憧れ

みこ

憧れ

 恋と愛は違うんだって。


「恋」は求めるもので、「愛」は与えるもの。


 じゃあ、「恋」と「憧れ」はどう違うんだろう。




「で、どこまでいったの?」


 アヤがニヤニヤとリョウコに詰め寄る。

「どこもいってないよ」

 と言いつつ、リョウコの目は泳ぐ。

「またまたぁ」

 つつかれたリョウコは、観念した様子で、横を向いた。

「1回デートしただけ。別に付き合ってないし」

「やーっぱり!興味ないって言ってたくせに〜」


 そんなやり取りを、私はぼんやりと聞いていた。

 そんな経験のない私は、コメントするでもなく箸で掴んだ卵焼きを口に運ぶ作業に、黙々と勤しむ。


 高校生になってからもうすぐ1年。

 高校に入れば大人っぽくなって、自然と彼氏なんかも出来るんだって思っていた私は、最近打ちのめされてばかりだ。


 私がしている恋と言えば、タクヤ先輩を目で追うくらいだ。

 ううん。

 付き合いたいとか、そんな気持ちはない。

 きっと、付き合うなんてなってしまったら、こちらからお断りする自信だってある。


 これは所謂、「憧れ」だ。




 恋っていうのは、人を好きになる事。


 相手を知って、好きになって、やり取りして、好きになってもらって。


 そこでくっついたり別れたり、受け入れたり断られたり。

 そんな風にする事が、恋愛なんだと思う。


 じゃあ、見てるだけの私は、恋愛してるわけじゃないんだろうか。


 きっと違う。


 私のは。




 会話するステージにも行けないなんて。


 そんな状況の自分に呆れながらも、これで満足している。


「ユズは?」


 突然、アヤが私に話を振ってきて、狼狽える。

 ただ見ているだけの私には、ヒトに話せる恋バナなんてない。


「しないの?告白」


「こ、こくはく???誰に???」


「タクヤ先輩に」


 友人二人は、私がタクヤ先輩に“憧れ”ている事を知っていた。

 タクヤ先輩が所属するサッカー部は、練習を覗いている生徒が多い。

 私も例に漏れず、その野次馬の中に紛れてタクヤ先輩を覗きに行っていた。


「しないよ!」


 とは言ってみたものの、言われたら気になってしまう。

 奇しくもタクヤ先輩が卒業するまで一週間。


 ……告白をするなら、もう今しかなかった。


「付き合いたいとかは、ないから」


 もちろんそれは、本心だけど。




「言ってみようかな」


 なんて呟いたのは、翌日の昼食での事だった。


「告白ぅ?」


 アヤが詰め寄る。


「ううん。告白っていうか、今までありがとうございます、って、言っておきたいと思って」


「いいじゃーん!」

 アヤが嬉しそうな顔になる。

 恋愛ごとに興味津々なのだ、アヤは。




 そして結局、タクヤ先輩を目の前にする日がすぐにやってきた。


 あの二人が、話があるからとタクヤ先輩を引き止めてしまったんだ。

 ……こんな時ばかり行動的なのだ、あの二人は。


 放課後。

 中庭。


 目の前には、色素の薄い髪を短く切って、さっぱりとかっこいいタクヤ先輩が居た。

 こんな日が来るなんて想像もしてなかった。


 余計なお世話だなんて思っていたはずなのに、今日その姿を瞳に収める事が出来たというだけで、全てが帳消しになってしまう。

 飲み込まれる。

 そのかっこよさに。


「タクヤ先輩」


 ただの憧れだった。


 ただの憧れだったけれど、こんな気持ちをくれたあなたに、私はすごく感謝してる。


「タクヤ先輩。ずっと、みてました。いつだって、先輩が頑張ってる姿を見る事で、私も頑張ろうって思えてました。こんな気持ちをくれて、ありがとうございます」


 頭を下げた。


 告白でもないのに、こんなところに呼び出して悪かったな。


 けど、この気持ちを伝える事が出来てよかった。


 タクヤ先輩は、私の言葉を黙って聞いていたかと思うと、にっこりと笑った。


「ありがとう、山原さん」


 …………『ありがとう』。


 先輩は確かにそう言った。


「ぇ、なんで名前……」


「そりゃあ、見てるってことはさ、いつだって見える位置にいるってことだろ?知ってたよ、ずっと」


 そこでかぁっと私の顔が熱を帯びたのは、恥ずかしさのせいだろうか。


 そして堪えても堪えても感情が溢れてきてしまい、その気持ちは涙となって溢れた。


 この気持ちは、なんだろう?


 名前を呼んでもらった喜び?先輩と言葉を交わしたことへの感動?


 ううん、違う。


 私、嬉しかったんだ。

 先輩に知っててもらえた頃が、こんなにも嬉しいんだ……。




 ボロボロと溢れた涙は、そう簡単に途切れるものでもなかった。


 こんなに嬉しいのに、これが恋じゃないなんて、誰が言ったんだろう。


 私は確かに、先輩が好きだった。


 好きだったんだ。




 涙はとめどなく溢れた。


 青い空の下。


 一人しゃくりあげた私の肩に、友人二人が肩でトンとそばに寄ってきた。


「えへへ」

 なんて、私は泣きながら、二人に笑って見せたんだ。

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憧れ みこ @mikoto_chan

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