リンゴアメ

藤泉都理

リンゴアメ




 二月上旬から開花し始める早咲きの桜、河津桜。

 川辺沿いに植えられた河津桜と菜の花を盛り上げようと催されていた祭りが行われている三月上旬。河津桜も菜の花も満開を迎え、多くの屋台も設置されて、季節外れの寒さにも負けず地元民も観光客も多数訪れては賑わいを見せる中。

 祭りの期間に合わせて、手相占いと大きく書かれた法被を羽織って、人に化けた烏天狗が手相占い師として小さな屋台を出していると、一人の少女が烏天狗の前に立ち、お久しぶりですと言った。

 久しぶりだな。

 烏天狗は少女を見て、リンゴアメと少女の名前を口にしては、ちょっと待っていろと言ってこの場を後にした。


 リンゴアメ。

 烏天狗は少女をそう呼んでいるが、少女の本当の名前ではなかった。

 少女が名前を思い出せないのだ。

 名前だけではない。

 どうして幽霊なのか。

 どうしてこの祭りが開催されている時にだけ姿を見せるのか。

 どうして両方の手首より先がないのか。

 たったのひとつ。

 リンゴアメが好きだという事以外は何も、覚えていなかったのだ。


 きっと何か罪を犯したのね。

 リンゴアメが言った。

 ほら、罪人が舌を斬られるっていう罰があるじゃない。

 私も何か罪を犯して手首より先を斬られたのよ。


 莫迦を言え。

 烏天狗は言った。

 おまえが死んだのは最近の話だ、顔立ち、服装、話し方を見ていれば分かる。そして、最近の日本の法律では肉体を欠損させる罰を与える事はない。


 秘密裏に行っているのかもよ。

 リンゴアメは言いながら、烏天狗が持って来ては口に運んでくれる林檎飴を齧った。

 ああ、美味しい。このパリパリと甘ったるさが堪らないのよね。


 烏天狗はリンゴアメが林檎飴を食べ終わるまで林檎飴を持ち続けた。

 今日もまた。


「この頃。私、思うの。私、絵描きを目指してたんじゃないかって。だって。絵を描いている人を見ると、胸がすごく痛むもの。絵描きを目指して。でも。親に反対された、とか、才能のなさに絶望したとかで、自分で手首から先を刃物で斬り落としたんじゃないかって。そして、そのまま出血多量で死んだのよ。うん。そうに違いないわ」

「もしくは、欠けてしまったのは、手首より先ではなく、手首より後ろだったのかもな。手首より先を守ろうとした結果、今、おまえには手首より先がないんだ」

「つまり、絶望したんじゃなくて、希望を繋ごうとしたって事? 手首から先があるだけじゃ、何もできないけど?」

「そうか? 手首より先だけ生きていて動いているかもしれないぞ」

「ホラーじゃない」

「もうとっくにホラーだろうが。おまえ」

「確かに。幽霊だものね」


 ケラケラケラケラ。

 リンゴアメはとても愉快そうに笑った。


「でも。そっか。手首から先だけ動いて絵を描き続けているかもしれないのね。ふふ。もしそうだったら、あなた。ちゃんと保護してよね」

「………逝くのか?」

「ええ。お世話になりました。ねえ、あなたと出会って何年目かしら?」

「十年」

「そう。十年。短いわね。もう少しこの世に留まってようかしら?」

「好きにしろ」

「もう。そこはさっさと成仏しろって言うところでしょ。そして私が嫌よやっぱり止めた成仏なんかするもんですかずっと付き纏ってやるわって大笑いするところなのよ」

「してもいい」

「しないわよ。もう。胸の閊えが取れちゃった。いっぱいおしゃべりもできたし。あなた。意外に舌が回るわよね。寡黙そうにしか見えないのに」

「一応、客商売なんでね」


 烏天狗は後方にある手相占いの幟を親指で指した。

 そうだったわ。

 ケラケラケラケラ。

 リンゴアメは口を大きく開いて笑っては、やおら微笑を浮かべた。


「ありがとうございました」

「ああ。ちゃんと保護しておいてやるから安心しろ」


 目を丸くしたリンゴアメ。次いで、噴き出しては、よろしくねの笑みを浮かべたまま去って行ったのであった。




「すみませ~ん。手相占い、いいっすかあ?」

「はい」


 一時空を見上げていた烏天狗は、客の呼びかけに僅かに口の端を上げて屋台へと戻って行ったのであった。











(2025.3.4)



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リンゴアメ 藤泉都理 @fujitori

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