宵闇の山梔子《一気読み推奨》
華周夏
宵闇の山梔子
大人になっていくうえで、忘れてしまったこと。過去のどうしても忘れたくない記憶だったりすることもあるかもしれない。それは、時折大人になった僕たちの心の、内側を引っ掻いてむず痒くさせる。けれど、いつしかその淡い疼きすら、いつしか忘れ去られて消えていく。
山梔子の香りは、宵闇が似合う。昔から僕はこの花が好きだった。その甘く柔らかな腕のようなこの花の香りは、幼い孤独と寂しさを慰めた。そう言えば、母も山梔子の香りが好きだった。
「今でも覚えているわ」
母は目を細めて語る。母の顔つきは、少女と大人の隙間に戻る。当時アメリカに留学していた父がアメリカ暮らしの母をパーティーに誘った時、送ったのが山梔子の花だった。ダンスをしながらの父のプロポーズに『とても幸せです』と、母の洒落た返事で、二人は結ばれた。母の答えは父から差し出された山梔子の花言葉だった。僕はその夜に授かったらしい。母は受け取った山梔子の花を捨てたくなくて、ガラスの皿に水を張って、ずっと浮かべておいたと言っていた。
「この甘い匂いは幸せの匂いよ」
と部屋の山梔子の鉢を手入れしながら母は笑う。そして、小さく母は言った。
「小さい頃、惣介には寂しい思いをさせたね。ごめんね」
僕は嘲笑った。小学生になる前から僕は自分で夜も朝も、自分でご飯を用意して食べていた。今もそれが当たり前だ。家には誰もいなかった。静寂だけが、無駄に広々としたこの家を支配していた。そんな僕を慰めるように、夏になると、僕より手入れが行き届いた鉢植えの白い花がリビングに香った。その甘い香りは不思議と僕の気持ちを包み、穏やかにさせた。いつもうっすら薫っているその匂いは夏は特に僕に纏わる。
学校に行っても解りきった授業で何も面白いことはない。楽しみも何もない。表面上の困らない人間関係を築くことはできたけれど、その友達と一緒にいて楽しいとは思わない。彼ら、彼女らが僕にみているのは、僕の後ろにあるものだ。一族『医者』そして大病院の跡取り。権力、財力だ。僕じゃない。
「今更、時間が戻るわけでもないし。僕は独りでいい。見合いはしない。恋愛もしなくていい。結婚もしない。子供も要らない。自分の子に自分と同じような『可哀想な』思いはさせたくない。いつか僕が院長になって、人生を全うしたら次の後継者は皆で決めて。それと夏休み、福島の叔父さんの家に行ってくる。この前の全国模試のときにした約束、覚えてる? 十位以内に入ったから、いいよね?志望校も圏内だし」
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何とか一般常識もない僕が、東京から新幹線に乗り、東北本線で福島駅に着くことが出来た。ホームに降り立つ瞬間、むっとする湿度と蝉時雨に驚いた。
欅の木が大きい。確かに地方都市なのに、家の近くとは夏の濃さが違う。蝉の声が、アラームを耳許で聴いたみたいに鼓膜が震えた。
僕は叔父さんから聞いていた通り、駅のタクシープールの方に歩いて出て待った。太陽が真上から照らし頭がじりじりする。湿度のある空気。気温を表す電光掲示版か三十八度になっていた。
ここは東北ではなかったのか、と思ってしまう。しばらくすると、チヨさんがシルバーのまるいフォルムの軽自動車で、駅のロータリーまで迎えに来てくれた。
「はい、お茶。遠くまで疲れたでしょう。暑いから、びっくりしたんじゃない? だから名物の桃が甘くなるっていうんだけど。惣介ちゃん。大きくなったわね。あの頃はまだ、小学生だったかしら。もう、立派な高校生ね。それでも面影は残ってるものなのね。目元なんて、変わらないわね」
チヨさんはやさしい眼差しで僕を見て微笑んだ。
不思議にチヨさんと話すと緊張が綻んで、暖かな気持ちになれる。
「そんな、立派だなんて外見だけです。お茶いただきます」
「いいんですよ。そんな気を遣わなくって。お茶、まだありますからね。福島は盆地で暑いけど、猪苗代まで行けば高原で涼しいから。お母さんから聴いてますよ。自分を律することが出きる聡い子だって。惣介ちゃん、頑張っているのね。でも、頑張り過ぎてない? 良介さんの所でゆっくり休んでいって。たまには、羽根を伸ばすのもいいわ」
家にいればおよそ聞こえない言葉を、チヨさんはさらりと言った。周りは頑張れしか言わない。これ以上何を頑張ればいいのか。幼い頃は『もう頑張れない』と泣いた。独りだった。それでも、周りは『私たちは頑張った。だからお前も出来て当然だ』という風体で僕を見る。押し潰されそうな《長男》という圧力。《跡取り》としての圧力。
『大丈夫? そろそろエアコンをとめて窓を開けましょうか。涼しいですよ。それとこれ、冷えるから飲んでみてね』
チヨさんが差し出した軽く凍らせた跡が残る麦茶のペットボトル。はっとして、我に返る。嫌なことは今だけでも忘れようとしているのに。
細やかな気遣いをしてもらっている。麦茶は美味しくて、身体に染みる。喉をならして一気に飲むと、まるでテレビのCMみたいな音が出た。
窓を開けると緑が近い。蝉時雨の音が違う。叔父さんは、奥羽山脈の深い山の中に住んでいる。車は土湯峠に入って行き、螺旋を描くように標高が上がっていく。トンネルを抜ければ耳鳴りのように鼓膜が張りつめる。
チヨさんはギアチェンジをして山道を上ったり降りたり。奥へ進めば五色沼がある、叔父さんの家の周りには誰もいない、
きっと誰も来れないと感じさせる山の奥。イタチも、狸も、運が良ければカモシカにも会えるよ、と前に来た時、小学生の頃、聴いた。
それくらい山深い場所に、まるで俗世を捨てたような叔父に合いたくなったのは、叔父に『自由』を感じたからだと思う。
叔父さんの家は標高の高い山中で直射日光が強い、光溢れる綺麗な場所だ。風も空気も緑だ。日陰は、涼しい。僕は薄いパソコンや数3のテキスト、ノート、スマートフォンなど確認した。
「叔父さん、お久しぶりです。綺麗な場所ですね」
「夏はね。冬は厳しいよ。雪が降るからね。全て車があれば、の話だね。畑も楽しいよ。薬草園の植物で寒さに弱い子は温室にいるよ」
温室って言っても私の手づくりだけどね。そう叔父さんは笑う。叔父さんも、前職は医者だった。
「私も惣介と同じ本家の出だったから。画家になるって言って、家を出たときは周りの風当たりが強かったなあ。でも、こんなだからね。皆に嫌われているな」
そう叔父さんは苦笑し、
「惣介は、本家の跡取りだから、周りの期待が大きいし、大変だろう。ゆっくりしていきなさい」
飄々とした様子で続けた。
「まあ、どう言い繕っても、私は『約束は果たした』と、医師の国家試験を通って、資格を取ってから、此処に引っ込んだ。ズルをした。逃げたんだよ。嫌われて当然だよ。君のお父さんには迷惑をかけた。それと一つ。東屋には行かないで欲しい。約束できるね?」
叔父さんの目が遊びではない真剣な表情に変わったように見えた。僕は頷いた。まるで叔父さんと、此処にこの夏置いてもらう為に、交わした契約のようだった。
小高い丘にある東屋は、東屋というより、趣のある小さな家のような建物だ。敢えて無頓着な様子で僕は訊いた。
「何があるの?」
そう僕が訊くと叔父さんは、
「何もないよ」
叔父さんは含み笑いをした。大人特有の嫌な笑い方だ。僕は変に余計な気をまわしすぎて、馬鹿みたいだと思った。
此処でも半端者扱いかと、僕は俯いた。確かに、僕は半分家出してきたような身だけれど、今までずっと両親との約束は果たしてきた。
それに僕は、都合の良いとき、もしくは都合が悪くなったときになって子供ぶるような、そこら辺の卑怯な奴みたいな真似はしない。可愛らしくないと自分でも思うが、どんなときも冷静に第三者の目を持つように努めた。簡単に言えば本当に冷めた『可愛げのない子供』
馬鹿なクラスメイト、幼稚な教師。学校はつまらない。解りきった授業をする無駄な時間。敷かれたレールを走るのか。
そして、お高くとまって、他人をランク付けまでするクズみたいな自分。友達はいないと不便だから作るけど上辺だけだ。いつでも手が切れる、面倒がない人を選ぶ。一流大学へ行き、最後は家の一族の総合病院の院長。何もかもつまらない。
皆が羨望や称賛の眼差しで僕を見る。そう言いつつ、本当は何も持っていない勉強しか能がない、名家のお坊っちゃまだと、可哀想な奴だと称賛の裏で嘲笑されていることも、充分に僕は解っている。僕は空っぽだ。僕には何もない。
たまにだけれど、懸命に培った努力が虚しくなって、揺らぐときがある。何もかもが面倒になる。すべてを放棄して何処かへ逃げてしまいたい。『普通がいい』と、夜、ベッドで丸まり悲しくて仕方がなくて泣けてくるとき、決まって甘い匂いがする。部屋に洩れ入る香りはまるで、
『大丈夫だよ、泣かないで』
という、形はないけれど意思がある、窓からカーテンを揺らして優しく涙を拭う、宵闇の風にまぎれて現れる『何か』。僕は『何か』に甘える。薫る甘い匂いに包まれた微睡みのなかで、僕は何度も繰り返す。
『君は誰?』
『何処にいるの?』
『君に会いたい……』
意識を手放し、朝目覚める頃は、余韻を残してそれは消えてしまっている。
古い倉橋家の歴史で、何かの縁があってかは分からないが福島の山奥の、人里離れた所に、本家所有の薬草園がある。
薬草園の世話をする代わりに叔父さんはそこに、お手伝いさんのチヨさんと住んでいる。叔父さんの職業は画家だ。
『倉橋良介』と言えば、著名な日本人の画家の五本の指に入る。叔父さんの絵はどちらかと言ったら海外の評価の方が高い。
美味しい麦茶を飲みながら話した悩みを叔父さんは真剣に聴いてくれた。
「惣介の悩みは、私を見たら余計に強くなっただろうね。私の自由は身近なひとを傷つけて得た自由だよ。惣介の中にある思いは、全て、周りが決めた逆らえないものへの反発と未消化の、自分自身を持て余してしまうやるせなさだと思う。でも惣介には、本気であの家を捨てる覚悟はないね。惣介はまだ子供だ。本当にやりたいことが見つかったら協力するよ。まあ、ゆっくりしていくといい。それと、流れに私は逆らったが、流れのままも一興だ。哀しいがね」
叔父さんはそう言い、麦茶を飲み干し、笑みを浮かべた。時間は誰にも平等な時間なはずなのに、僕には平等じゃない。
高三の夏休み。最後の子供でいられる時間。医者一族の僕の家。スーツの代わりに白衣を着て、病院と言う満員電車の中に押し込められ、終着駅があの世なのは、僕が本家の長男に生まれた宿命だ。
逃れられない。だから僕は、子供でいられる時間の幕引きにこの場所を選んだ。
一族でも本家しか知らない、お伽噺のようなこの場所に逃げた。
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今、此処だけは自由に満たされている。僕は逆らう勇気はない。逆らい方も解らない。結局、僕は溜め息を日常に、大人になることを叔父さんはすぐに見抜いた。
だから叔父さんは静かに笑った。けれどそれは僕を軽んじるものではなく『あの家のしきたり』故の『哀しさ』だと認める温かなものだった。叔父さんは家の離れに僕を案内した。
「何かあったら私かチヨさんに」
鍵を受け取り、火照った顔を洗面台の冷たい水で顔を洗う。離れと言うより小さな家みたいだ。
冷蔵庫を空けると炭酸水と天然水があった。初めての期限つきの自由は、掴み所がない透明な味。窓を通る風は、するりと洗ったばかりの頬を撫でていく。
叔父さんの家、ここの暮らしは最高だ。散歩をして、陽の光を浴びて、何種類か混じった蝉の声を聞く。不自由さは何もなく、とても落ち着く。ぼんやり風に当たり、庭を散歩するのも楽しい。
叔父さんと麝香チヨさん─お手伝いのチヨさん─に庭を案内された時、たくさんの草花の名前を知った。叔父さんは草木の根本に邪魔にならない大きさの『名札』をつけている。叔父さんは植物一つ一つの『植物の種類』を呼んで声をかけ、朝夕、チヨさんと水をあげている。
昔、此処で医者だった僕のご先祖様が、小さな医院を開き薬草園を営んでいたらしい。
「仲良くなりたいからね」
そう叔父さんは言い、植物を撫で微笑む。叔父をおかしいと思ったことはない。叔父さんもチヨさんも笑顔が若々しく、何処か浮世離れして見えるのは、他人に会わない生活からか。一体何歳なんだろう。昔と変わらなく見える。
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僕が小学生の頃、父と二人で此処に一度だけ来たことがある。福島駅を出たところで、僕は食べかけの、珍しくコンビニエンスストアで駄々をこねて買って貰ったアイスクリームを不器用に持ちながら父の背中を追いかけた。
シルバーのまるいフォルムの軽自動車がクラクションを鳴らすと、父は会釈し、軽自動車に駆け寄った。右手をアイスに塞がれ、体つきが小さく上手く走れなかった僕は、置いていかれると思って、半分泣きながら、父の後ろ姿に、
「おとうさん!待って」
涙声で訴えた。車から降りてきたのは、運転席の年配の女性。スッと片手で僕のアイスを持ち、膝を曲げて幼い僕に視線を併せ微笑み、余った片手で頭を撫でた。なんて綺麗なひとなんだろうと僕は見惚れた。
真っ白な髪を結いあげた、ただのおばあさんではない、まるで『ひと』ではない『何か』みたいだ。皺やシミは、ひとに似せるために作った物のようだとまで思えた。車内で簡単な自己紹介をされる。
「改めて麝香チヨと言います。惣介ちゃん、宜しくね。それと、こんなおばあちゃんでも、女性に年を聞くのは野暮ですよ、昌介さん」
昌介というのは僕の父。チヨさんは父の毎度の質問をさらりとかわし笑う。
「じゃ、行きましょうか。いつもの寄り道も」
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裏道を抜けて山間に入る。空気も清々しい緑色ではないかと言うほど爽やかな湿度だ。
「いつもの寄り道?」
「良介さんは、多分まだ家の片づけ中ですし、少し足を延ばすだけでいい温泉があるんですよ。惣介ちゃんもきっと気に入るわ」
湯あたりをするから、とチヨさんを除いて父と温泉に入りに行くことになった。車で足を伸ばし、飯坂町につく。
父は、
『熱いから惣介には無理じゃないか?』
そう笑っていた鯖湖湯はかなり熱いと評判らしい。しかし、このお湯は熱いせいか頭がスッキリすると父が言う。
確かにかけ湯をして湯船に入った時の、ビリビリっとくるような熱さと弾けるように目が覚める感覚があって、お湯に浸かると身体が弾けるような感じがした。
お湯から出て、車に戻った僕たち二人に、チヨさんは紙パックの冷たいコーヒー牛乳を手渡した。
『やっぱり福島っていったらこれだな』
確かに美味しい。普段コンビニエンスストアで買うものと、違う。『酪王』と書いてあった。
車はうねうねと山を下ったり昇ったり。チヨさんは『惣介ちゃん、もう少しですよ』と言った。父はだらしなく寝ていた。涎が汚いと思った。叫ぶように、蝉が鳴いていた。叔父さんの家に着くと、父は僕を放ったらかしで叔父さんと話し込んでいた。
チヨさんは僕を気にかけ、
『もう少ししたら皆で冷たいゼリーを食べましょうね』
チヨさんは、庭の小さなベンチに座る僕を残して、勝手口から台所に入っていった。
夏の高原。皆賑やかなのに、此処だけ静かだ。此処でも誰もいない。幼い僕はいつも独りだった。
普段なら、絶対にしない駄々をこねてまでここに来たのに、いつもと同じだ。無駄に広い家。お洒落と言われる家。けれど家には音がない。
カードキーの無駄に広い家の中には僕以外、いつも誰もいないのだ。
僕がするのは勉強。僕が周りから望まれていることは、ひたすら勉強をすること。これから偏差値と言うものを上げて、いい学校に入ること。それが僕のすること。
周りの大人は皆言う。僕の家族を見渡し、
『素晴らしい』
『凄いことだ』
『ありがたい』
たくさんのひとの命を救っている。感謝されている。僕も、幼心に家族の皆は尊いことをしていると思っていた。
羨望の眼差しを向けられていることも解っていた。自慢だった。だから僕は大人しく勉強をしていた。けれど幼い僕は自分につき続けた嘘に気づいてしまった。
夜、いつものように独りで大好きな明太子パスタを、レンジで温めて食べようとしていた。偶々、つけていたTVが映した、カレーライスのCM『家族で楽しい食事』のキャッチコピーの中、画面の中の作り物の家族が、楽しそうに三十秒間食事をしていた。
僕は作り物でも、憧れた。僕はあの三十秒の食卓の中に居たかった。悲しくても切なくても、お腹は減る。
幼い僕は、CMの虚構の一家団欒を見て『普通がいい』とぬるくなったパスタを頬張りながら思った。あまり味がしない、もうぬるい明太子パスタに僕は緩慢にフォークを動かした。
この『家』そして『長男』の僕は、いい成績をとれればいい存在。僕は普通がよかった。普通のお家が、よかった。こんな、よそ見をすることも許されない家が嫌だった。僕はベッドに突っ伏して泣いた。贅沢な悩みだなんて幼心にも解っているのだ。でも、誰もいない豪邸はあまりにも虚しくて、自分自身も虚しくなる。
不意にリビングの窓際から甘い匂いがした。湿度がある、夏の夜の暑さ越しに、大きなの山梔子の鉢植えの白い一重の花がまるで慰めてくれているように纏わり馨り僕は涙が止まらなかった。ことあるごとに言われてきた。
『惣介はいい子ね。本当にいい子』
僕は、便利ないい子だ。
いい子、いい子。どうでもいい子。
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福島の叔父さんの家は綺麗な場所だった。光も、緑色の風も、全てが輝いて見えた。父と何か話がしたかった。けれど、父にとっての僕は、まるで空気のような存在だった。
そんなものだ。僕はいつの間にか、大人に期待をしなくなった。
可愛げがない子供。可愛がりたくなくなる子供。
太陽が頭上からジリジリと僕を照らす。標高が高いせいか肌はチリチリする。足元、丁度目の前で蝉がひっくり返っていた。ただ、見ていた。僕は段々意地悪な気持ちになって、苦しそうにジジッジジッと翅を震わせる仰向けになっている蝉を踏み潰そうとした。
けれど、チヨさんに両肩を後ろからそっと捉まれた。血が引いた。人を殺そうとしたところを見られたらこんな感じがするのかもしれないと思った。
ほんの数秒の間に、暑さに放っておかれて、蝉は死んでしまった。蝉が可哀想で、罪悪感、自分にあった残酷な気持ちへの恐怖感、たくさんの感情が込み上げて僕は泣いた。
「苛々してただけなんだ。殺したくなんかなかったんだ。ごめんなさい。ごめんなさい」
「大丈夫。惣介ちゃん。チヨは魔法使いなんですよ」
動かなくなった蝉の亡骸を、チヨさんは右手に持って空に投げた。蝉は真夏の空を飛んでいった。
「惣介ちゃんは秘密を守れますね?」
穏やかに笑うチヨさんに、幼い僕は頷いた。何度も、何度も。
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懐かしい白昼夢を見ていた。帰り道、飯坂線に乗って鯖湖湯に入っていこうと思った。
叔父さんはチヨさんを自分の身内のようにとても大事にしている。まるで年の離れた恋人のように。僕の立ち入る領域ではない。
「パソコン、通じる?私もチヨさんもこっち系はてんで駄目でね。業者さんにやって貰ったんだけど、ほとんど使ってないんだよ」
「問題ないよ。Wi-Fiも飛んでる」
僕と言えば、電子機器の環境を整えて貰い、塾の授業を消化し、レポートをまとめている。気を遣わせてしまった。パソコンと、スマートフォン、それにWi-Fiまで。
何の不備もない環境で勉強もはかどるけれど、授業以外でパソコンやスマートフォンを使う気は、不思議と此処では起こらない。ここは特別な場所な気がする。
東京の家にいた頃は、空いた時間でずっと理由もなくスマートフォンに触っていた。
それなのに『退屈』だった。今は散歩が趣味だ。ここは、綺麗だ。叔父さんがここに居を構えたのも頷ける。
「惣介はここには大分慣れた?暇じゃないかい?」
「ううん。楽しいよ」
僕は大人に対して何処か身構える癖がある。握った手の平の中の信頼を見せて良い相手なのか。叔父さんは良い人だけど、僕のことは子供扱いだ。
「惣介。今日の夕ご飯は早採りの茗荷を使ったお素麺だってチヨさんが言っていたよ」
「………」
叔父さんはひやりといつも冷たい手を頭に置き、僕の頭をワシャワシャと犬か猫のように撫でる。見上げると、眉を下げ困った顔をしている。叔父さんに、僕は敢えて訊く。
「叔父さん、何だよ。何か言いたいことあるの?」
「惣介をずっと子供扱いしていたこと、悪かった。でも、子供でいられるときは、そうしなさい。子供でいられる時間は短い。それに子供は便利な生き物だよ。もうすぐ十八歳か。あの小さかった子が」
叔父さんは感慨深げに呟いた。チヨさんの料理は絶品だ。安易に僕は茗荷のお素麺に懐柔される。
僕はまだ、子供でいい。僕には好きな大人は少ない。父さんも母さんもあまり好きじゃない。寧ろ嫌いのカテゴリに入る。
僕を見て「勉強しなさい」しか言わない。とはいえ本気で嫌いな訳じゃない。少し辟易して、甘えているのだ。本当に消えてしまったら困るのに、よく「消えちまえ」とか言うひとがいる。それと、同じだ。
辛かったことはたくさんあった。独りの寂しさは小さい頃から知っている。熱を出しても、独りだった。けれど、置かれた環境は世間で言う贅沢に分類される。医者になりたくてもなれない人はいるのだ。夢を叶えることの難しさはわかる。でも、僕にも夢を見ることができたなら、と思ってしまう。
僕はこの家を継ぐ。逆らうつもりはない。仕方がないと、解っている。これが本家の長男に生まれた逃れられない運命だ。だから、全うする。その為の、最後の夏休みだ。塾の授業はリモートだからと、僕は叔父さんの家に逃げてきた。あの家の居心地の悪さは僕を酸欠にさせる。僕は、周りの期待ほど、出来た人間じゃない。歪な人間でも、医者の仕事は勤まるのか。
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叔父さんは
『私は逃げたからな。惣介にアドバイスをする資格はない』
元々美大に行きたかったらしく、医大生の傍ら、絵の勉強もしていたらしい。茗荷の素麺を啜りながら僕は叔父さんの昔話を聴いた。茗荷を汁と出汁で似て冷やした冷たいつけ汁に素麺をつけて食べる。茗荷の匂いが爽やかで美味しい。
叔父さんの描くのは専ら、耽美な美女や美男子だ。それまで、テーマが見つかるまでは蝶々を描いていていたと言っていた。
皆、この世のものとは思えないほど美しい。そして、瑞々しく『生きているもの』をモデルにした感じがする。叔父さんの画集は楽しい。
美女が誘惑する姿。
あからさまな情事の後の絵もある。
妖艶さ。
熱。
気怠い余韻。
退廃。
なのに何処か凛とした気高い品があり、下卑た感じがしない。吸い込まれそうに漂う濃密な雰囲気がある。
そして、皆が楽しみにするモデルがいる。
確かに彼女の美しさは神話のようだ。展示会やオークションで高値で取引されるのが解る。叔父さんの絵で不思議なのは、絵の名前に必ず植物の名がついていること。叔父さんは、
「答えはおのずと見えてくるよ」
そういい笑う叔父さんの代表作に、裸体の美少年や美少女が、宵闇の湖に、月が鏡のように反射する澄んだ空気の中、たくさんの花びらや、瑞々しい緑の葉の中で戯れている絵画がある。
それだけ聴けば、その絵をポルノ扱いするだろう。でも、それは絵を見たことがないから言える。叔父さんの絵を見たら、どんな批評家も黙る。叔父さんは美を切り取る職人だ。
「叔父さんの絵のモデルって、何なの?」
この山奥、モデルを呼ぶのは難しい。皆で畑で採った枝豆を食べながら僕は言った。粒が大きく甘くて美味しい。
「誰なのって訊かないのが惣介らしくていいね。そうだな、インスピレーションかな。このお米を美女だと思ってごらん」
叔父さんはお箸で、チヨさんが『食べ盛りですもの』と作ってくれた小さな焼きおにぎりからご飯を一粒摘まむ。
「なめらかな肌、少しふっくらした身体。艶めく、ふくよかさを恥じらう若さ『あまり、見ないで下さい』とでも言いたげだろう?それだけで私は絵が描ける。まあ人によりこの解釈は違う。それと、私は羞恥や秘密とか、隠されるものを好んで描くかな。大っぴらなものにはあまり惹かれないからね」
「あんなにいっぱいの美女と美男子を描いてるのに品があるのはそのせいなのかなあ。僕も絵の中の人に会いたいくらいだよ」
叔父さんが日本酒を少しずつ傾けながら、僕を見て笑う。
「惣介。自然は好きかい?」
「うん」
「植物は、好きかな?」
「うん、好きだよ。何かあるの?」
叔父さんは、酔いが回った弛緩した瞳で、
「この季節の子は優しい子が多いから、惣介も誰かに会えるかもしれないね」
叔父さんは、僕を見て笑った。そして、左手のぐい呑みの日本酒を飲み干して、ゆらゆら揺れながら、
「私が初めて香蝶に会ったのは、十六の頃だった。今も昔も、彼女の美しさは変わらない」
そう微笑み、叔父さんはうとうとと船を漕いだ。
「叔父さん、大丈夫?」
「良介さん、久し振りに酔いましたね。ほら、お部屋に行きましょう?」
ふふっと小さく笑ったチヨさんの声が、恋人を気遣うような、色のある、若い女の人のような声に聞こえた。
「惣介さんには後で離れにゼリーをお持ちしますね。グレープフルーツのゼリーですよ」
顔を上げると、いつもの柔らかな笑顔のチヨさんの顔がある。
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離れへ庭を通って帰る。汗を誘う、温度と湿度に
僕は、この夏の花がとても好きだ。早めの夕食の良いところ。山の端は夕暮れを名残に宵闇を纏う。この花は忍び寄る宵闇と澄んだ月の光が似合う。香りに対比する白い花弁の清廉な美が際立つ。
ベッドサイドの窓を開けた。網戸は開けない。虫は好きじゃないからだ。いつも、窓を開けて山梔子の花の匂いを楽しむけれど、今日は不思議に山梔子の匂いが近い。
外に何か気配がする。悪いものや、怖いものではなさそうだけど、人か、動物か。解らない。
「水、くれる?」
網戸越しに声を聴く。姿を見る。あまりに驚くと声は喉に引っ掛かって出ない。現れたのは、匂いたつような、甘い香りを纏う美少年だった。
肩までの軽くうねる黒髪に白い肌。
瞳は碧色。
薄い黒いシャツを一枚。
黒の薄地のスラックス。
目が合うと少年は僕に微笑みかける。大袈裟に言えば僕は、呼吸の仕方を忘れた。少年に見惚れるあまり、僕は動けない。目を白黒させて、
「み、水?あ、ペットボトルのでいい?」
「うん」
「裏回って、部屋に来て」
僕は、自分の手が震えていることに気づく。こんなに美しい人間が存在することを、神様は許したのか。僕が漠然とそう思うほど、彼は純粋に美しかった。ドアをノックする音に、僕は『どうぞ』と言う。
碧色の瞳の彼は口唇も綺麗だ。吸い込まれそうに紅い。指先でなぞって、キスしたいと思った。視線を逸らせない。
「どうしたの?」
初めて会ったばかりのひとに口唇を執拗に見つめられたら気持ち悪いはずだ。僕は下を向いた。いくら綺麗だからってキスだなんて。男の子なのに。一体僕はどうしちゃったんだろう。
「水、だったよね」
冷えてる方がいいだろうと、冷蔵庫から水を取ろうとすると、
「常温の方がいいな。それ、欲しい」
「僕、口つけちゃったよ?」
「構わないよ」
美味しそうに碧色の瞳の美少年は、僕の飲みかけのペットボトルの水を躊躇うことなく飲み干した。何か、話をしなければ、と僕は少年に話しかけた。
「何処から来たの?家の人心配するよ?連絡、しなくていいの?」
そんなことは思っていなかった。あるのは引き留めたい。少しでも良いからここにいて欲しい。と言う想いだった。少年は、じっと僕を見つめた。
「ずっと待ってた。君がここに来るのをずっと待ってた。会いたかったよ」
待ってた、と言われても初対面なはずなのに。少年はずっと嬉しそうに笑っている。
「君が呼んだから来たよ、惣介。君だから来た。君は、俺のことが好きだろ?」
少年は悪戯っぽく笑う。僕の顔は火がついたように熱くなる。僕は恥ずかしくてたまらなくて、下を向いて震えた。
僕は初対面の人を挨拶も儘ならないのに、キスがしたいと口唇を目で追い回す変な男だ。きっとこの少年は、僕に芽吹いた気持ちも抱いた欲も全て解っている気がした。
「お水、ありがと。ご馳走さま。最近晴れ続きだから、身体つらくて。惣介は、山梔子が好きなんだろ?俺、ずっと惣介が十八になる前に、此処に来るのを待ってたんだ。会えないかと思った。会える時間は限られているから。会いたくて、仕方なかった。いつも君は哀しいとき俺を呼ぶ。きっと無意識なんだろうけどね」
少年は嬉しそうに、けれど何処か寂しそうに笑っていた。
僕の目は、少年の細やかな表情を見ることはなく、僕の耳は、少年の想いの中の、切なさすら伴う感情を通り抜け、頭に入ることはなかった。
ただ、どうしようもない羞恥心に襲われた僕に出来たのは、こんな綺麗な少年が僕に会いたかったなんて思うはずはない。哀しいとき僕を呼ぶ?まず、この少年に会ったことすらないのに。全部意地の悪い嘘だ。そう決めつけることだった。
僕は『握手』と微笑みとふわりと包まれた少年の白くて均整の取れた手を、力任せに振りほどいた。
「出ていけよ!出てけ!僕は君なんか好きじゃないよ!訳解んない事ばっかり言って!二度と顔見せるな!お前なんか嫌いだ!そもそも誰だお前。お前なんて知らないよ!」
僕は、少年を、精一杯強がって見据え、睨んだ。震える手は握って隠した。
「惣介……どうして?俺のこと………嫌いになっちゃったの?俺、待ってたのに。ずっと、惣介を、待ってたのに……」
瞳いっぱいに溢れそうなほど涙を貯めた少年は幻のようにふわりと跡形もなく消えてしまった。それから宵闇と月に似合う甘い香りは、しなくなった。悲しい顔が蘇る。透明な声も。
あんなつらい顔を見たことがない。そして、そうさせたのは自分だという消せない事実が、最後に少年が溢した涙が、僕を罪悪感でがんじがらめにする。
僕はあの少年を、怒鳴った。意地悪く、馬鹿にされたという歪んだ一方的な劣等感。あんな綺麗なひとが、僕を好きだと言うはずがないのに。
そして本当は、あの少年の素直な笑顔に言葉に、隠しておきたかった、柔らかな初めて誰かに抱いた
潤んだ碧色の瞳を記憶に残して消えてしまった。
────────────────────
「叔父さん…訊いて良い?」
「ああ」
叔父さんは籐椅子にかけ、本を読んでいた。
「好きの定義は?どういう感情を『好き』って言うの?」
「難しいね」
叔父さんは眼鏡を外し、本を机に開いて置いた。叔父さんは笑わなかった。
「しかし、何でまた急に。誰か好きな人でも出来たのか?」
「夢だったのかなぁ。顔と声しか覚えてないんだ。でも思い出すんだよ。思い出すたびに悲しくて、涙が出るんだ。あの子、泣いてた。傷つけた。可哀相なことした。謝りたいんだ。でも、名前も解らないんだ」
僕は一連の出来事と僕が抱いた気持ちを叔父さんに、包み隠さず話した。
「恥ずべきことじゃない。そう言う感情を『好き』や『恋』という所にカテゴライズされると私は思うよ」
「叔父さん。僕、変なのかな。おかしいのかな。男の子に一目惚れなんて」
叔父さんは涙ぐむ僕の髪に手をポンポンと二回置いて、
「変じゃないよ。誰かを好きになれるのは尊いことだよ。そうだな。夕暮れになったら、庭木に水をあげれば解ると思うよ。沢から汲み上げてる、常温のおいしい水をあげなさい」
どういうことだろう。土に暗号でも浮かび上がってくるのか。
「今日は、惣介さんが水やりをやってくれるんですか?」
「うん。チヨさんは休んでて。いつもありがとう」
チヨさんは、
「助かります。マグカッププリン、食後にお持ちしますね」
チヨさんは朗らかに笑い、台所に消えた。 僕はじょうろで草木に水をやる。そこで、思いがけないものを目にした。
山梔子だけが、カラカラに乾いて、枯れかけている。葉っぱも茶色くなりかけていた。花もくしゃくしゃで香りもない。いくら水をやっても、何故か水を弾いて、吸収しない。
──山梔子だ!
──あの子は山梔子だったんだ!
そう思った理由は良く解らない。叔父さん風に言えば『インスピレーション』だろうか。
「水、飲めよ!飲めってば!」
いくらやっても意味がない。『もう構わないで』とでも言うように、八重咲のシワシワの花びらが、はらはらと落ちていく。
「悪かったよ。僕が悪かったよ。お願いだから水を飲んで。死んじゃうよ。少しでも良いから、お水を飲んで……常温の、おいしいお水だよ。君もきっと気に入るよ。僕が悪かったよ。君に馬鹿にされたと思った。君みたいに綺麗な子が、僕なんかに会いたいって思うはずなんかないって……思ったから。一目惚れ、だったんだ。君に心の中を言い当てられて恥ずかしくてたまらなかった。あんなこと言うつもりじゃなかった。本当に、ごめん。悪かったと、思ってるんだ」
山梔子の周りの土が弾いていた水が、染み渡っていく。僕はたくさん水をあげた。葉も、花も、枯れかかった、香りさえない山梔子が悲しくて、愛しくて、僕は泣いた。
「毎日来るから、早く元気になって」
僕は毎日暇さえあれば、山梔子の木の元に行って水をやる。他の木に山梔子ばかり贔屓にしてると思われたら、山梔子の肩身が狭いだろうと思い、必要な分だけチヨさんに教わり庭木に水をやる。
毎日、山梔子に話しかける。端から見たら、僕はどうかしている。それでも僕はあの少年に、もう一度会いたかった。そして、謝りたかった。
一週間後、甘い香りの花が咲き、夕闇に濃密な匂いが立ち込めた。
「良かった。花が咲いたね。甘い良い匂い。綺麗だね……もう僕が、水をあげにここに来なくてもよさそうだね……山梔子、傷つけてごめんね……さよなら」
山梔子から返事はなかった。返事なんて、本当はあるはずなんてない。あの少年も。山梔子が少年だという考えも、全部夢だ。そんな都合の良い物語みたいなことあるわけないじゃないか。そう思って立ち去ろうとした。
「行かないで、惣介」
振り向くと服はボロボロ、髪もボサボサ、肌は砂まみれの山梔子がいた。僕は震える声で言った。
「ごめん……ごめんなさい……あんなこと言うつもりじゃなかったんだ。でも君が『君は、俺のことが好きだろ?』なんて言ったから、笑うから、頭の中が真っ白になった。僕は、会ったばかりの君に惹かれてた。君は、そんな僕の気持ちを見透かしてた。恥ずかしくて、たまらなかった。僕、どうしちゃったんだろ……いつも君のことばかり考えてる」
「惣介は、山梔子の香りは好き?いつ初めて花を見た?」
山梔子が、涙目で柔らかく微笑んだ。
「小学校一年生。学校の先生が教えてくれた。『あのいい匂いのするお花はなんですか』って訊いたら『山梔子よ』って、先生は笑った。今でも覚えてるよ」
山梔子は目じりに涙を滲ませる。
「君との出会いはその時よりもっと前。アメリカに留学していた君のお父さんの昌介さんが君のお母さんの明美さんにダンスパーティーて贈ったのが山梔子の花だった。明美さんは昌介さんとダンスをしながらのプロポーズを受け、二人は結ばれた。そして、その証は君。部屋には山梔子の花があった。宵闇の部屋に甘い匂いを醸しながら俺は待ってた。ずっと君を待ってた」
話を続ける山梔子は苦しそうに見えた。
「困ったな、夜が来る。呼吸に切り替わるんだ。眠らないと少しだけつらい。最近光合成をまともにしてなかったから」
山梔子は儚く笑う。本当に綺麗だと思った。甘い香りが残照を浴びた二人を包んだ。
「ごめんね、ゆっくり眠れるようにベッド半分貸すよ。でも、土だらけだ。面倒だろうけどシャワーあるから浴びて、着替えて。手伝うから」
山梔子は『ごめん、惣介。眠いよ』を繰り返すけど、身体中が土埃だらけだ。
一緒にシャワーを浴びる。変に意識して目のやり場に困る。土だらけの身体に何とかシャワーを浴びさせると、白い肌が浮かび上がり、とても甘い匂いが、濡れた肌から香りたつ。
「上向いて。首の付け根。土がおちてないよ」
指先で擦ってあげるとくすぐったそうに山梔子は笑う。
「惣介、水、気持ちいいね。シャワーは雨だ。温かい雨は不思議。惣介はシャワー嫌い?あんまり浴びてないけど」
不思議そうにする山梔子に、
「僕はお風呂に入ったから……山梔子はお風呂には入れるのかな?」
山梔子は笑った。差し出したタオルで身体を拭いて下着をつけて、バスローブを着る。備えつけで置いてあるバスローブ姿の山梔子は同姓の目から見ても色っぽい。まるで、外国の映画から抜け出したみたいだった。
「山梔子は…月と宵闇が似合うね」
「え?」
「儚くて、消えてしまいそうだよ」
「消えないよ。ずっと惣介の傍にいるよ。夏になったら必ず惣介の傍で香るよ。思い出すよ、いつか。惣介、ベッド半分なんでしょ?いい匂いする?惣介は山梔子の甘い匂い、好きなんだろ?」
山梔子の笑顔。いつも山梔子は、ふわりと柔らかく笑う。有明の月と共に淡く消えてしまいそうに繊細で、僕は怖かった。
ベッドで横になる山梔子にしがみついて懐に顔を埋めると、いい匂いがする。安心して眠りにつく。こんなに気持ちのいい眠りは、初めてだった。
───────────────────
毎日授業を消化し、レポートを書く。山梔子は離れたところから不思議そうに僕を見ている。リモートで一度クラスの友達と雑談をしている時、偶々、山梔子が映ってしまい、女子が騒ぎ立てた。
僕との関係性や、自分の正体、ここの場所。山梔子は困りながらも笑顔で質問に答えていた。夜、僕の部屋。
「惣介を困らせたくはないから」
──いつかは消えてしまう、夢の世界の思い出だから──
小さく山梔子がそう言ったのを僕は聞き逃さなかった。
「山梔子、僕の記憶から消えてしまうの?」
「……仕方がないことだよ。大人になることは、子供の部分を捨てなきゃいけない。そうしてひとは大人になる」
「山梔子は、そうなって欲しい?僕に綺麗な思い出として消えて欲しい?本当にそう思ってる?」
「思ってるよ。皆そうだったよ。皆、俺を忘れて立派な大人になったよ」
「じゃあ、何で山梔子は泣いてるの?僕は山梔子を忘れるなら立派な大人になんかならなくていい!ずっとここにいる。僕は、君が好きだよ。何よりも、未来よりも君が好きだよ」
山梔子との思い出を残しておきたくて、僕には山梔子を描く才能はないから写真を取った。この高原の夏、いつも一緒だった。ずっと一緒にいた。そのことを残しておきたいのに、何度写真をとっても山梔子は映らない。
実家に帰らなければならない日が近づいてくるのが怖かった。もう、山梔子と一緒にいられない
僕の記憶から、この緑に満ちた風が、高原、甘い香りの、優しい笑顔が消えてしまう。その事実が苦しくて、つらくて、たまらなかった。
それでも、僕は笑う。山梔子が悲しまないように。僕は忘れても山梔子は憶えている。なら、僕は山梔子の記憶の中で、せめて幸せな記憶でいたい。
───────────────────
「風がなければ、月と流星群が、湖に映るよ。見に行かない?天体望遠鏡で見ても綺麗だよ」
初めての山梔子からの誘いだった。
「流星群か。すごいね。行きたいな。ところでどうやって知ったの?」
「蝶々さんから」
「蝶々?山梔子は、蝶々と話ができるの?」
山梔子は曖昧に頷いた。
──────────
夜、湖に星を見に行く。柄にもなく、籠のバックに大きめのタンブラーを二つ。常温の沢の水と温かい紅茶を入れた。
ビスケットと、プレッツェルも持った。高原の夜は冷えるし、山梔子は常温の沢の水が好きだ。天体望遠鏡が以外に重く、山梔子は汗をかいていた。甘い香りがする。
「僕、持とうか?」
「大丈夫。こういう時くらい、良い所見せたい」
変な所で山梔子は意地っ張りだ。つい僕は、微笑んでしまう。夜の高原は虫の音がする。秋が来る知らせ。別れの知らせ。甲高い鈴を転がしたような音。
無事、湖の畔に着いた。僕は山梔子に、ま水を手渡した。山梔子は、とても美味しそうに水を飲む。ビスケットとプレッツェルも喜んでくれた。絵のような風景だった。月の光が明るくて驚いた。
月は僕と山梔子に影をつけた。天体望遠鏡で見る星々は綺麗だった。
「月は夜の王様なんだ。夜に月がなければ真っ暗になる。月は夜を照らして、暗い世界の道標になってくれる」
流れ星は八回も見れた。八回とも、
『山梔子を忘れないでいられますように』
それだけを願った。二人でシートに横になる。山梔子と目が合う。瞳がグリーンとブルーを足したような色をしている。とても綺麗だ。見惚れるように見つめる。僕は冴えない蝶。山梔子の匂いに引き寄せられる。
山梔子とキスをした。星や、月や、虫の音の視線を感じた。皆見てる。恥ずかしいけれど、見ていて欲しかった。星も、月も、虫の音も、この夜の僕と山梔子を見た証人だ。
山梔子とのキスは甘く、心地よいのに、心臓が痛くなった。口唇を重ねながら、このキスすら僕から消えてしまうのかと思うと、泣けてきて仕方なかった。
「ねえ、山梔子」
「何?惣介」
「僕ね、幸せだよ。多分おじいさんになっても、今日のことは忘れない。いや、山梔子を、この夏のことを、忘れないんじゃないかなあ。いつか、君に会いに此処に戻ってくるよ。必ず、かならず………」
号泣しながら、咽びながら僕がそう言うと、山梔子は僕を抱きしめて言った。
「惣介、君が好きだよ。思い出したら会いに来て。夏なら嬉しい。君は俺の香りが好きだから」
忘れたくない。誰かを愛しいと思ったのは山梔子、君が初めてだったんだ。
───────────────────
「──院長先生。また仮眠ですか。たまには家に帰って身体を休めないと」
「あそこは息が詰まるんだよ。ここがいい。山梔子のいい香りがする」
「山梔子の鉢植えには毎日水をあげるのは忘れないのに、自分は栄養補給ゼリーなんて。自分を大切にしてあげて下さい」
看護師はそう言い、仮眠室を後にした。部屋に満ちる山梔子の甘い香りは白衣にも移りそうだ。私は何故か昔から山梔子の花が好きだ。仮眠室、院長室に二つ鉢植えを置いてある。目を瞑ると山梔子が香る。誰かの甘い微笑みに似た香りがするのだ。
誰か大切なひとを忘れてる?そんなひとはいない。私には子供はいない。本家は誰かが継ぐ。恋愛なんてしなかった。恋人?恋愛?そんなものは必要ない。私には要らない。
『本当に?俺のこと忘れちゃった?』
問いかけるようにあの微笑みが、グリーンとブルーを足したようなあの綺麗な瞳がちらつき、山梔子の香りが部屋にたちこめる。
『惣介』
そう呼ばれ、私の、老いた皺だらけの手に瑞々しい白い手が添えられた気がした。目蓋の裏に浮かんだ柔らかく微笑んだ顔を思い出す。
一瞬にして、時間は戻る。あの森の風を、光を、蝉の声を、夏の山の匂いが還ってくる。あの時、確かに山梔子が言った言葉。
『………惣介、待ってるから。いつまでも、待ってるから。惣介、俺を憶えていて。惣介。君が好きだよ。ずっと、俺には惣介だけだよ』
別れの日、そう山梔子は言い、泣きながら笑った。私も自動車から身をのり出し泣きながら手を振った。私にも、あった。誰かに恋し焦がれた時間が。
───────────────────
山梔子、君に会いに行く。今、季節はちょうど夏だ。君が一番魅力的になる季節だ。
福島駅に着いたらチヨさんが迎えに来てくれる。叔父さんは、噓をつかない。それしか思い出せない。もういるはずのないひとたちを思う。でもあのとき、チヨさんは、
『チヨは魔法使いなんですよ』
そう朗らかに笑った。あの場所の不思議を解き明かすつもりはない。ただ、山梔子。君に会いたい。
─────────
新幹線のドアが開きホームに降りると濃い夏の色。蝉時雨は家の近くとは次元が違う。あの時のまま。痛いくらいに鼓膜が震えた。
私は、ホームから、駅を出て待った。しばらくすると、チヨさんが軽自動車で、駅まで迎えに来てくれた。
「惣介ちゃん。大きくなりましたね。今まで毎日、一生懸命働いて。たくさんの人を助けて。お疲れさまでした。良く一人で頑張ってきましたね。好きなだけ休んでいって下さい。白いお髭が素敵ですね」
「そんな。外見だけです。みっともなく、老いてしまって」
いつも細かく、気にする人もいない、こだわっていた髭が、こそばゆくって、身体がむずむずした。いてもたってもいられず私は訊いた。
「夢じゃないですよね。夢じゃ、ないですよね? 会いたいんです。会いたいんですよ。誰か、解らないけど、待っているんです、待たせているんです。会いたいんですよ、彼に、謝らなきゃならないんです」
チヨさんが差し出した軽く凍らせた跡が残る麦茶のペットボトル。胸が苦しくなる。喉を鳴らして一気に飲むと、まるでテレビのCMみたいな声が出た。チヨさんは笑う。チヨさんは淡く白く豊かな髪を昔と変わらず綺麗に結いあげている。チヨさんは柔らかに微笑んだ。
「あのときと同じ、あのときと同じですね」
あの場所、憶えている。深い山の中。高原の光が強い、綺麗な場所。緑の空気。澄んだ真上から差す光。自分の近くにはない非現実的現実。リアルすぎる見渡す景色の既視感。
これは、夢じゃない。いつの間にか叔父さんの家に着いた。私は庭の山梔子が植わっていた場所に一目散に駆ける。一歩一歩足取りが軽くなる。
時間が、還っていく───。
───────────────────
あの夏が、戻ってくる。あの時、君との別れのとき、現実の世界に帰る時間が近づくにしたがって、悲しくて、悲しくて、仕方無かった。君が僕の心の中からいなくなることがつらかった。段々と君が記憶の中から消えていく感覚が、切なかった。
今、君に会いに還ってきた。鞄も、杖も投げ出す。身体が軽くなる。身体の中の造りさえも時間が巻き戻されていくように若返っていく。あの夏に戻っていく。
あの夏、記憶から消えてしまう、君への行き場のない僕の君への思いや、この夏の僕さえも置き去りにして過ぎ去っていく時間があまりにも悲しかった。
屈託もなく、すべてを解っている君が笑うたびに、手を離す僕だけが悲しいのではなくて、掴んだ手を離さなければならない君も苦しかったんだと解っていたよ。
君は優しいから、人一倍傷ついていることは解っていたよ。その上で、全てを笑顔に隠していた君のやるせなさを若い僕は全てを解ってはあげられなかった。あの頃いつでも泣きたかった。でも、もうちゃんともう笑える。終わりに怯えることもない。
「山梔子!」
そう叫ぶと、山梔子は驚いたように振り返り、微笑んだ。僕は、飛びつくように山梔子を抱きしめた。
「遅くなってごめん。ごめんね、山梔子」
「いつか、来てくれると思ってた。これからは、ずっと、ずっと一緒にいられるね」
ぎゅっと、山梔子は背に回した腕に力を込めた。僕は「山梔子」と呼びながら、みっともないほど泣いた。
涙がとまらなかった。情けない僕を慰めるように山梔子から、甘い匂いがたちこめる。
「君を覚えていて良かった。自分が、誰かを愛せる人間で良かった」
「惣介………」
山梔子は僕を抱きしめて、髪を撫でてくれた。
「惣介。いらっしゃい」
「叔父さん。あの、こちらは…?」
いつの間にか、チヨさんと同じ服を着た若い女性がいる。目の覚めるような美女。清潔感はあるけれど、豊かな長い髪は艶めいて綺麗だ。けれど、何処かで見覚えがある。不思議な既視感を覚えた。
「通称『香蝶』普段はチヨさんの姿だよ」
「え?でも………」
そう叔父さんはいうけれど、どうして、この女性がチヨさんなのか、僕の中でイコールにならない。
「香蝶さん?あの、絵のモデルの香蝶さん?チヨさんには失礼ですが、おばあさんじゃ、なかった…?」
チヨさん、であり香蝶さんでもある綺麗な女性は、は楽しそうに、ふふっと笑った。叔父さんは片手を宙にあげると、黒い羽根にレースが縁どられといるような艶めいて光輝く美しい大きな蝶々になり、叔父さんの指に止まり、パタパタとゆっくり羽を動かした。
「麝香鳳蝶、ジャコウアゲハ。彼女の本当の姿だ。この場所に来て、私との約束を守れたのは惣介が初めてだ。皆、東屋を覗きに行ってしまう。香蝶が唯一この領域内で蝶々の姿で身体を休める所だから、そっとしておいて欲しくてね。東屋が彼女の家。いや、本当はこの森が彼女の家なんだ」
叔父さんは、見事な黒揚羽蝶を指にとめ、続けた。
「チヨさんの姿も、香蝶も、ひとの形を取った彼女の仮の姿だ。昔、蜘蛛の巣にかかったあまりにも美しい蝶を助けたことが、全ての始まり。彼女はこの場所を守っているんだよ」
たくさんのカラクリの中に僕は居た。いつの間にか、いつものおばあさんの姿のチヨさんが目の前にいる。本当の姿を知った後だと、どう接していいか解らない。チヨさんは、うふふ。と笑った。艶かしい笑い方にドギマギする。
「今日はお祝い。お赤飯でも炊きましょう。たくさん美味しいものを作りますね。ここの始まりは遠い遠い昔。この森に、お忍びでいらした尊い身分の方の怪我を診て助けたことが縁で小さな医院を開いた、惣介さんのご先祖様の良介さんと、蜘蛛の糸から助けてもらって、良介さんに恋に落ちた私が始まりなんです」
チヨさんは懐かしそうに語る。
「私は山の神様に人の姿になりたいとお願いしたんです。恋が叶わないなら風に舞う木の葉になるとの条件付きで。良介さんは、私を愛してくれました。蝶だと知ったあとも、私を美しいと。惣介さん、良介さんは本当は『叔父さん』じゃないの。ごめんね。嘘をついて。たくさんの植物は遙か昔の良介さんの薬草園です。ここは私が作った時間の隙間。季節は過ぎても時間は過ぎない。全ての始まりは、私が良介さんに、こっそり怪我をした女性の姿で話しかけたことがきっかけなんですよ」
にっこり笑って、チヨさんは台所の勝手口に消える。僕と山梔子は歩いて、高台の大きな欅の木陰にやってきた。
─────────
さすが高原だ。日陰の温度が違う。風が涼しくて、汗が引っ込む。二人で大きな欅に寄りかって座り、木漏れ日が揺れる中、黙って見つめ合った。
僕は、山梔子に少しだけ寄りかかった。山梔子は僕の指にそっと触れて指を絡ませ、僕を見つめる。
山梔子は僕にそっと口づけた。山梔子の白く繊細な手。紅い口唇。僕を呼ぶ声。君の声で『惣介』と呼ばれるのはあまりにも胸が切なくなる。
十八歳の夏の終わり、帰りのシルバーのまるいフォルムの軽自動車に、僕はこの場所の記憶と、山梔子との思い出を、すべて此処へ置いてきた。この風景も、微笑む風の爽やかさも、君も。初めての恋も、置いてきた。
全てを置いてきた僕が、駅について、ドアを開けたら、ただの避暑の旅行だった。でも違った。僕は君を此処に預けてきた。今僕が今、僕はしがみつくように山梔子を抱きしめるのが答え。高原の風が微笑みながら通り過ぎた。
「ねぇ、山梔子」
「何?」
「長い間、記憶の中に君がいなくても、僕は山梔子が好きだったよ。ひとは香蝶さんや君が思うより器用に出来ていないのかもしれない。簡単には此処での日々を忘れられないよ。何処かできっと、覚えていたんじゃないかな。僕は山梔子の匂いが好きだけれど、あの甘い匂いを嗅いで、癒されると同時に、意味もなく切なくなって僕は何回も泣いた。きっと無意識に君を思い出したかったから。どうしても君に会いたかったからだと思う」
何故か普通に話しているはずなのに、声が潤んでくる。
「あのさ、山梔子、僕の家系はね、植物が好きな人が多いんだ。皆、立派な大人になったよ。でも、此処を訪れた僕のご先祖様たちは、君たちのこともこの場所も忘れきれてはいなかったみたいなんだ」
きっと此処を無意識に恋しがってた。父さんはずっと庭の椿の木を大事にしてた。金平糖虫がつかないようにって、世話してて、僕も沢山手伝った。この場所を忘れてしまったけれど、忘れられない初恋をしたんじゃないかな。若かった父さんにとっては……椿の木が初恋だったのかもしれないね。
僕の家には此処とほとんど同じ木や花がある薬草園があるよ。古くから大切にされてきた。みんな、消えてしまいきれなかった想い出の花や木を植えたんだと思うな。
「山梔子、君を、思い出せて良かった」
僕は笑う。一生懸命笑う。確かに笑っているはずなのに涙が止めどなく溢れてくる。
「泣かないで惣介。俺、どうすればいいか解らない………ごめん。惣介はどうして欲しい?」
「たくさん話をしよう?隙間を埋めたい。離れて出来た時間の隙間の話をしたい。僕の一生なんて短いけれど、あんまり面白くないけど」
「ううん。そんなことない。君の話を聞かせて」
「山梔子、僕は君が好きだよ。待たせてごめん。あと、待っててくれて……ありがとう。僕を憶えていてくれて、ありがとう」
本当に、君を思い出せて、良かった。
──────────〖完〗
宵闇の山梔子《一気読み推奨》 華周夏 @kasyu_natu0802
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