ついに、結ばれる
神在月ユウ
でも、どれにしよう……
「う~~~~ん…………」
あたしは今、かなりの難題に直面している。
あ、でも戸籍上はもう一条だ。
そんなことはどうでもいい。
いや、どうでもいいわけないのだが、とにかくいいのだ。
先月、同棲中の彼――一条達也からプロポーズされ、先週婚姻届けを提出した。
苗字はどちらのものにするのかを話したが、メジャーな男性側の姓にした。
世間では夫婦別姓をどうのこうのとか言っているようだが、ぶっちゃけどうでもいい。彼と一緒にいることが大事なのであって、そんなの些細な問題だ。
一条美咲。
一条美咲…。
一条…、美咲……。
くぅ~~、なんかいいな~!
いや、小学生か!
セルフボケツッコミしてしまったが、まぁいいだろう。
それくらいハイテンションなのだ。
プロポーズ直後には、結婚式の準備も始めていた。
プランナーさんと打合せをして、式と披露宴の規模やスケジュールなど、決めなければならない項目を説明してもらってから、現在半年後の本番に備え絶賛準備中である。
あたしは結構人を呼びたかったが、達也の方は身内だけでいいのでは、と言っていた。
曰く、見せ物みたいになるのが気になるらしい。
要は照れてるのだ。
中学時代の友達とか、大学の同期生とか、会社の同僚とか、たくさん呼びたいのが本音だが、一度リストを作ってみたら新婦関係者だけで100人超えしてしまったので、さすがに自重することにした。
最終的には折衷案でトータル50人規模に落ち着けることにした。
まぁ、人数はそれで決めたので今悩んでいるのは誰を招待するか、ではない。
いや、そこも悩みポイントではあるのだが、一番の悩みどころではない。
今悩んでいるのは、衣装だ。
和装にするか洋装にするか。
そこも大事なのだが、それだって種類がある。
婚礼衣装といえばの白無垢(王道っぽいな~)、新たに妻としての色に染まる決意が込められているという色打掛(なんかエロいこと考えちゃった)、未婚女性が着るのでこれが最後の機会であろう引振袖(いや、もう書類上結婚してるからダメか?)など、和装だけでも種類がある。
洋装――ウェディングドレスだって、定番のAラインに、プリンセスライン、マーメイドラインなど、6種類くらいあった。
ウェディングドレスを着て~、くらいにしか考えていなかったので、さてどうしたものか。
まだ決めるには2ヶ月くらいあるものの、だからといって安心はしていられない。
仕事でもそうだが、こういう「まだ先だから大丈夫」とか思っているものに限って、納期直前で未着手になって焦るものなのだ。
それに、だ。
少女の頃から憧れに憧れた結婚式なのだ。
悩まないはずがないだろう。
悩んではいるが、嬉しい悩みなのだ。
人生一回限りの晴れ舞台なのだ、失敗や後悔などしたくない。
ということで、先週からず~っと悩み中だ。
達也にどれがいいか意見をもらおうとしたが、「好きなのにすればいいよ」と言われたので、全然あてにならない。
少しは悩め、お前の隣に立つ新婦の衣装だぞ。
新婦……、お嫁さん……、いい響きだ……。
いかんいかん、正気に戻れ、美咲。にやけている場合じゃない。
そうだ、世間ではどんなものが好まれているのか。
ちょっと調べてみる。
…………ダメだ。サイトによってAライン人気とかプリンセスライン急上昇とかバラバラだ。
推したいものを書いてるだけじゃないのか?
ちょっとSNSでも調べてみよう。
『ウェディングドレスって胸とか背中とか露出した売春婦っぽい』
『人前で男とキスとかケーキ食べさせあったりとか、かなり屈辱』
うるせぇなフェミ共。
こっちの幸せ気分ぶち壊すんじゃねぇ。
さてどうしたものか。
あたしも例に漏れず、小さい頃に『将来の夢はお嫁さん』と言っていたクチだ。
妥協で選んではならない。
後悔なんてしたくない。
他にもいろいろ調べてみると、ドレスは6種類だと教えてもらっていたはずなのに、8種類あるとか出てきた。選択肢増えるなよ、悩んじゃうだろ。
そういえば、プランナーの人が言ってたっけ。
式の様式や雰囲気とセットで考えた方がいいって。
なんとなくカジュアルな、みんなでわぁーいってする感じにしようと達也とも話していたので、そうなるとモダンな感じかな~。
あ~でもこういうひらひらもな~。
でも31歳でしょ?ちょっと、この歳でそれは大丈夫?
思考が夢見る女子みたいな感じになってない?
あ?31が女子とか言って悪いか!
今時30代で結婚とか普通だから!
イタいとか言うなよ、結婚式は長年の夢なんじゃ~!
達也と式を挙げたいんじゃ~!
大好きなんじゃ~!
……落ち着け美咲。取り乱すな。
気を取り直して、せめて和装と洋装くらい決めよう。
あんまりにも選択肢を広げるからいけないのだ。
まずは段階的に、二択から選択していこう。
以前見学した、気に入った式場では、ドレスの方が絶対にいい。和装がダメなわけではないが、雰囲気を想像すると、やっぱりドレスがいい。絶対いい。
お、このまま決められるんじゃないか。
よしっ、じゃあ次はドレスのタイプを――
と、そんなとき、スマホが鳴った。
『あ、美咲?』
お母さんだ。
「どうしたの?」
『実はね、おばあちゃん、手術終わって、目を覚ましたの』
「え?そうなの⁉よかった~」
小さい頃からかわいがってくれたおばあちゃんだが、癌で入院していたのだ。
『そ。だから、結婚式も、出たいって』
「え?ホント⁉嬉しいな~」
『待って、今おばあちゃんに代わるから』
おばあちゃんは長期入院していたから、ほっとひと安心だ。
『みさきちゃん?元気?』
「おばあちゃんこそ、だいじょうぶ?」
『もう大丈夫よ。それより、結婚、おめでとね』
「うん、ありがとう」
『ついこの間まで、こんなちっちゃかったみさきちゃんが、もう結婚だなんてねぇ』
「もう、おばあちゃんってば~」
『みさきちゃんの花嫁姿、楽しみだわぁ』
「あ、うん、今もそれで悩んで――」
『みさきちゃんの白無垢、似合うでしょうね~』
思わず固まってしまう。
おばあちゃんは、あたしが白無垢を着ると思っている。
今さっき、選択肢は洋装に絞ったばかりだというのに。
『あ、でも今は色打掛とかなのかねぇ』
時代をアップデートしようとしているが、和装なのは変わらないらしい。
それから、他愛もない話をして電話を切ったが、さぁ困った。
振り出しに戻ってしまった。
どうしよう。
ドレスにしよう。むしろドレスがいい!
そう決めたばかりなのに、おばあちゃんの嬉しそうな声が、いつまでも脳裏にこびりついている。
和装にしたら、おばあちゃん喜ぶだろうな。
そう思ったら、決意がぐらぐらと揺らいだ。
結局、衣装は洋装にした。
悩みに悩んだが、式場の雰囲気や色合い、披露宴でのことも考えた結果だ。
最初はウェディングドレスで、無難なAライン。
披露宴ではカラードレスにお色直し。淡いグリーンをチョイス。
おばあちゃんが口にしていた白無垢も色打掛もない。
自分の気持ちに正直に、あこがれを突き詰め、プランナーさんや達也とも話し合って、決めた。
少し、後ろめたい気持ちがあった。
おばあちゃん、がっかりするかな。
そんな気持ちを振り払うように、衣装を決めて、平日は仕事、休日は手作り招待状の作成や打ち合わせで慌ただしく過ごしているうちに、あっという間に本番を迎えた。
式当日、親族の席に座るおばあちゃんと目が合った。
あたしは燻っていた後ろめたさが再燃し、表情が強張ってしまったと思う。
でも――
「あら、みさきちゃん、かわいらしいわ~。あきこさん、ちゃんと写真写真っ」
「お義母さん、ちゃんと撮ってますし、スタッフさんも撮影してますから――」
「何言ってるの、この場所からの写真はわたしらしか撮れないんだから、ほら早く」
めっちゃ喜んでた。
衣装のこと気にしてないっぽい。
なんだか、あたしの取り越し苦労みたい。
ま、いいか。
家族に、友達に、達也との結婚を祝ってもらって。
今、最高に幸せなんだから。
でも、ほんのちょっとだけ、不満を口にさせてほしい。
お父さん、感極まったのはわかったから、早く鼻水拭いて。
ついに、結ばれる 神在月ユウ @Atlas36
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