第21話 部室のカオス
久しぶりに足を踏み入れた鳴瀬高校の校内は、ゴールデンウィーク中とはいえ、部活動や講習・補習に向かう生徒たちの声が響き、良くも悪くも「日常」の空気に満ちていた。寺の静謐で張り詰めた空気とはまるで違う。だが、その「日常」は、今の俺にとって、どこか遠い世界の出来事のようにも感じられた。俺が昨日までいた場所とは、決定的に何かが違ってしまっている。右目の奥の鈍い痛みと、それを隠すための眼帯が、その事実を突きつけてくるようだった。
特別棟の廊下を歩いていると、前方から二人の生徒がこちらに向かってくるのが見えた。見慣れた顔だ。オカルト部の数少ない(伊織と佐伯、そして俺と玲奈を除けば)部員である、森田と宮田だった。
「おー! 部長! 大和もおるやんけ!」
短髪でガタイのいい森田が、太陽みたいに明るい声で手を振ってくる。隣では、眼鏡をかけた細身の宮田がぺこりと頭を下げた。こいつらは連休中でも律儀に部室に来ているらしい。
「おう、森田、宮田! 来てたか!」伊織が応じる。
だが、森田の視線はすぐに俺の右目に固定された。
「えっ!? 大和、その眼帯どないしたん!? 誰かとやりもうたんか!?」
目を丸くして、遠慮なくズカズカと聞いてくるあたりが森田らしい。宮田も心配そうにこちらを見て、「や、大和…その目、大丈夫か…?」と小声で尋ねてきた。
「ああ、いや…別に大したことじゃ…」
俺が適当に答えようとした瞬間、伊織がニヤリと笑って俺の肩を組んだ。
「フッフッフ…実はな、大和は昨晩、新たなる力に目覚めてな! その代償として右目に
「マジか!? カッコええやんけ!!」
森田が目を輝かせる。単純すぎるだろ、こいつ。
(いや、だから違うって! カッコよくもなんともねえよ!)
俺は内心で叫んだ。
「え、えっと…それは、どういうこと…?」宮田は完全に困惑顔だ。
「伊織君、適当なこと言わないで」玲奈がやれやれといった風に首を振った。
「そういうの、普通は中二病って言うんだよ。霧島君、目にゴミが入っただけだって言ってたでしょ?」
「むっ! 白崎は分かってないな! これはロマンだ!」伊織は反論するが、玲奈の冷静なツッコミに宮田も「あー…言われてみれば、確かに…厨二病っぽいかも…?」と少し納得しかけている。おい、流されるなよ。
「そ、そうなんか…」森田は少し残念そうだ。せっかくカッコいいと思ったのに、という顔をしている。
「…無理すんなよ、大和」宮田はまだ心配そうだった。こいつが一番まともかもしれない。
…伊織のせいで余計な混乱を招き、挙句に厨二病扱いまでされたが、なんとか誤魔化せた、か? 俺は内心でため息をつき、一行はオカルト部部室へと向かった。佐伯は相変わらず、この一連のやり取りを静かに見守っているだけだった。事情を知っているくせに、どこまでが演技でどこまでが本心なのか、こいつの考えは相変わらず読めない。
部室のドアを開けると、むわりとした埃と古紙の匂い、そして何かの薬品のような微かな異臭。カオスな空間は相変わらずだった。
「よし! やるぞ諸君! 新入生勧誘ポスター作成大作戦、開始だ!」
伊織は意気揚々と、どこからか引っ張り出してきた大きな画用紙とマジックペンをテーブルに広げた。森田は「っしゃあ!」と拳を握り、宮田は自分のノートPCを開いて何か検索を始めている。どうやら、勧誘に使えそうな都市伝説や陰謀論のネタを探しているらしい。役割分担はできているようだ。
「目標は、我が部の神秘性と探求心をアピールし、有望な新入部員をゲットすることだ! まずはキャッチコピーだな!」
そう言って、伊織は極太のマジックを手に取り、迷いなく紙に書き殴った。
『異世界との
「……」
俺と玲奈は無言で顔を見合わせる。佐伯は壁にもたれて静観。森田は「おおっ! なんかカッコええやん!」と目を輝かせている一方、宮田は「あ、あのさ…伊織、ちょっと表現が過激すぎるんじゃないか…?」とおずおずと指摘した。
「伊織君……それじゃ、ただの怪しい宗教の勧誘だよ……」
玲奈が冷静に、しかし呆れ気味にツッコむ。
「なにぃ!? これはロマンだろうが! じゃあ、こういうのはどうだ!」
伊織はめげずに、次なる画用紙に新たな文言を躊躇なく書きつけた。
『理由なき胸騒ぎ…それ、魂が《共鳴》したサインかも? 我々と真実を探求せよ!』
「だから、怖がらせてどうするのって言ってるでしょ…」
玲奈はこめかみを押さえた。
「次だ、つぎぃ!」
『部長が今日、光ってました(物理)』
「ありそうだけどキャッチコピーじゃない!」
『謎は、謎のままでいい。……って言ってた先輩、行方不明です』
「意味不明!」
『“見た”…それだけで、君はもう我々の仲間だ』
「ホラー映画の導入か何か!?」
『前世の記憶あります!って人、履歴書持参でどうぞ』
「どこに持ってくのそれ!? 誰が審査するの!?」
『都市伝説? 作ればいいじゃない』
「違う、そうじゃない!!」
『科学では証明できないことがある。証明しようともしないけど』
「オカルト部の活動全否定!?」
『今なら入部特典で“謎の声”つきます』
「要らない! 不要品を押しつけるな!」
伊織の暴走は止まらない。佐伯は沈黙を保ったまま眼を閉じている。宮田は若干引き気味で、森田だけが涙を浮かべて笑い転げていた。
「もっとこう…知的好奇心をくすぐるような……ミステリー研究とか、都市伝説の考察とか……」
「むぅ……白崎は現実的すぎる! オカルトはもっとこう、パッションなんだよ!」
伊織と玲奈の議論(主に伊織の暴走)が続く中、俺は窓の外を眺めていた。右目の鈍い痛みが、この平和な(?)部室の空気から俺を切り離す。
「パッションだけじゃ人は来ないって言ってるの! もう少し考えてよ!」
二人の言い合いは平行線だ。見かねたのか、PCに向かっていた宮田がおずおずと口を開いた。
「あ、あのさ…ちょっと調べてみたんだけど、ネットのオカルト系の掲示板とかだと、『禁断の知識』とか『世界の真実』みたいな、ちょっと秘密めいたワードの方が反応がいいみたいだよ? あと、『共鳴』っていう言葉も、意外と検索してる人が多い、かな…?」
「ほう! 宮田、良い分析だ! やはり『共鳴』はキーワードだな!」伊織が宮田の言葉に食いつく。
「せやけど部長、もっとドカンとインパクトあった方がええんちゃう? いっそデカデカと『呪』って書いとくとか!」
森田が物騒な提案をする。腕力には自信がありそうだが、思考回路はやはり単純だ。
「それじゃ誰も近寄らないでしょ!」玲奈がすかさずツッコミを入れる。
「うーん…じゃあ、宮田君の案を参考に、少しミステリアスな感じで…『あなたの知らない世界、覗いてみませんか?』みたいなのはどうかな?」玲奈が代替案を出す。
「おお、それも悪くないな!」伊織も少し乗り気になったようだ。
(…なんだかんだで、こいつらなりに真面目にやってるんだな)
俺は少しだけ感心しながら、彼らのやり取りを見ていた。その時、ふっと肩に重みを感じた。びくりとして横を見ると、いつの間にかフォラスが、例のツイードジャケットに蝶ネクタイ、丸眼鏡というインテリ悪魔スタイルで、俺の肩に肘をついてポスターを覗き込んでいた。もちろん、俺以外の誰にも見えていない。
「フム…」フォラスは顎に手を当て、真剣な表情で(あくまで見た目だけだが)議論を聞いている。「人間の好奇心というものは、実に扱いやすい感情だな。『禁断』『秘密』『真実』…悪魔が好んで使う餌だ」
(お前に言われたくねえよ)
「だが、惜しいな」フォラスはポスターに視線を戻し、続ける。「この文句を、処女の生き血で書けば、さらに呪術的な効果が高まり、真に素質のある者を引き寄せられるだろうに」
「……っ!」俺は思わず息を飲んだ。こいつ、またさらっととんでもないこと言いやがったぞ!
「大和? どないしたん?」森田が怪訝な顔で俺を見る。
「や、大和…? どうした、顔色悪いみたいだけど…」宮田も心配そうだ。
「…いや、なんでもない。ちょっと、眩暈が…」
俺は必死に誤魔化した。悪魔の悪趣味な提案にドン引きしているなんて、口が裂けても言えない。
「そうだ、ちょっと休憩しないか? 集中しすぎて疲れた」
「おお、そうだな! よし、休憩だ!」伊織が快く同意する。
玲奈が気を利かせて、部室の隅にある電気ポットでお茶を淹れてくれた。
「しかしアレやな、去年の新歓思い出すわー」森田が湯呑みを持ちながら言った。「部長が校門前で『我は宇宙と交信する!』とか叫んで、UFO呼ぼうとしたやつ!」
「あ、あれはな! あの日は太陽フレアの影響で宇宙からの受信感度が悪かっただけだ!」伊織が必死に弁解する。
「結局、警備員さんに怒られて終わったじゃない…」玲奈がやれやれとため息をつく。
「あの時の、伊織が持ってた謎のアンテナみたいなやつ、あれ結局何だったんだ?」宮田が尋ねる。
「フッ…あれこそ、我がオカルト部秘伝の
「いや、あれ、ただのテレビアンテナにアルミホイル巻いただけやったやんけ!」
森田の無慈悲なツッコミが入る。
部室にどっと笑いが起こった。俺も、思わず少し口元が緩む。こういう、馬鹿馬鹿しいけど平和な時間は、悪くない。
(…平和、か)
だが、その笑い声の中で、俺はフォラスの冷めた視線を感じていた。悪魔は、この人間たちのやり取りを、どういう思いで見ているのだろうか。
「でさ、ポスターはまあ良いとして、結局どうやって新入生に見てもらうんだ?」
休憩が終わり、俺が本題に戻す。
「決まっている!」
伊織が立ち上がった。
「校門前でのゲリラ降霊術パフォーマンスだ! 百聞は一見に如かず!」
「おお、オモロそうやん! 俺、盛り上げ役やったるで!」森田が早速乗り気だ。
「そ、それはさすがに学校に怒られるんじゃ…あと、本物が出たらどうするんだ…?こないだの鳴瀬神社みたいなのはごめんだぞ…」宮田が青い顔で言う。
「普通に、他の文化部みたいに部室紹介のビラを配るとか、体験入部とかにしましょうよ…ねえ、佐伯君もそう思うでしょ?」
玲奈が助けを求めるように、壁際で静かに茶を啜っていた佐伯に話を振った。
だが、伊織は玲奈の現実的な提案には耳を貸さず、さらに目を輝かせた。
「よし、じゃあこうしよう! 部室全体を“異界空間”っぽく飾り付けておいて、入ってきた新入生が突然消えたフリをするドッキリ! これでインパクトは間違いなしだ!」
「おお! なんかオモロそうやんけ! 消えたフリ、俺やったるで!」
森田が完全に面白がっている。
「伊織君!」玲奈が声を強める。ピシャリと場の空気が一瞬、止まった。
「そういう悪ふざけは本当に問題になるからやめてって言ってるでしょ! ダメ、絶対!」
(こいつ、懲りねえな…)俺は内心で頭を抱えた。
『フッ…』
俺の隣で、いつの間にかフォラスが肩をすくめていた。その丸眼鏡の奥の瞳は、どこか面白がっているように見える。
『人間とは愉快な生き物だな。“真実”(ホンモノ)を恐れるくせに、“面白そう”という刹那的な感情には抗えないらしい』
(どっちの感情で俺たちを見てんだよ…面白がってるだけだろ、どうせ)俺は内心で毒づいた。こいつの皮肉は、妙に核心を突いてくるから厄介だ。
そんな騒ぎの中、玲奈に話を振られていた佐伯が、ようやくゆっくりと顔を上げた。その瞳は、相変わらず何を考えているのか読めない。
「…どちらでも良い」彼は静かに言った。「呼び水は多い方がいい。どんな形であれ、来る者の中には、俺達が必要とする『何か』を持つ者がいるかもしれない。…例えば、強い『共鳴』の資質を持つ者、とか…」
『ほう、あの坊主、なかなか鋭いではないか。あるいは、既に“視て”いるのか?』
俺の耳元で、フォラスが囁いた。
俺はフォラスの言葉に内心で動揺しつつも、表情には出さないように努めた。佐伯の真意はどこにあるのか。そして、フォラスは何を知っているのか。
このカオスな部室の中、見えない糸が複雑に絡み合っているのを感じながら、俺は淹れてもらった温い茶をすすった。右目の痛みが、また少し強くなった気がした。
ソロモンの虚環 万里一九 @s_kobayashi
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