カフェ・ブルーローズの脳筋マスター & 腐れ縁のしごできスーツ

山田あとり

ありえないことかな?


 カフェ・ブルーローズの照明は薄暗く落とされていた。夜道から視線をやれば、closed の札が掛かる扉の中に男が二人。


 ここはコンクリートの内装に木のテーブルとチェアが配置されたモダンな店だ。

 だがカウンター内の若いマスターは、控えめに言って筋肉ダルマ。清潔感あふれる白シャツの胸がはち切れそうになっている。

 その強靭な筋肉を縮こまらせて、マスターはしょんぼりした。


「今日も女性客に入口でUターンされた」

「おまえ、顔もいかついからな」


 向かい合う男がくすくす笑った。

 これはマスターの友人だ。上品なスーツをピシリと着こなし物腰やわらかい。出されたカップを口もとに運ぶ手つきは堂々としているが、マスターにくれる視線には茶目っ気があった。

 マスターが淹れたコーヒーはモカだ。華やかな香りがスツールに座る男によく似合った。この友人はいつも、閉店後にふらりとやってきてはコーヒーと焼き菓子でくつろいでいくのだった。


「筋肉を減らせばいいのさ」


 無慈悲なことを言い、友人はフィナンシェを口にした。


「できるもんか。筋トレは俺の生きがいだぞ」

「にしても鍛えすぎだろ」

「反射で限界を超えたくなる。俺の脳みそは筋肉製なんだ」

「ラ・メトリの降臨か」


 わからない言葉にマスターは眉をひそめる。


「なんだそれは」

「ラ・メトリは行動の論理的説明を試みた医者で哲学者だ。人間の反応は、脳を構成する物質の作用として機械的に分析できるはずだと――それで述べたのが、足は歩く筋肉であり、脳髄は考える筋肉である、だとさ」

「いい学者だな?」


 よくわからないままにマスターは賛辞を贈った。自分に該当する学説だと思う。だが友人は皮肉に口の端を持ち上げた。


「人のすべてを自然物質の法則で解明するのは無理がないか?」

「……わからん」

「体を作る成分は俺もおまえも同じだ。比率や質量の差はあれど」

「ふむ」

「なのに行動の表出は人それぞれ。俺は筋トレに打ち込んだりしない」

「そのわりにいい体しやがって……うん! おまえPCあれば仕事できるだろ。この店でやらないか?」


 片眉を上げ疑問を呈する友人にマスターは力説した。


「腹立つことに、おまえは顔もいい。イケメンが店内にいれば客も来るからな」

「虫がいいぞ」

「協力しろよ。おまえ女っ気ないし」

「ならいっそ二階に部屋をくれ。職住近接だ」


 友人の提案をマスターは真剣に検討してみた。


「……おまえと同居も悪くはないが」

「物置部屋を片付ければベッドも置けるだろ。冬ならおまえと同じ布団でもいいぐらいなんだが……筋肉で暖がとれそうだ」

「人を暖房器具にするな」


 文句を言いつつもマスターは楽しそうだ。その反応を見て、友人の瞳にいたずらな光が踊った。


「……店がもっと話題になる方法がある。天下取れるかもしれないな」

「ほんとか?」

「ああ」


 友人にちょいちょいと指で招かれ、マスターは身を乗り出した。

 立ち上がった友人がその顎をクイとする。至近距離に唇を寄せられ、マスターは息をのんだ。


「俺たちみたいのがこうしてたら……インパクト抜群だ」


 友人にニヤとされるが、マスターの脳みそはグルグルするばかりで何も出力しなくなった。


 なるほど、物質の作用だけでは人間の思考停止を説明することなどできない。

 奇妙に納得させられた。


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カフェ・ブルーローズの脳筋マスター & 腐れ縁のしごできスーツ 山田あとり @yamadatori

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