【KAC20251】東洋の島国には人形を飾る祭りがあるらしい

宇部 松清

石頭聖女のひなまつり

「すごい……何これ」


 三月三日。

 興奮気味のリエッタに手を引かれ、大広間にやって来た私は、を見上げて驚嘆の声を漏らした。


 真っ赤なカーペットが敷かれた巨大な階段である。けれど、それはどこの階にも繋がってはない。大広間の真ん中にドドンと鎮座しているそれの上には、色んなものが飾られていて、ということは、飾り棚なのかもしれない。いや、大広間ここに?!


 その飾り棚の下段にはどういう意図で集められたのかわからない小物や、それから模型が置かれている。


 まず最下段には、馬車、それから軽食を入れるバスケット、手漕ぎボートゴンドラが。


 下から二段目は、クローゼット、旅行時に衣服を入れる大きなトランク、ドレッサー、ソーイングセット、そして、ストーブだ。


 ちなみに、馬車、ボート、クローゼット、ドレッサー、ストーブは精巧に作られた模型だ。


「リエッタ、これは何かしら」


 周囲をきょろきょろと見回すと、エリザ騎士団の皆も集まっていて、今日は珍しく軽装だ。団長のメグはいつもの重装備だけど、副団長のベロニカはスカートを履いている。


「お嬢――じゃなかった、奥様、これは『ひな祭り』でございます」

「ひな祭り? これが?」


 そういえば、以前読んだ小説の中にそんな単語がちらりと登場した覚えがある。でも挿絵もなかったから、まったくイメージが湧かなかったのだ。とりあえず、東洋の島国に、人形を祀る女児のための祭りがある、くらいの知識しかない。それがテーマのストーリーというわけでもなく、会話の中にちょこっと出て来ただけだったし。でも、へぇ、成る程、こういう感じなのね。そうか、お祭りだからいつもよりもおめかしさせられたってわけね。


「でも肝心の人形がないわ」


 八段もあるその飾り棚は、下の二段にびっしりと物が並べられている他は、その上の段の両端に花瓶に活けられたお花、その上の段の真ん中にはケーキとお茶、さらにその上の段には何もなくて、上から二段目にはグラスに盛られたプリンが二つ。最上段にはステンドグラスを使ったランプが両端に置かれている。


 たぶんその空きスペースに人形を飾るのだと思うけど、がら空きなのである。


「それにしても、随分と大きい人形を飾るのねぇ」


 はぁ、とため息をつきながらその巨大な飾り棚を見上げていると、


「皆、準備は出来たか」


 正装したアレクがやって来た。


 いつもの三倍シュッとしていて控えめに言ってもものすごく恰好良い。幼馴染みとしてもう何年も付き合いがあるし、見慣れてもいるはずなのに、ドキッとする。


「アレク、私何が何やらよくわからないのだけど」


 そう声をかけると、一瞬、目を大きく見開いてから、またいつもの無表情になる。


「エリザ、とてもよく似合っている」

「ありがとう。あなたも素敵よ」

「ありがとう。それで、この後の流れだが」


 言うや、飾り棚の一番てっぺんを指差した。


「君と僕はあそこだ」

「は?」

「君と僕はあそこだ」

「いや、そこは聞こえてます。そうじゃなくて。え? あれってお人形を飾るのではなくて?」

「本来はそうなのだが、せっかくなので、君と僕、それから使用人達でやってみようと思って」

「成る程」

「安心してくれ、安全には配慮している」


 その言葉通り、飾り棚の裏にはこれでもかというほどにクッションが敷かれていた。


「それではこれより『ひな祭り』を開催する! 皆、配置につけ!」


 張りのあるその声で、打ち合わせ済みらしき使用人達が声を揃えて返事をし、ザっと一列に並んだ。そうして、上段の者達から順に棚へと上っていく。待って、そうなると最上段の私達はどうしたら?


 と、私が不安に思っていることに気付いたらしいアレクが「僕達は後ろから上る。そのための階段があるんだ」と教えてくれた。


 さて、スカスカだった階段状の飾り棚は、あっという間に使用人達で埋め尽くされた。それをアレクが下から順に説明してくれた。


「下にいる三名は仕丁していという役職の雑用係らしい。メイド達を据えようかと思ったのだが、男性が務めるものらしく、庭師のケビン、従僕のバルト、それから料理長のジェフに頼んだ」


 どうやらこの仕丁、表情にも決まりがあるようで、ケビンは怒り顔、バルトは泣き顔、ジェフは笑い顔である。


「その上は右大臣と左大臣。僕の右腕と左腕、といったポジションらしい。ややこしいが、向かって右が左大臣、向かって左が右大臣だ。右大臣よりも左大臣の方が立場は上らしい。よって、左大臣をルーベルト、右大臣をマーガレットに任命した。本来は右大臣も男性らしいが」


 ルーベルトさんは、もう既に半分泣いている。たぶん「坊ちゃまの右腕をこのわたくしめが!」と思っているのだろう。メグはというと、胸に手を当てて天を仰いでいる。こちらもこちらで「身に余る光栄……!」とか考えてるんだろうな。


「その上は五人囃子と呼ばれる音楽隊だ。左から、ティンパニ、スネアドラム、タンバリン、フルート、そして歌手で構成されている。正直なところ、この楽器で一体どんな音楽を奏でるのか想像がつかない。弦楽器は必要ないのだろうか」


 確かに。なんていうか、打楽器の占める割合が多すぎるわね。


「その上は三人官女と呼ばれる、君の女官達だ。リエッタ、ケイシー、そしてマーガレットをここに配置しようかとも悩んだが、彼女は右大臣に任命してしまったので、副団長のベロニカだ」


 何とも心強い三名である。


 と、説明を終えたところで、アレクが私に向かって手を差し出してきた。


「エリザ、手を」


 その手を取って、飾り棚の後ろにある階段を上る。抜かりなく手摺まで設えられたそれをゆっくりと上り、最上段の所定の位置に座った。わぁ、とてもいい眺めね。


 ――いや、こっわ!

 高いって!


 そりゃあクッションも用意されているけど、これ、普通に怖いから! あと、これ、上ったは良いけどこれからどうするの?!


「あ、あの、アレク」

「どうした」

「これ、ここからどうするの?」

「とりあえず、記念撮影をする。ほら、いま用意している」


 その言葉で正面を向くと、いつの間にやらカメラマンがいそいそと準備を始めていた。成る程、記念に残すのね、オッケーオッケー。そりゃあここまで頑張ったんですもの、形に残らないと寂しいわ。


 で、パシャパシャと数枚撮ってもらい、終了である。


「この後は?」


 まさかこれだけで終わるってことはないわよね?

 ここまで用意したんですもの、きっとここから何かパーティー的なものが始まるのよね? ダンスパーティーとか? あっ、でも。食べ物も一緒に飾られているし、立食パーティーかしら?


 ――いや、ここで?!

 一番近いところにあるプリンに手を伸ばすのもヒヤヒヤよ?! 私、頭から落ちる自信しかないんですけど?!


 ダンスなんて無理よ。下の人達を蹴散らしながら踊ることになるし! ていうかこんな狭いところでは無理だし!


 そんなことを考えてそわそわしていると、


「撤収!」


 アレクが叫んだ。


「総員速やかに撤収せよ!」

「え? て、撤収?」

「ひな壇は即解体する!」


 え? これってそんな刹那的なものなの?!


 何が何やらと混乱している私に向かってアレクは「エリザ、焦らなくて良いから、ゆっくり降りよう」と再び手を取った。


「ちょ、ちょっと待って。もう解体するの、これ?!」


 ここまでやっといて?!


「そうだ」

「どうして? だって、せっかくここまで用意したのに」


 もったいないわ。しばらく飾っておいても良いのではなくて?


「どうやらこの『雛飾り』、長いことを飾っておくのはタブーらしい」

「そうなの?」

「その家の女性が行き遅れる、というジンクスがあるとかで」

「そんな! だとしたら最初から飾らない方が良いんじゃない?」

「そういうわけにもいかない。これは女性のための祭りだからな」

「それにしたってこんなに早く片付けるものではないと思うわよ?」

「そうなのか?」

「私だって詳しいことは知らないけれど、東洋の神様だって、そんな『お片付けタイムアタック』みたいなこと望んでないと思うわ。せめて今日だけでもこのままにしておかない?」

「君がそう言うのなら」


 せっかくだから、空いているところには、屋敷の中にあるお人形を飾りましょう、ということになり、私達が幼い頃に使っていた人形やぬいぐるみ(といってもアレクはほぼ持っていないから、私が遊びに来た時用の物だ)を飾ることになった。


 かくして、クローバー家のひな祭りは平和に終了したのだが、後に『一夜飾りは縁起が悪い』という説があることを知り、「東洋の神様のお怒りを買ったかもしれない」と悔いたアレクが、東洋の島国にある神様の御社まで足を運んで謝罪すべきではなかろうかと事を大きくしようとしたのを使用人総出で止めることになったのだが、それはまた別の話である。

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