金に色とりどりの宝石が嵌められた王冠に、拳大の宝石が使われたネックレス、他にも剣や杯など光の魂の興味は尽きない。
だから後ろで唸り声を上げている光の魂を瞳に映した黄金のドラゴンに光の魂は気が付かなかった。
程なくして洞窟にドラゴンの咆哮が響いた。
命からがら逃げ切った光の魂は考える。
あの黄金のドラゴンの鱗、綺麗だったなぁと。
それはそれとして、他の光の魂は花や生物1つと同化していた。リスやドラゴンのようにいっぱい色々集めたりしての同化はなかった。
光の魂は思う。どうせ同化するのならば、自分が好きなモノを全て集めて同化したいと。
出来ないかもしれないが、それはそれで諦めがつくだろう。
かくして光の魂の好きなモノ集めが始まった。
光の魂がこれまで気に入ったモノを探し出すところからだが、コレが大変だった。この森は1日で姿を変える。光の魂の記憶が役に立つようなことは皆無だった。
それでも光の魂は好きなモノを見付けてはあのリスのように持って行って、あの黄金のドラゴンのように溜め込んだ。場所は景色が気に入った崖の途中にある樹の洞の中だ。せっかくだから場所もお気に入りにしたのだ。
集めるとなると以外と『これは違う』と思うモノが多く、洞に入りきると思えなかったお気に入りは案外収まっている。
光を反射する透明な樹の枝。ニンゲンが作った小さなニンゲンのカタチの物。前に見たキラキラの胞子を撒き散らすキノコの幼体にシャラシャラと鳴る果実。
刹那だけ花開く赤い花は太陽が何度も昇っては沈みを繰り返してやっと見付け、花びらを採った。当然枯れてしまったが採った花びらは不思議と花開いた時のままだった。
あのフクロウも探し出して羽を1枚貰った。本当は瞳が欲しいと思ったけれど『瞳はさすがに無理だね』と言われてしまった。
『そんな面白いことを思い付くとは………ククッ無事に成れたらまたおいで。楽しみに待っているよ』
それでも快くくれたので探すのにやっぱり時間が掛かった事が報われた。
そして気に入ったモノを洞に持って行く。中には果実や動物の毛皮、貝殻に色とりどりの原石等、多種多様な物が集まり遂に最後の1つになった。
黄金のドラゴンの鱗だ。
太陽のように明るく、黄金のように輝いているあの鱗の欠片でも欲しい。その一心で光の魂は黄金のドラゴンへ立ち向かうことに決めた。
「グルルルッ………」
黄金の翼、黄金の瞳、黄金の鱗。全てが黄金の財宝集めし強欲竜は前に己の財宝に手を出した光の魂が洞窟の前にいることに強い不快感を感じた。
幸いにも盗られた財宝はなかったが次は盗られるかもしれない。不安から黄金のドラゴンは洞窟の前を陣取る光の魂へ近付く。
「ガアァァァーー!」
そのまま尾での薙ぎ払いをしようとしたが黄金のドラゴンの歩みは岩をも砕く。その衝撃は足下にある黒い小石が爆発するのに充分だった。
小石は衝撃によって突如爆発して色とりどりの閃光がドラゴンの瞳を彩り、予期していなかったドラゴンは瞳を閉じた。
それでも尾が届く範囲にいた筈だと光の魂がいた場所に向かって土を巻き込んで回転する。その衝撃で更に小石が爆発したが関係ないと鱗が砕けた感覚がするまで暴れた。
小石が粗方爆発し終えて黄金のドラゴンの瞳が落ち着いた頃、瞳を開けた黄金のドラゴンの前には荒れ果てた森と崩れた洞窟があるだけで光の魂は何処にも見当たらなかった。
小石の爆発で砕けた鱗を拾い、光の魂はとっくのとうに荒れ狂う黄金のドラゴンから逃げていた。そしてそのまま一直線に崖の途中にある樹の洞へ飛び込んだ。
探し物は全て集まった。
洞の中に置かれた選りすぐりのお気に入りたちに黄金のドラゴンの鱗も加えて安心した光の魂はグラリとチカラが抜けた。ここ暫く忙しくしていたことと、元々終わりが近かったことから光の魂の輝きが、命そのものの輝きがチカチカと弱まる。
だが光の魂は命が消え去りかけている苦しさを感じつつも満たされていた。
樹の洞の中には光の魂がこれまで見た全てが詰まっている。全てがある。
それを見れただけでも光の魂は満足だった。
ゆっくり、瞼を閉じるように光の魂の意識は暗転していく。
心の中にはキラキラした思い出たちがいて、お気に入りのモノを必死に集めきった満足感があって、また、まだ、お気に入りを好きをいっぱい見付けたいと、思った。
“森”は毎日変わる。
朝日と共に飛び立った緋色の鳥は夕暮れに沈み、また朝日と共に現れる。
水中を泳ぐ魚は滝を昇り、空を駆ける龍へ成る。
太陽は気紛れに沈む一時だけ緑に染め上げ、夜は星空を隠すようにオーロラを出現させる。
そんな森で新たな存在が産まれた。
ソレは命そのものだったが命そのものであった故にそのままでは長く生きられなかった。安定の為に存在しているモノと同化する必要があり、同族が次々と同化していく中、1つに決めきれず全てと同化することに決めた。
気紛れでいて好奇心で動き、1度決めたことには真っ直ぐに突き進む。
短く長い眠りから目覚めたソレは、光の魂ではなくなっていた。
姿はニンゲンのカタチ、髪は輝く黄金色、瞳は蒼き月の色、服は刹那だけ花開いた赤。体からキラキラと粉が舞い落ち、背中から伸びた透明の枝にシャラシャラと赤、橙、黄、緑、青、紫の実がぶつかって音を立てる。
〈わぁ!すごーい!〉
キャッキャッと自分の変化した姿を洞の中にある銀色の魚の鱗で確認して喜んでいる。洞の中は発光する苔が上に生え、触れる物を眠りに誘うヒツジの布団、日ごとに柄を変えるキノコのテーブル、植物を操るシカの角のイス、1つずつ色が違う貝殻で作られた棚にはお気に入りが並べられている。
光の魂からの変化に巻き込まれて、洞を含めた樹も変化していた。洞は樹の大きさではあり得ない程に大きく、よりお気に入りが入るように。樹はこの森であってもいつでも主人が帰って来られるように印を着けた。
絶対に帰って来れると分かるから喜びのまま、家から飛び出した。
淡い光を纏い、キラキラと星屑を落とすように飛ぶ。今までよりも自由に、より遠くまで。
これからもきっと新しいお気に入りが沢山見付かるだろう。そしてあの崖の樹まで持って行って洞の中に入れるのだ。
気紛れで好奇心旺盛なソレはこれからを想像してニパーッと笑い、クルクルと回転しながら飛んでお気に入りを詰め込んだ家へ帰る。
─────これは1体の妖精が産まれるまでの物語。
妖精が産まれるまで 小春凪なな @koharunagi72
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