第49話 独白

 僕は孤独から抜け出したくて迷子になっていた。

 こんな簡単なことに60年もかけて気づくなんて、とんだ馬鹿野郎だ。


 でも、良い人生だ。

 これに気づけたということは、”独りじゃない”ということだ。



 今は全てが穏やかだ。

 僕が朝早く野菜を取ってきてナイフを研いでいたら、山野が水場で野菜を洗ってくる。

 昼になったら干し肉と野菜を炒めて食べる。昼過ぎに僕が罠を直していると、山野は山菜を採りに行く。

 夜、暗くなったら家に入り「桜がきれいだった」とか、「ウドが採れたよ」だとか、他愛もない会話をして過ごし、夕食を終えたらすぐに寝る。


 特に何があるわけでもない。

 暮らしだ。




 言葉の少ない世界には本質がそこに残る。


 落ちている枝葉や石でさえ、それぞれ色も形も異なっている。それを「落ち葉」や「小石」と呼んで抽象化すると、多くの情報が削ぎ落とされる。

 僕たちは自然の中でだけ「本物」を分かち合うことができる。色や大きさ、重さ、質感、肌触り。そこには言葉には乗らない情報が沢山ある。


 それは隣にいる人と分かち合える。

 そして、それこそが僕の探していたものだった。



 僕が欲しかったものは体や心の繋がりでなく、互いの心が自分の周りのものを介して繋がっている感覚だった。

 心と体と自然。全部が繋がり1つになる。

 1人じゃない僕がそこにはある。


 そうして僕は、僕を愛することができた。

 彼女のことも愛している。

 ただ、隣にいて欲しい。



 これは他人と深い繋がりが欲しい、ということじゃない。信頼できる人がいること、その隣で安心して眠れること。

 そんな単純な子供のような望み、それこそが僕の見つけた本当の「幸せ」だった。

 死ぬまでに見つけられてよかった。







−了−

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終着地 もうつあるふぁ @moutsuarufa

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