ぼくはつみれじるになりたい

かどの かゆた

ぼくはつみれじるになりたい

 進路希望調査票は、鞄の底でしわくちゃになっていた。

 明日、新しいのを貰わないとなぁ、と思いつつ、気が引ける。

 行きたい高校はあるけれど、それから先なんて、とてもじゃないけど思いつかない。どんな職業に就くかなんて、さっぱりだ。


 夕飯の時間が近づいたので、リビングに向かう。すると、何やら母と弟が話していた。

 弟は結構年が離れていて、性格は僕に似ずアグレッシブ。幼稚園でもたくさん友達がいて、輪の中心にいるタイプだ。


「ねぇ、聞いてよ」


 母がケタケタ笑っているので、「なに」と聞いてやる。

 すると、弟がぷっくりした頬を照れくさそうに緩ませた。


「ぼくのしょうらいのゆめ」


 言われて、どきりとした。

 部屋の、ベッドの上に残した調査票が、やけに気にかかった。


「ぼくはつみれじるになりたい」


 そして、弟は堂々と宣言した。

 つみれ汁。それが彼の夢だった。


「みちこ先生がね。急に将来の夢を語りだしたんでびっくりしたって。しかも、つみれ汁って、なんで」


 母はツボに入ったらしく、ひたすら笑っている。自分が母を爆笑させているのが嬉しいらしく、弟は誇らしげだ。

 母につられて、僕も少し笑った。良い夢だな、と思う。


 弟は魚が大の苦手で、ずっと食べられなかった。それを見かねたおばあちゃんが、いわしのつみれ汁を作ったのだ。味噌が濃いめで、弟の好きな大根がたっぷり。しょうがで臭みを消したつみれ汁は、とても美味しかった。弟も、ぺろりと平らげておかわりを求めるほどだった。

 家族がみんな揃って、魚を食べた弟を褒めた。美味しいものを食べて、しかも称賛を受ける。それがよっぽど嬉しかったのか、つみれ汁は彼の好物になって、ことあるごとに「つくって」と母にせがむ。

 弟は、つみれ汁そのものになりたいのではないのだと思う。つみれ汁を食べたあの時の、温かくて柔らかい空気。あの良い気分そのものになりたいのだ。


「もう将来のこと考えてて偉いなぁ」


 僕は弟の柔らかい髪をなでた。本人には冗談めかして聞こえたかもしれないが、本音だった。

 どうして、将来の夢と聞くと、進学とか、仕事のことを考えてしまうのだろう。

 もうちょっと自由になっても、良いのかもしれない。

 どういう気持ちでいたいのか。どういう日々を送りたいのか。どういう人でありたいのか。多分、そういうものの先に、将来があるんだと思う。


 とりあえず今は、つみれ汁が食べたい。

 今度おばあちゃんの家に行った時は、作り方を教えてもらおうかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼくはつみれじるになりたい かどの かゆた @kudamonogayu01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ