空を飛ぶものにあこがれた男

よし ひろし

空を飛ぶものにあこがれた男

「きみはこの大空を自在に飛び回る生き物がいると思うかい?」


 そう質問されれば百人が百人、そんなものいないと答えるだろう。

 中には賢い奴がいて、大昔の伝説にそんな生物がいたらしいぞ、との答えが返ってくるかもしれない。

 そう、この世界に空を飛ぶ生き物はいない。残っているのは数百年前に起こったという大破壊以前に存在したという伝説のみ。その生物の名は――


 トリ


 と言う。


 しかし、実はこのトリが今も生き残っているという噂話は、今も昔もまことしやかに囁かれている。


 そんな伝説に取りつかれた男がいる。この俺様だ。


 空を飛ぶ生き物――トリ。そいつは、青天の下、自由気ままに大地を見下ろしながら飛び続けたという。

 信じがたい話だ。今の世界に空を飛ぶものなど何ひとつとしていない。生きているものはただ地を這うのみ。それが常識だ。

 だが、俺は『トリ』の存在を信じ、その大空を翔る姿にあこがれた。そして探し求め、冒険者となった。二十歳になると共に故郷を飛び出し、トリを探して世界を巡った。

 そんな俺に共感し仲間も増えた。多い時は十人以上の集団となって探索を続けたものだ。しかし、伝説は残るものの、その存在はまるで確認することはできずに、一人、また一人と去っていき、気づけば俺は初めと同じ一人っきりの冒険者になっていた。


 四十歳を目前にした時には、さすがに俺も夢を諦め、旅先で知り合った女と共に過ごすこととした。それまでの波乱万丈な人生からすれば、とても穏やかで、心安らぐ時間だったね。


 でも……


 トリへのあこがれは、捨てきれなかった。

 五年ほど過ぎたある朝、俺は嫁と幼い息子を残して、再び旅に出た。最後の旅に――

 人の平均寿命は五十歳。そう、四十の半ばを過ぎたその時の俺には、もう残された時間は多くなかったのだ。



 再び旅に出た俺は、今まで行ったことのない世界の果て――極東を目指した。そちらでトリを見たという情報が多く上がっていたからだ。

 極東は遠い。初めは蒸気船を使い、海から向かった。しかし、途中の魔の海で船は沈み、危うく天へと召されるところだった。東亜大陸に流れ着いた俺は、そこから陸路で極東を目指した。もちろん歩いては無理だ。蒸気自動車をどうにか手に入れ、そいつで東へと進んだ。

 その蒸気自動車もおんぼろで、何度も故障しては修理を繰り返し、三年の時を経て、俺は極東までやって来た。そこで、話を集めると、どうやらトリは、極東の海を渡った先、そこに浮かぶ島にいるのではないかという事だった。

 そこで俺は船を手配し、唯一の旅の仲間である蒸気自動車と共に島に渡った。



 その島は南北に長く、その南端に上陸した俺は、トリの姿を求めて北上していった。その島は土地のほとんどを緑で覆われ、火山も多く、人が住むには厳しすぎる環境だった。それでも海沿いの平地にはいくつかの集落があり、そこでトリの情報を収集していった。

 それによると、島の中ほど、フジと呼ばれる山の裾野に広がる樹海に棲んでいるのではないかと言う。俺はそのフジを目指して、蒸気自動車を進めていった。


 海沿いの道ならぬ道を進んでいくが、その途中では、大破壊以前の遺跡らしきものがいくつも残っていた。この島にも以前は多くの人が住んでいたのかもしれない。そんなことを思いながら、旅を続けていくと、とうとうそのフジという山が見えてきた。

 その時、俺は五十歳になっていた。もういつ死んでもおかしくない。自分でも死期が近づいているのを感じるほど、体にガタがきていた。これが本当に最後。ここにいなければ、もう……


 樹海の入口で、旅の相棒を乗り捨て、鬱蒼と生える木々の中へと俺は歩を進めていった。


 ここに本当にトリはいるのだろうか?

 いや、いる。必ずいるはずだ。そうでなければ、俺の人生はいったいなんだっというのだ……


 ねっとりとした絡みつくような濃い森の空気の中を、俺は上空に気を付けながら進んでいく。トリは空を駆ける生物。いるのなら上空のはずだ。しかし、あまりに密度が高く生い茂った木々が邪魔をし、肝心の空が見えない。これでは、空を飛ぶトリを見つけられないのでは――


 不安が焦燥となって俺を襲う。知らず知らずに進む足が早くなる。その時、今まで聞いたことのない甲高く、涼やかな生き物の鳴き声が森の中に響いた。

 そこで俺はハッとなる。


 伝説によればトリの鳴き声はまるで天空の女神が奏でる音楽のようだと――


 俺はその声目掛けて走った。すぐに息が上がる。心臓が、肺が、全身が悲鳴を上げる。

 それでも、走った。そして――


「お、おおっ……!」


 思わず感嘆の声が漏れた。木々が途切れ、ちょっとした広場のようなところに出た時、上空を円を描いて飛ぶ生き物の姿が俺の目に映った。

 炎のようなオレンジ色の体毛を持ち、風を捕えるように広げた両手――いや、あれが翼か。トリだ、間違いない。遺跡から発掘された壁画などに描かれたトリと思しき姿と合致する。


「いた、やはりトリはいたのだ――!」


 俺はその姿を見上げ、絶叫した。その声に気づいたのか、トリがこちらへと首を巡らした。そして、ゆっくりと降りてくる。


 大空を背に地へと降りる姿はまさに『トリの降臨』


 俺は神でも見るかのごとく手を合わせ、いつの間にか涙を流していた。

 近づくトリ。

 しかし、涙でその姿が滲んでいく。いや、違う。目が――


「うっ……!」


 なんてことだ。胸が、意識が――。今少し、あと少し。もっと近くで見たい、トリを……


 きゅるるるるぅ……


 鳴き声がすぐ近くで聞こえる。遠のく意識の中、俺は最後にもう一度目を開けた。


「ああぁ……」


 すぐ目前にトリがいた。なんと優美な姿――


 俺は満面の笑みを浮かべ――そして…………



END

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