挟まる隙などない。

夕藤さわな

第1話

 隣に住んでる同い年のコウくんは幼稚園の頃から背が高くて物静かでかっこよかった。小中高と身長とともにかっこよさも急成長。これまでに告白された人数は余裕で四桁を超える。

 昔も高二になった今も〝かわいい〟としか言われない俺にとってはあこがれの存在。嫉妬なんておこがましい。あこがれの存在、推しだ。

 推しといっしょに通学し、クラスは違うけど休み時間になると廊下で話し、いっしょに昼飯を食べ、同じ委員会、同じ帰宅部で放課後もいっしょに過ごす。

 供給は十分だ。俺ごときにはもったいないくらいの供給っぷりだ。


 でも、だけど――。


「供給ばっかりじゃなくて貢ぎ先が欲しい! 昼飯のパンをおごるとか放課後にマックのポテトをおごるとかじゃなくてガッツリ、貢ぎ先が欲しい! あわよくばアクリルキーホルダーとかアクリルスタンドとかも欲しいし、ペンライトぶんまわしたい!」


「ユキー、うるさいわよー。部屋で叫ぶのやめなさーい」


「貢ぎ先が欲しいーーー!」


 母親のツッコミなんて無視で俺は髪をかきむしる。

 と――。


『……と、言うわけで追加メンバーのオーデションを行うことが決定しましたー!』


 テレビから聞こえてきたオーディションという単語に俺はクワッ! と目を見開いた。

 コウくんがアイドルオーディションを受けたら間違いなく受かる。デビューできる。そうしたら、曲が出て、ライブとかコンサートとかが開催されて、グッズが発売されて――。


「アクリルキーホルダーにアクリルスタンドに、グッズその他諸々、買いたい放題! ペンライト、振りたい放題! これだーーー!」


「うるさいって言ってるのが聞こえないの、ユキーーー!」


 ***


 隣に住んでる同い年のユキは幼稚園の頃から背が小さくて元気いっぱいでかわいかった。小中高と身長は少しずつしか伸びなかったけど可愛さは急成長。人なつっこい笑顔でいつでも人の輪の中心にいる。

 昔も高二になった今も愛想が悪いせいか人から遠巻きにされる俺にとってはあこがれの存在。嫉妬なんておこがましい。あこがれの存在、推しだ。

 推しといっしょに通学し、クラスは違うけど休み時間になると廊下で話し、いっしょに昼飯を食べ、同じ委員会、同じ帰宅部で放課後もいっしょに過ごす。

 供給は十分だ。俺ごときにはもったいないくらいの供給っぷりだ。


 でも、だけど――。


「つまり、オーディションを受けたいけど一人じゃ不安だから俺についてきてほしいってこと?」


 俺の部屋の俺のベッドの上に正座して、こくこくこくこくと壊れた人形のようにうなずくユキを見て思う。


 供給ばかりじゃなくて貢ぎ先が欲しい。

 昼飯のおにぎりをおごるとか放課後にミスドのポンデリングをおごるとかじゃなくてガッツリ、貢ぎ先が欲しい。

 あわよくば缶バッジとか推しぬいとか欲しいし、ペンライトぶんまわしたい。

 できれば今、目の前でこくこくこくこくと首を振っているユキをモデルにした首振り人形的なのも以下略。


「わかった、付き合うよ」


「ありがとう、コウくーーーん!」


 俺の返事を聞くなりバンザイするユキを見つめて思う。

 ユキがアイドルオーディションを受けたら間違いなく受かる。デビューできる。そうしたら、曲が出て、ライブとかコンサートとかが開催されて、グッズが発売されて――。


「こちらこそ、ありがとう、ユキ」


「え? なんで、コウくんがお礼言うの?」


 貢ぎ先をありがとう。


 ***


「なんなの、あの子たち……! あの、125番と126番の子たち!」


 審査員席の真ん中に座るプロデューサーが爪をガリガリガリガリ噛みながら絞り出すような声で言った。

 今日は二次審査。書類審査を通過した応募者たち数百名がいくつかのグループに分かれ、広い会議室で歌やダンスを披露している。

 緊張した面持ちの応募者がほとんどの中、ニッコニコの笑顔とキラッキラの眼差しで顔面だけは百億点満点なくせに歌やダンスはテキトー、視線はアピールするべき審査員を全っっっ然、見ていない二人がいる。

 それが125番と126番。


「それなのに……歌もダンスもあんなにテキトーなのにポテンシャル高いんだろうなってわかっちゃうのが腹立つ! 何より、あの顔! 表情! ものすごくいいのにこっちをミリも見ない!」


「あははー、やっぱり気になりますよねー、あの二人」


 プロデューサーの隣でケラケラ笑っているのは審査員の一人である元国民的アイドルだ。


「俺も気になってさっき、こっそり話を聞きに行ってきたんですけどね。あの二人、家が隣同士の幼なじみでお互い、相手にアイドルになってほしい、アイドルになった幼なじみを推したいってことみたいなんですよ。つまり、自分がアイドルになる気はサラサラない」


「なにそれ、もったいない!」


「ねー、もったいないですよねー」


 でも、やる気がないんじゃ仕方がないですよねー。

 そう言おうとした元国民的アイドルは隣のプロデューサーが完全に面倒くさい感じのヲタクの顔になっているのを見て笑顔のまま口をつぐんだ。

 そして――。


「推しを一番近くで堪能できる場所がどこなのか。あの子たちに体の隅々から心の奥底までしっかり、たっぷり、ねっとり、教え込んで来なくちゃ」


「はーい、ごゆっくりー」


 フフ、フフフフ……と不気味な笑い声とともに席を立つプロデューサーをやっぱり笑顔のまま見送ったのだった。


 ***


「今日も圧倒的に二人の世界! 会場にいる云万人の観客を一瞥いちべつもしやしない!」


「二人で歌ってるときの相手以外、ミリも見てないところも大好きだけれども! ソロ曲! ソロ! 曲!」


「相手が歌ってるあいだ、ステージ袖でペンライトをぶん回してるところが好き! 本人的には隠れてこっそりぶん回してるつもりなところが好き!」


「ステージ上、舞台袖にいる二人には見えない画面にだけペンライトをぶん回す姿をカメラできっちり抜いてくれるスタッフも好き!」


「お互いにお互いのソロ曲のときにペンライトぶん回してるってことが本人たちにバレないように円盤には収録しないでいてくれるスタッフの心づかいも好きーーー!」


 と、うっとりしているファンたちもうっかり本人たちの目に触れないようにとSNS等に一切、書き込まないのだから心づかいが行き届いている。


 今、人気の男性デュオアイドル〝プロキオン〟は男性アイドルグループの追加メンバーオーディションから異例の抜擢を受けてデビューした。メンバーは犬塚 弘輝こうきことコウくん、犬川 由希ゆきことユキの二人。

 プロキオンとはこいぬ座で最も明るい恒星のこと。そんなわけでプロキオン公式はファンのことを天文部の〝部員〟と呼んでいるし、ファンも表向きはそう自称する。

 でも、SNS等で書き込むときにはこう呼ばれ、こう自称する。


 天文部部室の壁、あるいは床。

 テレビでもライブでもお互いのことだけを見つめて歌うプロキオンの二人を前にファンはこう言うのだ。


推しコウくんの最古参ファンはユキ。私共、壁など所詮しょせんは新参」


推しユキをこの世で最も推しているのはコウくん。私共、床など足元にも及ばない」


「ユキが欲しいコウくんグッズが私共、壁が欲しいコウくんグッズ!」


「コウくんが欲しいユキグッズが私共、床が欲しいユキグッズ!」


 古参ファンが新参ファンに優しくないジャンル、コンテンツはすたれると言うけれどプロキオンでは関係ない。なにせ最古参ファンの眼中にも推しの眼中にも、古参ファンの姿も新規ファンの姿もミリも入っていないのだから。


「私共は壁」


「私共は床」


 ――なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

挟まる隙などない。 夕藤さわな @sawana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ