あきほとトリの大冒険 ~契約と巻き込まれバトル~

にゃべ♪

新たな魔法少女登場!

 3月3日も終わり、お雛様は片付けられた。あきほは祖父から借りた魔導書を暇があれば読み耽っている。書かれている文字は1文字も読めないまま――。


「これが本物の魔導書なら、読めたら魔法使いになれるのかなぁ」


 読めない魔導書を熱心に読んでいる事からも分かる通り、彼女は魔法使いに憧れている。おとぎ話で初めて魔法使いと言う存在を知り、アニメや漫画での魔法使いの活躍を目にしたあきほは、魔法使いに憧れるようになったのだッ!

 文字は読めなくても図形は分かると言う事で、読み疲れたらいつも魔法陣の描かれているページに戻る。彼女はこの魔法陣をとても気に入ってしまい、魔導書を開く度に必ず一回は眺めていた。


「カドカドカクカク、カワカワヨムヨム……はっ!」


 魔法陣をぼうっと眺めていると、頭の中にあの召喚呪文が浮かび上がる。気をしっかり持っていないと口が勝手に呪文を唱えてしまうのだ。

 あまり頻繁にトリを呼び出すのは良くないと考えていた彼女は、寸でのところでトリの降臨を阻止する。


「ヤバいヤバい、勝手に呼び出すのは良くないよね」

「何か用かホ?」

「うわっ、降臨させちゃってた!」


 あきほは寸止めしたつもりだったものの、どうやら呪文は最後まで唱え終わっていたようだ。呼び出しに応じたトリはクッションの上にちょこんと座る。

 じっとしているとぬいぐるみにしか見えないそのフォルムに、彼女は無条件で癒やされていた。


「ごめん、特に用はないんだ」

「遊びで呼ぶなホー!」

「ごめんて」


 用事もないのに召喚されてトリはご機嫌斜め。召喚主の軽い謝罪では気は済まないようだ。トリは今まで用もなく呼ばれる事がなかったのかも知れない。元の世界に戻す呪文をまだ知らないあきほは、彼のために用事を作る事にした。

 ベッドから起き上がった彼女は両手でトリを持ち上げ、そのつぶらな瞳をじっと見つめる。


「あなたはなにものなの?」

「トリはトリだホ」


 どうやら、トリは自分からは正体を明かさないスタイルのようだ。この手の反応をするキャラに追求しても、きっと本当の事は喋らないだろう。

 そう判断したあきほは、質問の矛先を変える事にした。


「じゃあ、この魔導書って何なん?」

「これは魔法の契約の本ホね。あきほは魔法使いになりたいのかホ?」

「なりたいっ!」


 トリからの魅惑のお誘いに彼女は前のめりで返事を返す。その勢いと迫力には、トリの方が引くくらいだった。

 その熱意を認めた彼は、ニヤリといやらしい笑みを浮かべる。


「じゃあ契約するホ!」

「契約? ちょっと怖いなあ」

「今更怖気付くなホ。ボクを呼び出せるんだから素質はあるホ。早く契約するホ!」


 今度はトリの方がグイグイ来た。魔法を取り扱う話で『契約』と言うのは危険ワードだ。安易に契約してヒドい目に遭う魔法少女の物語がどれだけあった事か。

 勿論創作物と今の状況を一緒にしてはいけないのだけれど、まだ中学生の彼女に契約と言う言葉は少し重かった。


「契約の前にさ、お試しとかないのかな?」

「そんなものはないホ」

「じゃ、また今度って事で……」


 グイグイ来るトリの勢いもあって、あきほはスッカリ萎縮してしまう。何だか怖くなってきた彼女は、思わず開いていた魔導書をぱたんと閉じる。すると、今まで存在感を主張していたトリもすうっと消えてしまった。

 この現象を目にして召喚の仕組みの一端を理解したあきほは、ふうと軽くため息を吐き出した。


「そう言う仕組みかあ……」


 魔法陣のあるページを開いて呪文を唱えれば召喚出来、本を閉じれば戻せる。他にも方法はあるのかもだけど、取り敢えずこれだけは覚えておこうと彼女はメモに記入した。


「ちょっとずつ分かってきたなあ」


 法則の一部が分かったところで、やっぱり文字は読めないまま。それでもあきほは飽きずに魔導書を何度も何度も読み続けるのだった。



 3月も10日を過ぎた頃、その日は天気も良かったのであきほは家を出て近所を散歩する。近付く春の気配に彼女は深呼吸。気分良く道を歩いていた。特に目的地を決めていない気ままな散歩だったけれど、歩いている内に海が見たくなったのでそっち方面のルートを選択。

 防波堤に向かって歩いていると、上空の雲行きがどんどん怪しくなってくる。何か嫌な予感を感じたところで、彼女は背後から突然呼びかけられた。


「あんたがトリの契約者ね!」

「誰?」


 聞き慣れない声に振り返ると、そこにいたのはあきほと変わらないくらいの背格好でショートカットの女の子。彼女は白を基調としたヒラヒラでミニスカの魔法少女のコスプレをしていた。服の出来が異様にいいので、手作りなのかも知れない。

 目の前の女子に全く見覚えがないあきほは、呼び止められた理由が分からず首をひねった。


「人違いです」

「いいえ、違わない! 私はヘビの契約者! あんたを倒す!」


 契約とか言ってると言う事は、目の前のコスプレ少女はマジの魔法少女なのだろう。向こうはあきほが変身した事も把握していて、それで倒しに来ているようだ。

 こうして大体の事情が分かったところで、あきほは戦いをやめてもらうよう交渉に入る。


「あの、私契約とかしてないんだけど」

「問答無用!」


 白魔法少女はステッキをかざして魔法弾を撃ってきた。見た目はおもちゃのようでもやはり本物。魔法弾は地面に当たって小さく爆発する。

 丸腰で何も対抗手段を持ち合わせてないあきほは、一目散に逃げ出した。


「戦いなさいよ! 何で変身しないの!」

「だから私は契約とかしてないんだってばー!」

「ふざけないで! あんたからは魔法の匂いしかしない」

「私そんな変な匂いしてないー!」


 魔法弾攻撃は続き、あきほはそれを紙一重で避けていく。どれだけ逃げ回っても白魔法少女はあきらめてくれそうになかった。あきほはルートを考えて逃げていた訳ではなかったので、目の前に壁が迫ってきてしまう。


「い、行き止まりーっ?!」

「ふふ、ここまでのようね」


 白魔法少女はニコニコと笑顔を貼り付けてゆっくりと歩いてきた。絶体絶命のピンチ! これから何か起こるのか想像した彼女は恐怖で背筋が凍る。

 覚悟を決めたあきほはゆっくりと振り返り、ドヤ顔の白魔法少女と向き合った。


「倒すって、私を殺すの?」

「そんな野蛮は事はしないわよ! 魔導書を燃やすの!」

「あ、それ家にあるんだけど」

「持参してないの? 契約者の自覚はないの?」


 白魔法少女はあきほの態度に軽く呆れている。そもそもあきほはまだ契約していない。それもあって、魔導書をそこまで大事に思ってはいなかった。命の危険を感じたあきほは、あっさり白魔法少女の望みを叶える選択を選ぶ。

 それが祖父の持ち物だと言う事もすっかり忘れて――。


「じゃあ、持ってくるから勝手に燃やしてよ」

「戦わないつもり? やる気あるの?」

「いや、私ただの一般人なんで」


 あきほが魔導書を手放そうと決意したその時、彼女の頭上から聞き慣れた声が響く。


「見放すなホー!」

「え?」


 召喚していないのにトリの声が聞こえたかと思うと、空から魔導書が落ちてきた。あきほは自然落下する厚いハードカバー本を反射的にキャッチする。

 帰宅する手間が省けたと白魔法少女に渡そうとするものの、思いとは裏腹に手は魔導書を開いていた。


「カクカクヨムヨム、カワカワコムコム……おいでませーっ!」


 呪文と共にトリが召喚され、この様子を目の当たりにした白少女は目を丸くする。


「こんな所でトリの降臨を見るとはね」

「あきほ、変身ホー!」

「カクカク……以下略! へんしーん!」


 トリに促されるままにあきほは魔法少女に変身。やはりその手にステッキはなかった。

 前回と全く同じシチェーションに、彼女はちょっとむくれる。


「またステッキがないのなんでよ! 向こうは持ってんじゃん!」

「今そう言う話をしている場合じゃないホ! 前をよく見るホ!」

「……やっぱり契約者じゃないの! 嘘つき!」


 白魔法少女はステッキをかざして魔法弾を発射。連射された魔法エネルギーの塊が次々にあきほを襲う。迫りくる危機は、けれど変身した彼女の心に恐怖を呼び起こしはしなかった。

 あきほは手を前に出して襲いかかる魔法弾を全て弾き返す。変身した事で魔法弾が水鉄砲以下の威力に中和されたのだ。これは魔法少女になった事で対魔法防御力が上がったためなのだけど、彼女は直感でそれを体得していた。


「嘘?! 私の魔法が効かない?」

「今ホ!」


 トリの指示を受けたあきほはすぐに走り出す。魔法バフで瞬時に白魔法少女の目の前に移動した彼女は、ぎゅっと固く握った拳を白い魔法衣装の腹部にめり込ませた。


「うりゃあああ!」

「ぐはあ!」


 強力なアッパーで殴り飛ばされた白魔法少女は空高く弾き飛ばされていく。前回の顛末を思い出したあきほは爆発を心配したものの、何も起こらずに視界から消えた。どうやら魔法少女相手への攻撃は爆発オチにはならないようだ。

 最悪の展開は回避されたと言う事で、あきほは大きくため息を吐き出した。


「良かったぁ。でもあの高さから落ちて大丈夫かなあ?」

「あいつにも契約精霊がいるからきっと平気ホ」

「良かった。て言うかまさかこれからもこう言う事が続くの?」

「そう言う運命さだめだホ。あいつだってまた襲ってくるかもホ」


 トリは得意げに胸を張ると、魔法少女同士で戦うのはのは宿命だと断言する。この流れに、勝手に巻き込まれたあきほは面白くない。

 すぐに両手でトリを掴むと、左右に引っ張ったり逆に押し込んだりと弄び始めた。


「あんたが勝手に私を魔法少女にしたんでしょ。どうにかしなさいよ! こんなバトル漫画みたいなのは嫌!」

「や、やめるホ! バトルに勝つには契約する他ないホ」

「は? 今勝ったじゃん。どう言う理屈よ?」


 あきほに迫られたトリは契約のメリットを語る。いわく、契約すると召喚や変身に長い呪文はいらない。いつでも魔導書を呼び出せる。魔法少女の本来の力を発揮出来るようになる。日常的に魔法を使う事が出来る――。

 他にも長々と説明されたものの、あきほの頭のハードディスクでは全ては記憶出来なかった。


「つまり契約すると楽になるって事?」

「まぁそう言う事だホ」

「じゃあ契約するよ。魔法使いにもなれるし」


 こうして彼女はトリと契約して正式に魔法少女になる。契約した場合のデメリットを聞き逃したまま。



 一方その頃、吹き飛ばされた側の白魔法少女は運よく砂浜に落ち、無傷でヤムチャポーズをしていた。守護精霊のヘビが触れる事で、彼女は意識を取り戻す。

 まぶたを上げて周囲を確認した白魔法少女はムクリと体を起こし、感情に任せてブンブンと腕を振り回した。


「あ~ん! 負けたー!」

「仕方ないニョロ。また挑戦すればいいニョロよ」

「だね。まずはあの子を徹底的に調べなきゃだ」


 彼女は目をメラメラと燃やしてリベンジを誓う。あきほがバトルに勝って得た平穏な日々は、そう長くは続かなさそうだ。

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あきほとトリの大冒険 ~契約と巻き込まれバトル~ にゃべ♪ @nyabech2016

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