伝説のヤキトリ

古博かん

KAC20252 あこがれ

 地面に深く掘られた、そこそこ大きな竪穴式の罠。

 その上に設置された、踏み込み式の蓋と丸々と規格外に大きい大豆の山。

 その仕掛けまで誘導する、撒き餌の道。


 こんな分かりやすい罠に、一体何が引っ掛かるというのか……のしのしと大きな歩みを進めながら、忙しなく地面を突き回して向かってくるのは、そこそこ規格外に育った進撃のピヨたち。

 息を殺して風下に隠れている人々が、じっと成り行きを見守る中、ピヨたちは脇目も振らずに次々と踏み込み板の上に乗り、そして流れるように竪穴式罠に吸い込まれていった。


「掛かった!」

「よし! 新作レシピを試してみるぞ!」


 うおおおおっとトキの声を上げて風下の茂みの中から立ち上がった人々は、各々、手に武器と見紛う数々の調理器具を携えて飛び出してきた。

 

 二〇二五年三月三日を契機にすっかりと様変わりした日本各地では、仮想空間にてメンタルの安寧を求めるおこもり派と、究極のピヨグルメを求めて野山を彷徨う美食家派に二分されていた。


 連日、野山や田畑やあるいは街中で咆哮を上げる物理的に大きく育ったピヨたちは、ご先祖さまきょうりゅうに恥じない立派な野生に目覚めており、唐突に到来した新時代の大地を今日も元気に闊歩かっぽしている。


「今度のKPGの新作、めっちゃうまそう」

「いいなあ、ワイも食べたい」


 ソロもパーティーも問わないが、野生のピヨの肉の味を知る者——それは、討伐から下処理、各種レシピの考案から実食レビューと、それらのSNS上での共有に至るまで、貪欲なまでに探求した一目瞭然の実績をもって美食家ハンターの証とされ、また歴戦の猛者として全日本を代表する、あこがれの対象となっていった。


 人々はいつしか、そんなピヨグルメの猛者ネットワーク戦線のことをKPG——「狂気のピヨグルメ」境界と呼ぶようになっていたのである。


 ツヤツヤの新米たちは、KPGの一員と認められてこそ一人前の美食家であるという高いハードルを超えなければならない——というのが美食家界隈の不文律であったが、そのうちウィーキャン(仮名称)あたりがしゃしゃり出てきて、受講料五万円、受験料およそ一万二千円を払って美食家資格を取得し、五年ごとに更新料が発生するNPO法人化する近未来が、視える視える。

 すでに四半世紀前あたりから、日本人には、このような予知能力が備わって久しい。


 それはそれとして、数いる美食家の中でも、全美食家に一目置かれるソロの壮年美食家おっさんハンターが大阪にいた。


 元々、親子二代で焼き鳥屋を営む、しがない個人事業主ではあったが、何せ家業を継いでからというもの焼き鳥一筋。

 二〇二五年の三・三以降、変わり果てた日本においても、ブレることなく究極の焼き鳥を求めて、ただひたすらに凶暴に先祖返りしたピヨたちを討伐しては、大量の焼き鳥の山を築き上げてきたレジェンドとして、いつの間にか界隈で、ちょっと有名になっていた。


 美食家ハンター名、ヤキトリ。

 座右の銘はノーヤキトリ、ノーライフ。


 焼き鳥があれば何でもできると豪語する、とにかく人生の三分の二が焼き鳥(残りの三分の一は睡眠)でできている焼き鳥猛者であり、ヤキトリの焼き鳥を実食することが、全美食家たちの一種のあこがれでありステータスとされている。


 そのヤキトリが今、絶体絶命のピンチに陥っていた。


 少し時間を巻き戻すと、ヤキトリは、前日仕掛けておいた罠に掛かった、サイズの割に凶暴なピヨラプトル(ゾノマエオオサカウルサイ科)を一瞬で締めて吊るし、羽をむしりながら血抜き準備をしていたところ、ずしんずしんと地響きを轟かせて振動する地面の異変に遭遇した。


 相当の大物の気配がする。

 おそらくではあるが、ヤキトリの仕留めたピヨの匂いを嗅ぎつけて来たに違いない。

 しかし、下処理はまさに時間と手際の勝負、ここでピヨを放置しては究極の焼き鳥にはなれない。どうしたものか。


 踏ん切りが付かず逡巡しゅんじゅんした時間は、それでもわずかだったはずだが、振り返ると、そこには全長およそ十メートルを超えるピヨノサウルスが、木々の上から、ぬっと頭を出していた。


うせやろ、マジか。ほんまに出よったで……」

 一瞬の静寂。

 歴戦の猛者とはいえ、さすがのヤキトリもピヨノを焼き鳥にした経験は、まだない。


 そもそも、体積が大きすぎるピヨノは鈍足傾向であり、最高速度もせいぜい時速27km出せたら超がんばっているのだ——つまり、電動アシスト自転車より少し早いくらいなので、ロードバイクなら余裕でぶっちぎることができる……はずだ、理論上。知らんけど。


「ピヨ」

「ぴよぴよ」

「pipiyo piyo」


「おいおいおいおい、マジか、どんだけおんねん」


 加えて、ピヨノはソロ活動家ではなく集団行動を好む。

 後から後からワラワラ出てきたピヨノ軍団を前にして、しがないソロ美食家であるヤキトリが、たった一人で相対するには、あまりに分が悪すぎた。


 そして現在、爆速で漕いでいるチャリ。


 本気のロードバイクは、素人でも軽く時速30km以上出る。

 締めて吊ったピヨは奪われてしまったが、そのおかげで逃げ足を稼ぐことはできた。

 オンラインゲームならいざ知らず、実際に野山を彷徨さまよっている美食家たちには、大剣も弓もない。

 現状の美食家の狩りは、基本的に罠を張って待ち伏せる原始的な狩猟方法に特化していた。

 しかし、さすがにピヨノたちをまとめて捕獲できる罠は、まだない。


 ヤキトリは爆速で逃げながら、それでも思考を巡らせていた。

 どうにかして、ピヨノたちを十把一絡ジッパヒトカラげに拿捕だほできないか。

 できることなら、人生初のピヨノの焼き鳥を作ってみたい……!


 これこそが、飽くなきKPGの境界線!


 工事車両が入れるよう整備された林道を爆進しながら、ヤキトリは起死回生の一手を神の啓示の如く閃いた。


「せや……!」

 デカい罠を作れないなら、デカい公共治山事業を利用したらいいじゃない!


 ヤキトリは、目の前に現れた「この先、砂防ダム工事中」の立て看板を迷うことなく直進した。ピヨノたちは諦めることなく、ヤキトリを追いかけて付いてくる付いてくる。


「ピヨ」

「ぴよぴよ」

「pipiyo piyo」


「うおおおおおおおおっ!」


 アーユー、ハングリィィイイイイイ—— !?

 気合い一発。


 工事車両用の動線として敷かれた鉄板の上を、疾風の如く駆け抜けたロードバイク。

 落差数十メートルの砂防ダムを渡りきったヤキトリが振り返ると、追いかけてきたピヨノたちの自重によって踏み抜かれた鉄板もろとも、次々と流れるように擁壁ようへきからきれいに落下していくピヨノたちの姿があった。


「掛かった!」


 グッと拳を握りしめた瞬間、ヤキトリの脳裏に直接響き渡った謎の声。


 ヤキトリは、伝説の称号を手に入れた。

 クエストクリア報酬、ヤキトリの降臨。


 死力を尽くして、かろうじてピヨノ軍団から逃げ切ったソロ美食家の脳内に、直接語りかけてくる謎の声。

 しかも、声そのものよりも言葉の内容の方が、はるかに謎である。


「え、ヤキ……トリの降臨……? え?」


 晴れ渡った青空にレースカーテンを引くようにたなびく白い薄雲の上に出現した色鮮やかな環天頂アーク。

 ハレルヤの合唱とともに舞い降りし、プチサイズの両翼を広げた、冠羽も立派なほぼ球体のプリチーな飛影。


 その道の人々のご祈祷成就以降、かくかくよむよむのおおトリは、割とフランクに人前に出てくるようになった。

 決まって降臨時には晴れであることが多いため、すっかりと健康的に、こんがりと美味しそうに日焼けしてテリがでてしまっている。


「壮年よ、此度の討伐まことに大義である。そちにこれを授けるゆえ、益々精進せよ」


「え、えぇ……?」

 戸惑う壮年美食家を尻目に、おおトリさまはブォンッとご褒美アイテムを豪速球でドロップした。


「ぐっふぅ……」


 みぞおちにダメージを負いながら受け止めたドッチボールをまじまじと見ると、それはテリテリとよく日焼けしたフルフェイスタイプのトリ模様のヘルメットだった。


「頭部への攻撃を相殺できるトリ兜である。三回に一回はダメージを倍返しできる優れもの……ピヨ」


 おおトリさま、今、ピヨって鳴いた?

 どうしてもトリの部分がしゃしゃり出てくる性分らしいおおトリは、アイテムドロップをやり終えると、そそくさと帰っていく。


 意に反して入手してしまった、少々毒々しいデザインのトリ兜は、一旦背中のリュックに引っ掛けておいて、ヤキトリは寝る間も惜しんで念願のピヨノの焼き鳥の試作を繰り返した。

 SNS上で実食レビューを共有する頃には、KPG境界界隈内外を問わず羨望の眼差しを向けられる、伝説のヤキトリとなっていたのである。

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