妖精の手招き

メランコリック

妖精の手招き

 澄んだ美しさを求める者にはしばしば凶悪な呪いがかけられる。即ち半死である。


 あまりに威張り散らし過ぎたお天道様は、上空から地底にいたる世間の人々から呆れられてしまい、流石に気まずさを覚えたため帳の後ろに隠れてしまった。そんな時期である。

 私はまるで恋でもしているかのような見せかけの深刻さを纏い、露骨な安いため息をついていた。いや実際、恋していると言っても良いだろう。どうも片思いの相手に手玉に取られ、間の抜けた一人相撲を演じているようなのだ。しばしば遠い視線の端で質の悪い妖精らしきものが手招きしてくるのである。

 先日なぞはすっかり手招きにのぼせきり、牽引ロープを抱え勇んで山に入った挙句、首周りに薄い円を描きトボトボと下山したのだ。縊首の跡はかえって呼吸への執念を主張するばかりで私はただただ泣きたい気持ちであった。辿りたくもない帰路を照らす明星は嘲笑っているようにさえ思えたのだった。

 いつ頃から蠱惑的な妖精に手招きをされているのかは覚えていない。ここ一年程、勉強だの進路だのから逃亡していた弱みに付け込まれたような気もするし、幼少期から少しずつ居場所を切り取られていたような気もする。ともかく、ここ最近は時雨に打たれて俯くと水溜りから手招きをされ、木枯らしに吹かれて枯れ枝を見上げるとまた手招きをされるといった具合なのである。自然物の感傷に宿る妖精なのかもしれない。そういう風な信仰もあった気がする。

 かくして、ため息をついている。眼前には灰色の海。晩秋の空気をそのまま抽出したような色だなぁなどと呑気に思考し終えた時には既に例の手招きをされていた。あの手を取って深海まで溺れてゆこうと私はフラフラと歩いていたが波打ち際を少し進んだ所で立ち止まった。海面に映る、美しい妖精の手招きと自分の酷くやさぐれた姿を並べてしまったからである。「月とスッポン」などという言葉が浮かんでしまいとても感傷に身投げする気分ではなくなってしまったのだ。私は「つまらないなぁ」と思い海岸の方へ引き返すと妖精の手招きは見えなくなっていた。とうとう愛想を尽かされたのかもしれない。

 私は黙りこくる月を睨みながら彷徨うしかなかった。

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