第5話 衝撃の真実と、継続への扉
真琴は夜明け前に目を覚ました。正確には、一睡もできなかったというべきだろう。窓から漏れる街灯の光だけが部屋を照らし、壁に映る自分の影が不気味に感じられた。
「逃げよう」
彼女は突然立ち上がった。高城のように、この場所から離れれば運命を変えられるかもしれない。荷物をまとめ始める手が震えていた。
予言を思い出す。
『08:30 会社で緊急会議「佐伯泰久の不正発覚」について』
佐伯の不正。パソコンで見つけた監視ファイル。すべては繋がっていた。だが、それと「予約投稿」はどう関係しているのか?
時計は5時30分を指していた。まだ時間がある。真琴は必要最低限の荷物だけをバッグに詰め込んだ。お金、身分証明書、着替え…そして高城からのメッセージが入ったスマホ。
「どこに行けばいい?」
逃げるといっても行き先がない。両親の家は遠すぎる。友人の家に転がり込むわけにもいかない。ホテル?しかし、それで本当に逃げられるのだろうか?
真琴は迷いながらも、とにかく動き出すことにした。アパートを出て、朝の冷たい空気を吸い込む。まだ暗い街を歩き始めた彼女は、時折後ろを振り返った。誰かに見られているような気がして仕方がなかった。
駅に向かう途中、彼女はふと立ち止まった。
「逃げても無駄なんじゃ…」
高城は逃げると言っていた。だが、今朝の予言では彼女の訃報を知るという。つまり、逃げることは解決にならなかったということだ。
「送信者を見つける…」
高城の言葉が頭に浮かんだ。送信者を見つけることが唯一の希望だという。だが、どうすれば見つけられるのか?
真琴は深く考え、方向転換した。会社へ向かうことにしたのだ。佐伯の不正が発覚するなら、そこに何かヒントがあるかもしれない。
「佐伯か…」
彼は真琴のことをずっと監視していた。スマホをハッキングして「予約投稿」アプリをインストールしたのも彼なのかもしれない。しかし、なぜ?
オフィスビルに到着したのは7時45分。いつもより早い出社だったが、すでに何人かの社員が出勤していた。ロビーの警備員が彼女を見て驚いた様子を見せた。
「小野寺さん、早いですね」
「はい、少し作業があるので」
エレベーターに乗り込んだ真琴は、自分の階のボタンを押した。扉が閉まる直前、誰かが駆け込んできた。
「間に合った—あれ、小野寺さん?」
佐伯だった。真琴は息を呑んだ。
「お、おはよう…」
「おはよう。珍しく早いね」
エレベーター内の空気が凍りついたように感じられた。真琴は壁に背を向け、佐伯から少しでも距離を取ろうとした。
「昨日は…残業、お疲れ様」佐伯が言った。「何か面白いもの、見つかった?」
この問いかけに、真琴の背筋が凍りついた。彼は知っていた。彼女がファイルを見たことを。
「特には…」
「そう」佐伯の口元にかすかな笑みが浮かんだ。「私は見つけたよ。君が私のファイルにアクセスした記録をね」
エレベーターが彼らのフロアに到着し、ドアが開いた。真琴は急いで外に出ようとしたが、佐伯が彼女の腕をつかんだ。
「逃げないで」
「放して」
「小野寺さん、誤解してる。僕は君を守ろうとしてるんだ」
真琴は混乱した。「守る?私を監視していたくせに?」
「それは…説明させて」
二人の会話は、早朝のオフィスに入ってきた他の社員たちの姿で中断された。佐伯は真琴の腕を放し、「後で話そう」と小声で言った。
真琴は震える足で自分のデスクに向かった。時計は8時15分。あと15分で緊急会議が始まるという予言がある。彼女はパソコンの電源を入れながら、周囲の様子を窺った。
すると、総務部の社員が各デスクを回り始めた。
「緊急会議の通知です。8時30分から大会議室で」
真琴は通知を受け取り、内容を確認した。「営業部全体会議—機密事項」とだけ書かれていた。
オフィスには緊張感が漂い始めた。社員たちは小声で噂話をしている。真琴の耳に「三課の問題」「内部調査」という言葉が聞こえてきた。
8時25分、社員たちは大会議室に向かい始めた。真琴も流れに従い、席を立った。その時、佐伯が彼女に近づいてきた。
「小野寺さん、会議の前に話を—」
「後にして」真琴は彼を避け、他の同僚たちと一緒に会議室へ向かった。
大会議室は社員でいっぱいになり、緊張感が高まっていた。8時30分ちょうど、社長と役員たちが入室してきた。いつもは見られない顔ぶれだ。
社長が前に立ち、重い声で話し始めた。
「おはようございます。急な招集で申し訳ない。残念ながら、当社で不正行為が発覚した」
ざわめきが広がる中、社長は続けた。
「営業三課の経費不正に関連して内部調査を行ったところ、営業二課の佐伯泰久社員による情報漏洩および不正アクセスが確認された」
真琴は息を呑んだ。佐伯の名前が公になった。そして、会議室の後方にいた佐伯自身も顔色を失っていた。
「佐伯社員は、社内システムに不正にアクセスし、顧客情報および社員の個人情報を外部に漏洩した疑いが持たれています。現在、警察も捜査を開始しています」
会議室は騒然となった。真琴は震える手で議事録を取りながら、佐伯の方を見た。彼は青ざめた顔で立ち尽くしていた。そして、彼の視線は真琴に向けられていた。悲しみ、怒り、そして…恐怖?
会議は30分ほど続き、情報セキュリティの強化や再発防止策について説明があった。その間、真琴の頭の中は混乱していた。佐伯は「予約投稿」の送信者なのか?それとも、彼も被害者の一人なのか?
会議が終わり、社員たちが席に戻る中、佐伯の姿はなかった。彼はすでに社内調査チームに連れていかれたようだった。
真琴は自分のデスクに戻り、呆然と椅子に座った。予言は的中した。そして次は…
『13:15 高城雪の訃報を知る』
時計は10時を指していた。あと3時間以上ある。真琴は高城に連絡を取ろうとしたが、電話もメールも応答がなかった。
「どうすれば…」
真琴はオフィスにいるべきか、高城を探すべきか迷った。だが、彼女は高城がどこにいるのかも知らない。できることといえば、インターネットで彼女の情報を探すことくらいだった。
検索エンジンで「高城雪 イラストレーター」と入力すると、いくつかのヒットがあった。彼女のポートフォリオサイト、SNSアカウント、そして以前の展示会の情報。しかし、現在の居場所を示す情報はなかった。
真琴は高城のSNSをチェックしたが、彼女の最後の投稿は3日前だった。「新作に取り組んでいます。完成が楽しみ」という何気ないメッセージ。
時間はゆっくりと過ぎていった。真琴は表面上は仕事をしているふりをしながらも、常に時計を気にしていた。そして、スマホの画面も。何か連絡があるかもしれないと思って。
12時45分、ランチタイムに入った社員たちが次々とオフィスを出ていった。真琴もカフェテリアに向かうふりをして、実は会社の外に出るつもりだった。少しでも高城に近づくヒントがほしかった。
エレベーターに乗り込んだとき、彼女のスマホが震えた。見知らぬ番号からの着信だった。恐る恐る電話に出る。
「もしもし?」
「小野寺真琴さんですか?」女性の声だった。
「はい、そうですが…」
「警視庁の青木と申します。高城雪さんのスマートフォンから、あなたとの通話記録が見つかりました」
真琴の心臓が止まりそうになった。「高城さんに…何かあったんですか?」
「申し訳ありませんが、高城さんは今朝、自宅でお亡くなりになりました」
真琴は言葉を失った。足がふらつき、エレベーターの壁に寄りかかった。
「自…殺ですか?」かろうじて絞り出した言葉。
「現在調査中です。状況から見て、事故の可能性もありますが…」
真琴の頭には高城の最後のメッセージが浮かんでいた。『明日、私は死ぬかもしれません』
「小野寺さん、差し支えなければ、高城さんとはどのようなご関係でしたか?」
「つい最近知り合ったばかりで…」真琴は何と答えればいいのか分からなかった。「予約投稿」の話をしても、狂人扱いされるだけだろう。
「分かりました。また詳しくお話を伺いたいと思いますので、今後連絡させていただくことがあるかもしれません」
電話が切れた後も、真琴はエレベーターの中で立ち尽くしていた。時計は13時15分を指していた。
予言は的中した。高城は死んだ。そして彼女自身も、今夜、「あなたの最期」の予約を受け取るという。
真琴はエレベーターから出て、外の空気を吸い込んだ。涙が頬を伝っていた。高城は逃げようとして、それでも死んだ。予言から逃れられなかったのだ。
「私も同じ道をたどるの?」
真琴は立ち止まり、深呼吸した。いや、そうはさせない。高城は「送信者を見つけて」と言った。送信者は佐伯なのか?それとも別の誰か?
彼女は会社に戻ることにした。佐伯と話す必要があった。
オフィスに戻ると、まだ昼休みで人が少なかった。真琴はすぐに人事部に向かい、佐伯の状況を確認した。
「佐伯さんですか?警察の事情聴取を受けた後、自宅待機を命じられました」人事の鈴木が答えた。
「連絡先は?」
「それは…申し訳ありませんが教えられません」
真琴は諦めて自分のデスクに戻った。佐伯と連絡を取る方法がないとなると、次の予言を待つしかなかった。
『17:00 佐伯から「すべては君のためだった」というメール』
午後の業務は緊張の中で過ぎていった。三課の不正、佐伯の情報漏洩、そして高城の死。あまりにも多くのことが起きすぎていた。
16時55分、真琴はメールボックスを開いたまま待っていた。そして時計が17時を指した瞬間、新着メールの通知が表示された。差出人は佐伯泰久。件名は「真実」。
震える手でメールを開く。
『小野寺さん、
今、警察から解放されたところです。会社にはもう戻れないでしょう。でも、あなたには真実を知ってほしい。
すべては君のためだった。
私が社内システムに不正アクセスしたのは事実です。社員の情報を収集したのも事実。でも、それには理由があった。
あなたは「予約投稿」を受け取っていますね?私も受け取っていました。60日前から。そして40日目に「あなたの最期」の予約を受け取りました。
死ぬ前に、何かできることはないかと必死に調べました。そして気づいたんです。「予約投稿」を受け取る人間には共通点がある。会社の同僚に集中している。特に、特定の影響力を持つ人々に。
私は他の被害者を見つけるために情報を集めました。高城雪もその一人。彼女はアート業界で急速に影響力を持ち始めていた。そして、あなた。松井産業との契約を成功させ、昇進が約束された。
「予約投稿」は成功しようとする人間を狙う。その力を奪い取るために。
私の最期の日まであと数時間。でも、あなたにはまだチャンスがある。高城は失敗したが、私は「解決策」を見つけたかもしれない。
今夜23時、あなたのアパートに行きます。もし私が生きていたら。「解決策」をお渡しします。
信じてください。すべては君のためだった。
佐伯泰久』
真琴は画面から目が離せなかった。佐伯も「予約投稿」の被害者だった。そして今夜、彼は死ぬ運命にあるという。
「解決策…」
何だろう?本当に「予約投稿」から逃れる方法があるのだろうか?
真琴は佐伯のメールに返信しようとしたが、送信エラーが表示された。アカウントがすでに無効になっているようだった。
時計は17時30分を指していた。もう会社にいる理由はなかった。真琴は早退届を出し、アパートに戻ることにした。
帰宅途中、彼女は常に周囲を警戒していた。誰かに見られているような、後をつけられているような感覚が離れなかった。
アパートに着くと、彼女はすべてのドアと窓に鍵をかけ、カーテンを閉めた。そして、次の予言を待った。
『20:30 自宅のドアをノックする音』
時間はゆっくりと過ぎていった。真琴はテレビをつけたが、内容は頭に入ってこなかった。彼女の思考は「予約投稿」と高城の死、そして佐伯のメールで一杯だった。
20時25分、真琴は玄関ドアを見つめていた。果たして誰が来るのだろう?佐伯?それとも…
20時30分ちょうど、ドアをノックする音が聞こえた。
コンコン。
真琴は息を呑んだ。ドアホンのモニターを確認すると、そこには警察官が映っていた。
「小野寺真琴さんですか?警視庁の青木です」
先ほど電話で話した刑事だった。真琴はためらいながらもドアを開けた。
「こんばんは。先ほどは電話で」
「はい」真琴は青木刑事を部屋に招き入れた。
「実は高城さんの件で、もう少し詳しくお話を伺いたいと思いまして」
真琴は緊張しながらも、できるだけ正直に答えた。高城と電車で会ったこと、彼女がイラストレーターだったこと。ただし、「予約投稿」については触れなかった。
「高城さんは、死の直前にあなたにメッセージを送っていますね」青木刑事が言った。
「はい…」
「そのメッセージに、『明日、私は死ぬかもしれません』とありました。これについてどう思いますか?」
真琴は言葉を選んだ。「彼女は…精神的に不安定だったのかもしれません」
「そうですか」青木刑事は真琴をじっと見た。「高城さんの自宅から、大量のスケッチが見つかりました。すべて同じモチーフ。『影』です」
真琴は息を飲んだ。
「そして面白いことに」青木刑事は続けた。「佐伯泰久という男性も、同様の絵を描いていた。彼は今日、あなたにメールを送った後、行方不明になっています」
「行方不明?」
「ええ。彼の自宅には誰もいませんでした。ただ、机の上には同じような『影』の絵が残されていました」
青木刑事はタブレットを取り出し、写真を見せた。それは明らかに人間の形をしていない影だった。歪んで、長く伸びた姿。高城のメッセージに添付されていた絵と同じような…
「小野寺さん、あなたは何か知っていませんか?高城さんと佐伯さん、そして『影』について」
真琴は口を開きかけたが、言葉が出なかった。何を話せばいいのか。「予約投稿」の話をすれば、彼女も狂人扱いされるだけだ。
「特には…」
青木刑事は諦めたように立ち上がった。「もし何か思い出したら、いつでも連絡してください」と名刺を渡した。
刑事が帰った後、真琴は深いため息をついた。時計は21時45分を指していた。あと2時間で、「あなたの最期」の予約を受け取る。
「佐伯…」
彼は本当に解決策を見つけたのだろうか?そして彼は今どこにいるのか?
真琴は窓の外を見た。月明かりが雲に隠れ、街は暗く沈んでいた。そして、アパートの前の街灯の下に、一人の人影が立っているのが見えた。
「佐伯…?」
真琴はすぐに玄関に向かった。ドアを開け、階段を駆け下りる。外に出ると、街灯の下には誰もいなかった。
「気のせい?」
そのとき、背後から声がした。
「小野寺さん」
振り返ると、佐伯が立っていた。疲れた表情で、服も乱れている。まるで何日も眠っていないようだった。
「佐伯さん!」
「中に入りましょう。外は危険です」
二人はアパートに戻った。佐伯は震える手でコーヒーカップを握りしめながら、話し始めた。
「私の『あなたの最期』の予約は、今夜23時59分です。あなたと同じ」
「どういうこと?」
「『予約投稿』は複数の人間に同時に送られることがあります。特に、関係のある人間同士に」
真琴は混乱した。「でも、解決策があるって…」
「はい」佐伯はバッグから一冊のノートを取り出した。「これは私が60日間の記録をつけたものです。予言の内容、結果、そして『影』についての観察」
彼はノートを開き、ページをめくった。そこには日付ごとの予言内容と、それに対する彼の行動、結果が詳細に記録されていた。そして、時々スケッチが挿入されていた。「影」のスケッチ。
「私は気づいたんです。『予約投稿』は私たちの行動を予測するだけでなく、私たちを操っている」
「操っている?」
「はい。最初は些細なことの予言ですが、徐々に恐怖を与え、私たちの行動を制限していきます。そして、最終的には…」
「死へと導く」真琴が言葉を継いだ。
「そう」佐伯は深く息を吐いた。「でも、高城さんが失敗したからといって、逃げる方法がないわけではない」
「どうすれば?」
「私が発見したのは、『予約投稿』は私たちの恐怖から力を得ているということです。私たちが予言を恐れれば恐れるほど、その力は強くなる」
真琴は眉をひそめた。「つまり、恐れなければいいの?」
「単純にそうではありません」佐伯はさらにページをめくった。「私は何度も予言を覆そうとしました。しかし、それは常に失敗しました。でも、ある日気づいたんです。予言の一部は的中しても、すべてが的中するわけではない」
「どういうこと?」
「例えば、『雨に降られる』という予言は、傘を持っていても的中することがあります。なぜなら、傘が壊れるからです。しかし、『友人に会う』という予言は、あなたが意図的にその友人を避ければ、回避できることもある」
真琴は考え込んだ。「つまり、一部の予言は変えられるけど、一部は変えられない…」
「その通り。そして重要なのは、どの予言が変えられないのかを見極めることです」
佐伯はノートの最後のページを開いた。そこには複雑な図が描かれていた。
「これが私の理論です。『予約投稿』は私たちの未来の可能性を見ています。そして、最も可能性の高い未来を予言として送ってくる。しかし、すべての未来が確定しているわけではない」
「だから、『あなたの最期』も確定したものではない?」
「その可能性があります」佐伯は真剣な表情で言った。「だから私は今夜、ここに来ました。二人で力を合わせれば、運命を変えられるかもしれない」
真琴は希望を感じた。高城は一人で戦って失敗した。しかし、二人なら…
「どうすればいいの?」
「まず、私たちは『影』と向き合わなければなりません」
佐伯が言い終わるか終わらないかのうちに、部屋の電気が突然消えた。
「停電?」
「いいえ」佐伯の声が暗闇から聞こえた。「始まったんです」
真琴は恐怖で震えながらも、スマホのライトを点けた。その光に照らされ、壁に映る二人の影が見えた。しかし、よく見ると、それは二つではなく、三つの影だった。
「見て」佐伯が指さした。
第三の影は、人間の形をしていなかった。長く伸び、歪んだ形。まるで生き物のようにわずかに動いている。
「これが『予約投稿』の送信者…?」
「そう考えています」佐伯は震える声で言った。「この『影』が私たちの未来を奪い、自分のエネルギーにしているんです」
「でも、どうやって?」
「私たちが恐怖を感じるとき、『影』は強くなる。そして私たちが『影』の予言に従うとき、彼らは私たちの可能性を吸収する」
真琴は壁の影を見つめた。確かに、彼女が恐怖を感じるたびに、影はわずかに大きくなるようだった。
「恐れてはいけない」佐伯が言った。「それが私の発見した『解決策』です。恐れずに向き合うこと」
真琴は深呼吸した。恐れないこと。容易ではないが、試してみる価値はある。
「あと1時間」佐伯が時計を見た。「23時59分まで」
二人は暗闇の中で待った。時折、第三の影が動くのが見えた。まるで彼らを観察しているかのように。
23時45分、真琴のスマホが震えた。
【予約投稿】明日の投稿を予約しました
「もう来た」真琴は震える手でスマホを掴んだ。「でも、まだ23時59分じゃない…」
「開いて」佐伯が言った。「恐れずに」
真琴は深呼吸し、通知をタップした。
『小野寺真琴、明日の予定:あなたの最期』
予想していたとはいえ、画面に表示された言葉に真琴は震えた。そして同時に、佐伯のスマホも震えた。
「私も受け取りました」佐伯は暗い表情で言った。「同じ内容です」
部屋の影が動き、二人に近づいてきた。
「どうすれば…」
「恐れないで」佐伯が彼女の手を握った。「私たちはこの運命を受け入れない」
「でも、高城さんも…」
「彼女は一人だった。私たちは二人だ」
影はさらに近づき、まるで二人を包み込もうとしているようだった。
「抵抗するんだ」佐伯が言った。「あなたの未来は、あなた自身のものだと宣言するんだ」
真琴は恐怖を振り払おうとした。彼女は目を閉じ、心の中で自分に言い聞かせた。「私の未来は私のもの。誰にも奪わせない」
影が震えたように見えた。
「効いてる」佐伯が興奮した声で言った。「続けて!」
真琴は目を閉じ、心の中で繰り返した。「私の未来は私のもの。誰にも奪わせない」
影はさらに震え、少し後退したように見えた。佐伯も同じように唱え始めた。
「俺の未来は俺のもの。誰にも奪わせない」
二人の声が重なり、部屋に響いた。影は激しく揺れ、歪み始めた。まるで苦しんでいるかのように。
「さらに強く!」佐伯が叫んだ。「私たちの未来を返せ!」
真琴は大声で宣言した。「私の未来は私のもの!返せ!」
その瞬間、影は大きく波打ち、部屋の壁から離れ、三次元的な形になっていった。黒い煙のようなものが渦巻き、人型に近い形を取り始めた。
「なんてことだ…」佐伯が息を呑んだ。
影は完全に立体化し、二人の前に立っていた。人の形をしているようで、しかし完全に人間ではない何か。顔は空洞で、体は煙のように揺れている。
「私たちは…あなたたちの未来を…必要としている…」
かすれた声が部屋に響いた。真琴は恐怖で足がすくんだが、佐伯の手を強く握った。
「なぜ私たちの未来を奪うの?」真琴が問いかけた。
「私たちは…未来のない存在…あなたたちの可能性で…生きている…」
佐伯が一歩前に出た。「だからといって、他者の未来を奪う権利はない!」
影は揺れ、少し後退した。「選択肢を…与えている…予言を…」
「嘘だ」佐伯が言った。「あなたたちは予言を通して私たちを操り、恐怖で支配している」
真琴も勇気を出して話した。「私たちの未来は私たちのもの。返して」
影は苦しそうに身を捩った。「返せば…私たちは…消える…」
「それはあなたたちの問題だ」佐伯が冷たく言った。「他者を犠牲にして生きる権利はない」
影は二人を見つめ、溜息のような音を出した。「長い間…多くの人間から…力を得てきた…しかし…抵抗する者は…初めて…」
「高城さんも抵抗した」真琴が言った。「彼女は何をしたの?」
「彼女は…一人だった…恐怖に…負けた…」
真琴の胸が痛んだ。高城は一人で戦って敗れたのだ。
「では、私たちの未来を返せ」佐伯が命じた。「さもなければ…」
「さもなければ?」影が問うた。
「さもなければ、私たちはこの存在を世界に公表する。あなたたちの力は恐怖から生まれる。もし人々が恐れなくなれば、あなたたちは力を失う」
影は激しく揺れた。「それは…できない…」
「できる」真琴が強く言った。「佐伯さんは記録を残している。私も証言できる。世界中の人々に、あなたたちの存在を知らせることができる」
影は黒い渦となり、部屋の中で激しく回転し始めた。「それは…許さない…」
突然、激しい風が部屋中を吹き荒れ、書類や小物が宙を舞った。真琴と佐伯は互いを守るように抱き合った。
「離れないで!」佐伯が叫んだ。
風は強まり、まるで部屋全体が渦に巻き込まれているようだった。影は渦の中心で踊り、形を変え続けた。
「私たちの未来を返せ!」真琴と佐伯が同時に叫んだ。
その瞬間、風が止み、部屋が真っ暗になった。そして一瞬の光の後、静寂が訪れた。
真琴はゆっくりと目を開けた。部屋は元通りだった。電気も点いている。そして、影は消えていた。
「佐伯さん…」
佐伯も混乱した様子で周囲を見回していた。「成功したのか?」
二人のスマホが同時に震えた。画面を見ると、見知らぬアプリからの通知だった。
【予約解除】あなたの未来はあなたのものです
真琴と佐伯は呆然と画面を見つめた。そして通知は消え、完全に消滅した。
「終わったのか…」佐伯はつぶやいた。
真琴はホーム画面を確認した。「予約投稿」のアプリは完全に消えていた。佐伯のスマホも同様だった。
「私たちは…勝ったの?」
「どうやらね」佐伯は疲れた笑みを浮かべた。「二人で立ち向かったから」
真琴は窓の外を見た。夜明けが近づいていた。新しい一日、そして新しい未来の始まり。
「高城さんのことを思うと…」
「彼女の死は無駄にはならなかった」佐伯が言った。「彼女の警告があったからこそ、私たちは準備できた」
真琴は頷いた。「でも、他にも被害者がいるかもしれない」
「いるだろうね」佐伯は立ち上がった。「だから私たちはこの経験を記録し、共有しなければならない」
「でも、誰が信じる?」
「最初は少数かもしれない」佐伯は真剣な表情で言った。「でも、少しずつ広がっていくはずだ。そして、もし誰かが『予約投稿』を受け取ったら、彼らは一人じゃないと知ることができる」
真琴は決意を固めた。彼女と佐伯は、この不思議な体験を生き延びた。そして、この経験を他者と共有する責任がある。
「佐伯さん、警察は…」
「ああ、俺の件か」佐伯は苦笑した。「確かに会社の情報にアクセスしたのは事実だ。でも、それは同僚を守るためだった。とはいえ、法的な責任は取らなければならないだろう」
「助けになれることがあれば…」
「ありがとう」佐伯は微笑んだ。「でも今は、未来について考えよう。自分たちの手に取り戻した未来について」
二人は朝日が昇るのを見つめながら、「影」との戦いと、これからの使命について話し合った。
数日後、インターネット上に一つのブログが立ち上がった。タイトルは『予約投稿—あなたの未来を守るために』。そのブログは、真琴と佐伯の体験、高城の警告、そして「影」との対決について詳細に記録していた。
最初は誰も信じなかった。しかし、徐々に同様の体験をした人々からのコメントが集まり始めた。「私も受け取っていた」「同じ体験をした」「友人が突然亡くなった後、彼のノートに同じ内容が…」
真琴と佐伯は、この新たな戦いの先頭に立った。彼らの未来は不確かだが、少なくとも、それは彼ら自身のものだった。
そして時々、夜更けに窓の外を見ると、街灯の下に不自然に長い影が見えることがあった。「影」たちはまだそこにいる。そして、新たな獲物を探している。
だが今、人々は警告を受け取っていた。一人ではなく、共に立ち向かう方法を知っていた。
真琴は自分のブログに最後の文章を追加した。
「あなたが『予約投稿』を受け取ったなら、一人で恐れないでください。連絡してください。私たちと一緒に、あなたの未来を取り戻しましょう。なぜなら、あなたの未来はあなた自身のものだから」
窓の外では、新しい朝が始まっていた。そして真琴の影は、ただの影に過ぎなかった。
—完—
(次の物語へと続く)
『予約投稿』~23時、あなたの明日が書き換えられる~ ソコニ @mi33x
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