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それからどれだけの時間を過ごしたのだろう。
体感で言えば大して時間なんて過ぎていない、というふうに言うこともできるけれど、実際にそれを数字で示されてしまえば、目まぐるしいほどに焦るような毎日を送っていたような気もする。
……どれだけの時間を練習に使っても、満足感を覚えるような演奏ができた試しはないし、そもそもバンド全体で合わせる、という回数が少なかったからこそその不安は重なっていく。なんならメインボーカルに据えた翔ちゃんがこちらに来る、ということも更に少なかったし、バンドについては不安要素がたくさんある。。
それでも、それでも時間は流れていた。止めることは誰にもできないことであり、平等に世界は明日を運んでくる。そうして、仮初ではあるものの、結婚式が開催される日にも辿り着いてしまうのだ。
それは時間を失った、というふうに表現することができるのかもしれないし、もしくは時間を有益に使えた、というふうにも表現できるかもしれない。個人的には、スティックを見るたびに嫌な気持ちを覚えるほど、真摯にそれへと向き合ったからこそ、浪費なんていう単語で片付けたくはない。私たちはそれほどまでに彼らのこれからに、……いや、これまでも、そしてこれからも、幸せな時間が続くように祝福したいのだから。
ああ、だからこれでいい。
満足感を覚えるような演奏ができるか自信はない。けれどそれでいい。
そんなもん、祝福したい気持ちで覆い尽くしてしまえばいい。
私は、息を吐いた。
△
私は目の前にしている空間を見つめながら、その装飾が正しいのかどうか、吟味していた。
自分がいる空間、というのは当然翔ちゃんとさっちんのための結婚式会場であり、きょんちーと私たちが過ごした母校の体育館である。
体育館については、なんと許可を得ることができた。できてしまった。
中原先生がいい具合に先生方に働きかけてくれたらしい。事前には「絶対にできると保証はできませんからね?」と苦笑をしながら私たちに言っていたはずなのに、それでも先生は叶えてくれた。なんなら、他の教員の方たちも少しだけ前向きに捉えているようで、なんだかんだ数日でいい返事を彼らからもらうことができた。
ただ、あまり体育館という場所は授業では使われていないからか、以前に見渡したときには結構な埃が積もっていた。
けれど、それは私ときょんちーをはじめとして、前向きに検討してくれた教員方、そして兄貴までも参戦してきちんと床を磨き上げていった。……ひたすらに兄貴が「特別労働手当でももらいてぇ気分だ」と呟いていたのが印象的ではあったけれど、みんなそれを冗談だと理解して苦笑しながら掃除をしたのは、結構悪い時間ではなかったかもしれない。
そうしてワックスの艶が目立つほどに整った体育館。ようやく結婚式を迎えるその前日に、私ときょんちーで体育館の装飾をした。
きょんちーはきょんちーで大学でやることがあるはずなのに、それでも一所懸命に飾り付けに参加してくれた。
結婚式といえば華やかさをイメージした方がいいよな、と私は思ったけれど、きょんちーは「そこをあえて」と、折り紙を切って繋いだような装飾で体育館を彩っていく。さまざまな色をした紙をわっかにしてつなげて、それを綱のように火とげていく。なんか小学生の時に、よくやらされたなぁー、と懐かしい気持ちになったけれど、実際に本当にそんな装飾でいいのかな? と少々訝しい気持ちを抱いた。
だがきょんちーは変わらず譲らないまま「これでいいんです、だって記憶に残るじゃないですか」と返してくる。
そっか、記憶に残るのであればそれでいいのか、と私は納得した。一応翔ちゃんに連絡したほうがいいかな、とかそう考えたけれど、そこで彼女が「サプライズなんで!」と笑みを浮かべる。それならそれでいっか、と私は結局それを放置することにした。……今思い返すと、めちゃくちゃいたずらっぽい表情をきょんちーは浮かべていたような気もするけれど、悪気はないものだということは確信しているからこそ、別にそれでいいような気もする。私も一緒に折り紙を切って貼ったを繰り返し、そうしてなんとか装飾を完了させた。
「本当に、これでいいのかな」
結構形としてはいいものができてきたような気持ちはあったけれど、それでも本当にこれが結婚式として正しいものなのかはわかりはしない。だって、実際に目にしたことがないわけで、そして彼らが望んでいるものがこの景色に違っていないか、なんてわかりっこない。
けれど。
「それは、明日確かめるしかないですよ」
きょんちーは、確かにそういった。
結局のところ、そうなのだ。
明日にならなければ、そもそも結婚式を始めなければ何一つとしてわかりはしない。正しいのかどうかなんてわかりっこないけれど、それでも私たちにできることはなるたけやれたような気もする。もし、それで彼らに不満を抱かせたのなら申し訳ないし、その上でもう少しやり切れたのではないか、という後悔さえも抱くかもしれない。
けれど、そんなの考えてしまえば止まらなくなる。結局はこの状態で、この現状でやりきることしか私には、私たちにはできないのだ。
「そう、だね!」
私は心の中に蟠っている憂いを振り払うように、溌剌とした声を出してみる。
二人しかいない体育館で、私の吐き出した声は大きく反響していく。うお、と少し自分の出した声にびっくりすると、彼女はくすくすとそんな様子を笑うようにした。
ああ、これでいい。もう、これでいいのだ。
私たちは、そうして当日を迎えた。
解け落ちた氷のその行く末 楸 @Hisagi1037
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