【甘々彼女】SS『雛人形に込められた両親の思い』

あすれい

第1話 黒羽家の雛人形

 ◆黒羽栞◆


 2月中旬のとある休日、我が家に雛人形が出現した。


 ……って、別になにもないところからいきなり現れたわけじゃないんだよ?


 いつも通り涼の家に遊びに行って、帰宅したらリビングの一角に飾ってあったの。私がいない間にお父さんとお母さんの二人がかりで出してたみたい。


 私が生まれて初めてのひなまつり、そこに合わせて祖父母から贈ってもらったというこの雛人形、こうして飾られるのは数年ぶりになる。私が小学生の頃は毎年出してくれてたんだけどね。


「ねぇお父さん、お母さん、なんで急に雛人形出すことにしたの?」


 私が尋ねると、お父さんとお母さんは顔を見合わせて笑う。


「ほら、もうすぐひなまつりだからね。ところで、栞は雛人形の意味、知ってるかしら?」


「なんとなくはね。えっと、女の子の健やかな成長とか幸せを願ってって感じじゃなかったかなぁ。厄除けって意味もあったよね?」


 私が答えると、お母さんは満足気に頷く。


「そうね。それと、将来良縁に恵まれますように、っていうのもあるわね」


「良縁になら……もう恵まれすぎてるよ?」


 だって、今の私には涼がいるんだもん。私の心を救ってくれた人。私がこの世で一番大好きな人。私が生涯を捧げると誓った、特別な人が。


 もちろん、涼以外にも良い縁には恵まれてるけどね。でもそれは、涼が──ううん、涼と出会ってから二人で手に入れたものだから。


「そうだね。本当、涼君がいてくれて良かったよ」


 そう言って、お父さんは優しく微笑む。


 お父さんも、最初に会った時から涼のことは気に入ってくれてるんだよね。私達はまだ高校生だけど、結婚することだって認めてくれたくらいだもん。


 ただ、そんなお父さんを見て、お母さんは意地の悪そうな顔をした。


「そう言えば昔、栞は誰にもやらん、なーんて言ってた人がいたわねぇ。あの時も確か、雛人形の意味とか由来の話をしてたんだっけ」


「や、ちょっと文乃……! 今、それ言う……?」


「お父さん……そんなこと言ってたの?」


 私もジトッとした目を向けると、お父さんはわかりやすく狼狽える。


「いや、違うんだよ栞──って、言ったことは違わないんだけど……。もうそれはいいじゃないか……今はそんなこと思ってないんだから。ただ、栞のことが大事だっただけなんだよ」


「うん、知ってる。ごめんね、お父さん。ちょっと意地悪しちゃった。今も大事に思ってくれてるの、わかってるから。もちろん、お母さんもね」


「そりゃ、栞は可愛い可愛い一人娘だもの」


 うん、さすがにそこまで言われるとちょっぴり照れちゃうかも。でも、ちゃんと愛されてるってことなんだから、文句なんて言えないよね。


「で、雛人形を久しぶりに出した理由なんだけど──」


 仕切り直すように、お父さんが口を開く。


「──栞を涼君に巡り合わせてくれた感謝と、栞を涼君に託すまでの間、またしっかり守ってもらわないとって思ってね」


「それに、男雛と女雛みたいに、涼君と栞にはいつまでも仲良しでいてもらいたいじゃない?」


「お母さん……? そこは全然、これっぽっちも心配いらないよ?」


 だって私達、付き合い始めてからずーっと仲良しだもん。今日も、その……いっぱい仲良し、してきたし?


 骨の髄まで蕩けちゃいそうな、幸せな涼との時間を思い出して、つい頬が緩む。


「わかってるわよ、そんなこと。二人ともいーっつもラブラブだものね。でも念の為よ、念の為。この先なにがあるかわかんないんだから」


「もう、お母さんってばぁ……」


 そんななにかなんて、万が一にもないんだからっ!


 でも──その気持ちだけは受け取っておこうかな。二人とも、私と涼のことを応援してくれてるってことだもんね。


 すっかり飾り付けの終わった雛人形に改めて目を向けてみると、その最上段に鎮座する男雛と女雛は──昔見た時よりも距離が近く置かれているような気がした。

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