史上最後の雛祭り

そうざ

The Last Doll's Festival

 壁のスイッチに触れると、思い掛けず照明が灯った。

「ここは蓄電池が生きてるな」

「でも、生体反応はなし」

 本来は必需品を備えておくべきその空間に、様々な物品が粗雑に詰め込まれていた。故障、破損したと思しき調度品や始末に困った粗大ごみを一時的または無期限に放置しておく場所として活用しているようだった。

 二人は示し合わせたかのように防護服の内側で軽い溜め息をく。

「俺達、いつ清掃業に転職してもやって行けそうだな」

「もうプロを名乗っても良いんじゃない?」

 稼動限界は七十二時間と決められている。ここを最後の調査対象と決めた二人は、そそくさと我楽多がらくたを選別し始めた。金目の物は見当たらない。が、調査の目的はそこにない。

 そうして最後に残ったのは、大きな木箱だった。色褪せた蓋に紙が貼付され、そこに筆文字が記されている。

「この複雑な文字は、漢字か?」

「多分ね。何て書いてあるのかしら」

「さぁ、東洋史の講義は寝てたんでね」

 箱があれば開けたくなる。職務に忠実なのか、唯の助平心なのか。

「じゃあ、ワン、ツー、スリーでね」

「ここはやっぱりイチ、ニ、サンだろう」

「あら、漢字は読めないんじゃなかったの?」

「一、二、三は数少ない直ぐに覚えられる漢字さ」

 二人は掛け声を合わせ、サンッで蓋を開けた。その瞬間、古めかしい匂いが昇り立ったような気がした。

「人形……こんなに沢山」

「地の果てくんだりまで来て玩具とはね」

 人形は一体一体が薄紙で包まれ、持ち主の心遣いが窺える状態で収まっていた。

「写真が入ってるわ」

 被写体になっていたのは、階段状の朱い棚に整然と並べられた人形達だった。

「人形様の記念写真かい?」

「ねぇ、この写真通りに並べてみない?」

「君も物好きだねぇ。まっ、お互い物好きだからこんな所に居るんだけど」

「この後、誰かとデートの予定でも?」

「オーケー、俺で良ければお付き合い致しましょう」

 箱の側に掛けられた板や角材を組み立てて棚にする事は、部外者の二人にも直ぐに判った。

「朱いカーペットを敷いたらステージの出来上がりね」

「おっと、このゴージャスなパーティションを置かないと」

 写真に倣い、お内裏様の後ろに金屏風を立てる。一般的には男雛、女雛の事をお内裏様と呼ぶ。男雛のみをお内裏様とするのは間違いであるが、無論、二人のあずかり知るところではない。

「こっちの人形は男性で、こっちの人形は女性ね」

「不思議なもんだな。異文化の人形でも何となく性別の想像が付く」

 二人の防護服は飽くまでも機能性に特化したデザインであり、そこに性差はない。

「カップルの間にタンブラーとテーブル、両サイドにはフロアスタンドか」

 お神酒みきを載せた三方さんぽう、そして一対の雪洞ぼんぼりを飾る。

「二段目は……女性三人組スリー・シスターズの登場よ。あら、眉毛のない子が居るわ」

「朝寝坊してメイクする時間がなかったとか?」

「手に持ってるのは……スプーン、トレイ、ポット。彼女達はメイドかウェイトレスなのね」

 向かって左から、加銚子くわえのちょうし、三方、長柄銚子ながえのちょうしを持った三人官女が配置される。

「三段目は……お揃いのコスチュームでキメたバンドね」

「パーカッションにフルートにボーカル? 何てトリッキーな編成だ。俺好みのダンスナンバーを頼むぜぇ」

 同じく左から太鼓、大鼓おおつづみ小鼓こつづみ、横笛、うたいを担う五人囃子が並べられる。

「四段目は……ワァオ、まるで二人組のロビンフッドよ。弓矢を背負ってる」

「ボディガードか。でも片方は爺さんだぞ。ちゃんと務まるのかい?」

 随臣は、老人の左大臣と若者の右大臣とで構成される。この二体を段の両端に置き、中央に菱餅と掛盤膳かけばんぜんを配する。

「五段目は……何だか表情豊かな三人ね」

「こいつはご機嫌斜めで、こいつは悲しくて、こいつはハッピーらしい」

 三人上戸さんにんじょうごとも呼ばれる仕丁しちょうは、怒り顔、笑い顔、泣き顔をしており、それぞれに台笠だいがさ沓台くつだい立傘たてがさを持つ。また、段に向かって左端に右近うこんたちばなを、右端に左近さこんの桜を設置する。二人共、もう手慣れたものである。

「六段目は……人形じゃなくて道具類だ」

 箪笥、長持ち、挟み箱、鏡台、針箱、火鉢、衣裳袋、茶の湯道具が錦上きんじょうに花を添える。

「七段目……最後まで豪華ね」

 御駕篭おかご、重箱、御所車ごしょぐるまを並べ終わると、二人はハイタッチをしながら歓声を上げた。

 が、やがて二人は不可思議な感慨に囚われた。隔絶された地下空間に従容しょうようとして御座おわす人形の威風に気圧されたのかも知れなかった。

「この人形一式にどんな意味があるのか。単なる個人的な懐古趣味にも見えるが……」

「地下シェルターに保管されていた事実をどう解釈するか。処分に窮しただけのごみだったのか、それとも……」

 人形は黙したままである。荒廃した大地にうずもれて幾星霜、果たして再びでられるその時を待っていたのかどうか、それさえも語ろうとはしない。

 今回の調査で得られた唯一の成果は、上階の寝室で発見したミイラ状の遺体だった。遺体の着衣や容貌からそれが高齢女性である事は窺えた。詳細はDNAサンプルの鑑定を待つ事になるが、たとえ人種を、民族を、国籍を特定出来たとして、それがどんな決定打になるというのか。なかば想定の内にあった事とは言え、遣る瀬ない徒労感に襲われる二人だった。

「ここの主人あるじは、純日本人だった・・・・・・・と思うかい?」

「何とも言えないわ、それを証明し得る確定的な材料がないんだから……でも」

「でも?」

「ここに置き去りにしなければならないのは、残念ね」

「……そうだな」

 消失文明調査の一環として続けられて来た純日本人の探索は、こののち、正式に凍結された。当該に相応しい人格は既にこの地上から消え失せている、と結論付けられたからだった。

 これを以て、いにしえの純日本人が雛祭りなる行事を執り行っていた事実も永遠に忘れられてしまったのである。

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