エピローグ  初恋



 あの日。のちに「ミルオゼロ湖事件」と呼ばれる出来事があった日のことを、カグヤ・ストレガは今だに忘れはしない。

 十歳だった。


「ねえ、お母さん。あの人たちって?」


 ミルオゼロ湖の集落より少し距離を置いた場所に、カグヤの祖父・トキオが住む家があった。

 家の庭に窯があり、トキオはそこで、一人で焼き物を作り、生計を立てていた。使い勝手のよい食器や、土産物になりそうな小さなカップなどと作っていた。

 腕はよいのだがトキオは偏屈なのか、他人と交わろうとしなかった。

 カグヤの母・チハヤが、住んでいる王都・ルジェミルから訪れて、土産物屋に納品したり、都会でも売れそうなものは持ち帰り、雑貨屋などにおいてもらっていた。

 チハヤは父親のところと訪れる時は、必ずカグヤも伴っていた。

 カグヤにとっては、トキオは優しいおじいちゃんで、滞在中は焼き物の土をこねらせてもらったり、湖畔で遊んだりしてのびのびと過ごしていた。


 それはチハヤと共に、湖畔の繁華街に食料を買い出しにきた時のことだ。

 繁華街といってもこじんまりとしたものだが、観光客や療養に来ている者のために、いろんな店があり賑わっている。

 そんな時みかけたのが、その一家だった。

 よい服装をしていて、父親と母親、そして娘らしき女の子、お付きの人も数人おり、一見にして身分の高い一族だと判る。

 あたりの者も、興味深そうに見ているが、近寄ろうとはしなかった。


 カグヤが目を奪われたのは女の子だった。

 さらさらとした肩までの金髪。白い肌に、大きな瞳は緑のような青のような複雑な色をしていた。

 両親に向ける笑顔は明るく、楽しそうな様子だった。


(お姫様みたい!)


 まずはそう思ったカグヤはチハヤに尋ねた。


「お母さん、あの女の子だれ?!」

「王の姪御さんにあたるルミドラ姫よ」

「えっ、お姫様なの?」

「そうよ。もしかしたら、将来女王様になるかもしれないわね」

「へえ、へええーー」


 お姫様っているんだあ。

 子供のカグヤでも王様がいるのは知っていた。

 だけど、「お姫様」の存在はその時は判っていなかった。


(お姫様ってすっごくかわいいんだなあ……)


 ルミドラ姫っていうんだ。

 その名前をカグヤはしっかり覚えた。



 その数日後、悲劇の夜が起こった。

 その時、カグヤは、チハヤの隠された力を知り、そして自分のルーツも知ることになる。


 


「お姉様、みて! 僕の手をなめたよ」

「かわいいわねえ」


 リリヤヴァ宮の中庭で、姫と王子が戯れているのは二頭の子犬だった。

 番犬として用意されたが、まだまだ小さい。

 将来はかなり大きくなるそうだが、今は、八歳のミラン王子が抱き上げられるほどだった。

 ルミドラ姫も楽しそうに、子犬を撫でたり、抱き上げたりしている。

 中庭の隅で、警護の一環としてカグヤはその様子を見守っていた。


(やっぱりかわいいな。ルミドラ姫)


 ミルオゼロ湖の湖畔で見かけたあの日から、ルミドラ姫のことを忘れたことはなかった。

 カグヤもいろんなことがあった。

 母のチハヤが病気で亡くなり、父のデニスは出世し、忙しくなった。

 そして、祖父のトキオは行方知れずになっている。

 チハヤの葬儀が終わって、しばらくしてデニスと共にミルオゼロ湖の祖父の家を訪れたところ、もぬけのからになっていたのだ。

 カグヤは、無気力状態になり、夢とか希望とか将来やりたいこととか、そんなものが全く判らない状態になってしまった。

 そんな時、金糸雀隊の募集のことを聞いたのだ。

 年齢と性別は問題ない

 デニスに、金糸雀隊のことを詳しく教えてもらい、志願することを決めた。

 デニスには「まあ、難しいとは思うけどやってみなさい」と言われ、とにかくめちゃくちゃ勉強したし、めちゃくちゃ体を鍛えて、めちゃくちゃ武芸も頑張った。

 どうにかこうにか受かって、今はこうしてルミドラ姫に仕えることが出来ている。


 時折、報道でルミドラ姫の絵姿は見ていたけど、17才になったルミドラ姫は、とても美しく成長していた。

 そして、とても優しい女の子だった。


 なるべく顔には出さないようにしているけど、毎日姫に会うたびに心の中では、お祭り騒ぎなのだ。

 

(でも、ルミドラ姫は優しすぎるかもしれない)


 女王になる者は、時には冷静に決断したり、非道にならなくてはいけないこともあるだろう。優しいルミドラにそれは辛いことかもしれない。女王としての生活は平穏とは真逆だろう。

 だからこそ、守らなくては。


「カグヤ、みて」


 子犬を抱いたルミドラ姫がやってくる。

 カグヤも近づいた。

 姫は小声でいった。


「寝ちゃったの。すごく可愛いわ」


 姫の腕に抱かれた茶色い子犬は、そのまま眠ってしまったのだろう。安心したようにルミドラに体を預けている。


「うわー……姫になついてるね」

「子犬ってこんなに可愛いのね。知らなかった」

 

 嬉しそうに微笑むルミドラをみて、カグヤは思う。

 かわいいのはルミドラ姫なんだけど。

 私が絶対守っていくと、カグヤはその笑顔に誓うのだった。

 


<終>

 



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女王になりたくない姫は紫の女騎士に恋してる 南愛恵 @minamiakie

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