僕らはみんなツンクしてる

香久山 ゆみ

僕らはみんなツンクしてる

「ツンク?」

 面白いから読んでみて、と孫娘から差し出された漫画のセリフ(擬音?)を読み上げる。

「ちっがうよ、おばあちゃん! ツンクじゃなくて、トゥンク……! だよ」

 ヤハハと孫が笑いながら訂正するが、訂正されたところで意味が分からない。だいいち「トゥンク」と視認はしている。発音できないだけだ。「デズニーランド」だし「シーデー」と言ってしまうのもどうしようもない。と言い添えると、「CDも死語だよ」と言われ唖然とする。レコードよりもカセットテープよりも新しいもの。それがCDではなかったのか。

 閑話休題。ツンクだ、ツンク。

「トゥンクはね、ときめきを表す擬音語だよ」

 孫が言う。今は、「ドキドキ」や「トクントクン」でもなく、「トゥンク」と表現するののだと。

「おばあちゃんはトゥンクしたことないの?」

「ないわよ」

「えー、なんで。おじいちゃんにときめいたから結婚したんでしょ」

 おじいちゃん子だった孫が口を尖らせる。

「おじいちゃんとはお見合いだったからね、ときめきなんてないわよ」

 言いながら、確かに私は人生において少女漫画みたいな恋をついぞ経験しなかったのだと気付く。夫のことはもちろん愛していたけれど、恋愛というよりも家族愛のようなものだ。ともに家族を維持していくための同士ともいえよう。二人三脚で安心感はあったけれど、ときめきというとピンとこない。

「じゃあ今は?」

「今?」

「だって、おじいちゃんが死んでもう十年以上経つでしょ。おばあちゃんパートしたり、俳句の会に入っているし、他に気になる人とかいないの」

「そんなこと、考えたこともないわ。だいいちこの齢でドキドキしてたら心臓の病気かと疑っちゃう」

 孫の思考回路にはまったく驚かされる。私が若い時分には、親に恋愛感情や肉欲があると想像しただけでも気持ち悪いと思ったものなのに、今の子はそんな感覚もないのね。ゼネレーションギャップだわ。

「私に聞いたって何も出てこないわよ。あなたのお母さんは恋愛結婚だったんだから、お母さんに聞きなさいな」

「えー、やだよ。親と恋話とか恥ずいじゃん」

 それで親ではなく祖母と恋話をしようというのだから。世代差というよりも、この子が変わっているのかもしれないわ。まあお蔭でいつも新しい感覚を得られて脳にいい刺激だとでも思っておこう。

「私たちよりも、あなたはないの? 若いんだから。ほら、ツンク」

「えー。恋愛とか面倒くさいじゃん、フィクションの世界だけで十分だよ。あ、でもトゥンクはあるよ。あたし、推しがいるから」

「オシ?」

 誰かのファンだということらしい。

 孫娘は、アーチストの誰々が歌もダンスも上手いのだと、スマホ画面で動画を見せてくれる。

「ほら、この子! メンバーの中で一番小柄なのに一番ダイナミックできれいに踊るの」

 お生憎様だが、老眼でスマホの小さな画面に映る男の子達を見分けることはできない。しかし、なにせ「推し」から元気をもらっているらしいことは承知した。流し目がセクシーだとか、お臍が見えただとかキャーキャー興奮している。ごそごそと鞄から「推し」のマスコットやら何やらグッズも広げて見せてくれた。

 今の子は、恋愛感情もファン心理も一緒くたに「ツンク」で表現するのね。では、それならば私も心当たりがあるだろうかと考えてみる。いや、五人の子を育てるのに必死で芸能人を追っかける余裕なんてなかった。僅かな空隙にお笑い番組を観るのが息抜きだったけれど、「ときめき」とはまた違う。

 ううむ。なんだか、自分だけ人生を損しているような気さえしてくる。私も「ツンク」してみたい。とはいえ、今更急に芸能人に熱狂しそうな気もしない。同年輩の俳優は「おじいさん」だし、かといって若いアイドルは「孫」みたいなもんで微笑ましかったり元気をもらえたりはしそうだが「ツンク」とはいえない気がする。

「ねーおばあちゃん、なんか庭に猫来てるんだけど」

 孫娘の言葉に慌てて立ち上がる。

「えっ、もうそんな時間? やあん、トラちゃん待たせてごめんね、お腹減ったでしょう。今ごはん用意するからね。きゃあ、え、うそうそ、撫でさせてくれるの?! 初めてよ、嬉しいっ。ああトラは本当にイケメン猫ちゃんね。いつかお膝の上に乗ってちょうだいね……」

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