第28話 あなたと共に

「ローベルト一家は、ヴェルナ領に落ち着いたそうだ」


 朝食も終わり、お茶が出された頃にお父様が話し出した。

 ミランはすでに退出している。

 朝の光が差し込むテラスルームのテーブルについているのは、王弟であるお父様、お母様、そして私の三人だった。

 お茶をついだ侍女も下がっていく。


「リヒャルトの立太子の儀式は、うちうちで執り行ったよ。来週の吉日に国民にお披露目となる」


 お母様が、痛ましげに首を振った。


「ローベルト王子が、あんな恐ろしいことを考えるなんて……王もご心痛のことでしょう」

「ああ……特にカトカ妃のお嘆きは深くてね……今も、伏せっているようだ」


 カトカ妃は、ローベルト、リヒャルト両王子の実母だ。

 ローベルトお兄様は、子供の頃から明るく気取らない性格で、周りの人たちから好かれていた。そんな息子がそんな陰謀に手を染めるとは思っていなかっただろう。


「ルミドラもショックだっただろう。兄のように慕っていたからな」

「はい……」

「立場は人を変えてしまう。お前もこれから重い立場となるが、初心を忘れないように」


 お父様のお言葉のあと、お母様が少し微笑む。


「ルミドラは今のままで大丈夫。優しい子ですもの」

「努力します」


 私が答えると、お父様とお母様も納得したようにうなずいた。


「それにしても、宮に若い人が増えて、賑やかになってよいな」

「ええ、そうなんです。どうなることかと思いましたけど、ミランも喜んでますし」

「ルミドラも、同じ年頃のお嬢さんたちが側にいるのは心強いことだろう」

「はい、とっても」

「金糸雀隊は、女王の任が解かれるまでその側にいる……長く側にいるものだから、よい関係をつくりなさい」

「はい。お父様」



 ローベルトお兄様の陰謀の件も落ち着き、リリヤヴァ宮は平穏だった。

 お父様も宮と城を行き来する生活に戻った。

 金糸雀隊の任命式から、いろんな出来事があって、私も心が乱れることが多かったけど、ようやくいろいろと考えられるようになっていた。

 ローベルトお兄様のこと、過去の戦争のこと、クラーラ伯母様のこと。

 改めて、自分がいつかは女王の座につくことも、考えてみた。

 その重圧に耐えられるのか不安はある。

 だけど、私は逃げられない。

 なぜなら、私はその立場に生まれてしまったからだ。

 そのことだけは、はっきりと判る。


 だったら、やるしかないのかもしれない。




「ほら、ルミドラ姫。背筋をのばして!」

「え、ええ……」


 とはいえ、乗馬は苦手……。やっぱり、人には向き不向きがあると思う。

 今日は、以前も来た馬場で乗馬訓練。

 騎乗している私に、アマーリエが徒歩でつきそい、指示を出す。

 馬場の隅のほうから、マリアナとノエミが手を振ってくる。

 もちろん、振り返す余裕はまだない。

 そしてカグヤ。

 カグヤは馬場の中心に立って、私の動きをみていた。


(そんなに見られたら緊張する……)


 三周ほどして、いったん休憩となった。

 力がはいっていたのか、ほうっとため息をついてしまう。

 カグヤがちかよってきた。


「あそこの上まで行ってみない?」


 カグヤが指を指したのは、馬場から繋がる丘陵だ。

 普段なら、牛の放牧がされていて、のんびりとした姿があるのだけど、今日は別のところにいるのか、青々した草が風で揺れているのが見えるだけ。


「え、無理よ……」


 緩やかとはいえ、坂になっている。

 自分で馬を操れる気はしなかった。


「私が乗るから」


 カグヤがそう言うと、アマーリエも頷いた。


「いいんじゃない? 姫様、私たちも後から追いかけますよ」

「うん、では」


 カグヤは鐙に足をひょいとかけて、身軽に馬に乗ってきた。

 私の後ろに座る。

 体が密着して、どきりとした。


「じゃあ、行こう」


 カグヤが手綱を操り、馬は軽快に走り出す。

 柔らかな風が、頬を撫でた。

 その時、ちりちりんと微かに透き通った音が聞こえた気がした。

 

 馬場から出て、丘陵の坂をゆっくりと登っていく。

 

「ほら、姫様、みてよ」

「わあ……」


 登っていくと、景色が広がっていく。

 王都ルジェミルの町並みが見下ろすことができた。

 ルジェスキー城の立派な姿も。


「見晴らしがいいわね」


 カグヤは馬をとめた。素直に馬はその歩みを止める。

 と、同時にあの透明な音も止まった。

 

「なにか……鈴の音がしていなかったかしら?」

「ああ、聞こえてた?」


 カグヤはジャケットの胸のポケットに手をいれて、何かを取り出した。

 そのまま手の平に乗せて、背後から私に差し出す。


「ほら、姫様、これ」

「わあ……」


 小さな丸いもの。鈴だった。


「珍しいかたちね。これ焼き物ね……?」


 普段みかける鈴とは違う形をしている。


「これ、おじいちゃんが焼いてくれたんだ」

「ああ、焼き物の職人さんだという話だったものね」

「珍しい形でしょ? マホ国ではこういう形が普通なんだって」

「そうだったの……」


 私はカグヤの手の平からそれを取り上げて、目の前にかざしてみた。

 ちりんと温かみのある音がする。

 

「姫に差し上げます」


 背後からカグヤの声がした。

 耳元すぐで言われて、こそばゆい。


「そんな、こんな大事なものいただけないわ」

「ううん。この間、姫はマホ国やお母さんのことを気遣ってくれたでしょ。だから、姫が持ってるのが一番いいと思ったんだ」


 過去の過ちは取り返せない。

 たくさんの人が傷つき、命が失われた戦争。

 私に出来ることなんて、今は何もないけれど、忘れないことは出来る。

 過ちは忘れてはいけない。繰り返さないために。

 

「ありがとう……。マホ国のことを忘れないためにもずっと大事にするわ」

「よかったー。私もこれまで大事にしてきたものだから、だから姫にあげたいって思って」

「え?」

「あ、その……うん、大事にしてほしい」

「するわ」


 じんわりとカグヤの体温が伝わってくる。

 お父様が言っていた。

 金糸雀隊は女王の任が解かれるまで側にいると。

 カグヤはずっと私の側にいてくれるということだ。

 

(嬉しいけど……どきどきしてしまって困るわ……)


 紫の髪の騎士は、今では心の中で、カグヤの姿になっている。

 もちろん、普段の黒い髪のカグヤも会う度に、嬉しくなるのだけど。

 これが毎日のことなのだから、私は困ってしまうのだ。

 

 「あ、みんなも来たよ」


 みると、それぞれ華麗に馬を操りながら、アマーリエとマリアナ、そしてノエミがやってくる姿が近づいてくる。

 もちろん、みんなともこれから一緒に長い時間を過ごしていくのだ。



(クラーラ伯母様。私、やれるところまでやってみます。どうなるか判らないけど、カグヤやみんなが一緒なら、大丈夫だって思えるから……)


 眼下に広がる美しい都をみつめながら、私は誓う。

 幸せな国をつくり、守っていきたいと。

 大切な人を守っていきたいと。

 私は誓ったのだった。



 

 




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