22話 ラストは気持ちよく

時が経つのは早いもの。


今日はミリと、ともえの卒業式の日となった。


多数の生徒に紛れて、

ともえが校門をくぐった。


彼女は帰りに使う上履き用の袋と、

文庫本を入れた通学カバンをさげている。


寮の荷物は

もう引き払っていた。


だから、式のあとはバスと電車を乗り継いで

東京に行くだけだ。


わずかに上がったともえの頬が

春の温かい風をあびている。


「晴れてよかったぁ」


誰にともなくつぶやくと、

ともえは校舎に入っていった。


かなり遅れてミリが来る。


朝練でずっと早起きだった彼女も、

部を引退してすっかりたるんでいるようだ。


「あのさー」


ミリが話しかけているのは、

親友の藤堂だ。


「ん?」


「体の中で切れたら

一番痛いトコを教えてあげよーか?」


「あー。聞いたことある。アキレス腱だろ。

メッチャ痛いって先輩が」


渋い顔で藤堂が言ったが、

ミリは首をフリフリする。


「まぁ、アリっちゃありかな」


「なんだよーじゃあドコよ?」


全国優勝は成し遂げられなかったが、

彼女たちは公式戦の舞台で大いに活躍した。


剣道を極めようとする気高い精神は、

今後もずっと後輩たちに繫がっていくことだろう。


「やっぱり教えなーい」


「はぁーつまんねー」


2人が追いかけっこをするようにして、

校舎に入っていった。


そして、滞りなく卒業式は終わった。


ミリは、

彼女を尊敬する部員たちに囲まれると、

記念写真を撮ったり、スカーフやハンカチを奪われたりと、

テンヤワンヤすることになった。


何か話しかけようとする通野を、

わざとらしくスル―するミリを見て、藤堂と島内が笑う。


「・・・」


そんなミリを、

あの教室でともえが待っている。


彼女は窓辺に手をかけて、

じっと校門を見つめていた。


最後にミリの姿を、

目に焼き付けようと思っていた。


「あっ」


ある一団が外へ向かって行くのを見つけると、

ともえは身を乗り出した。


背が高くてスラっとしているミリの後ろ姿を、

ともえはじっと見つめる。


「よかった。

ちゃんとお見送りできました」


ともえは胸に手を当てると、

ふふふっと、笑った。


卒業生も在校生もまばらになった玄関を出て、

ともえは一人歩いた。


校門前のバス停で時計を見る。

東陽明とのお別れもあと数分足らずか。


左目の端で、

大きな白い校舎を見つめていた時だった。



「ふるごーり!」



声の出どころに顔を向けたともえは、

あまりの出来事に息をとめた。


「えええっ・・・。

い、以西さん?!」


びびっているともえにミリは近付くと、

恥ずかしそうにうつむいた。


「これ、やるよ」


ミリが手に持った小さな花束を手渡した。

今度は落とさないように。


「いいんですか?」


「うん。

すぐそこで買ったヤツだけど」


ともえの頬が朱に染まる。


2人が何も言えないままでいると、

すぐにバスが来て、プシューっと乗車用のドアが開いた。


ともえが行こうとすると、エンジン音に負けないよう、

ミリが大きな声を出した。


「あのさっ。

体の中で切れたら

一番痛いトコを教えてあげよーか?」


ともえは少し考えると、

自分の胸を指さした。


「ココでしょう?」


「うん」


今度はミリが、

朱に染まる番だった。


ともえが乗り込み、

ミリが手を振る。


ふわりとした風が桜吹雪を作り、

2人の景色をつつみ込んだ。


バスが進んでいく。

見送る側も、すぐに歩き始めるだろう。


願わくば、彼女たちが

ホントの自分らしさと、ホントの強さを胸に抱いて、

まっすぐ明るい人生を歩んでいけますように。




おしまい

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散り椿と、切れたら一番痛いトコ くるみしょくぱん @gakkaihappyou

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